カスタム検索(不登校情報センターの全サイト内から検索)

 
Clip to Evernote  Twitterボタン  AtomFeed  このエントリーをはてなブックマークに追加  


カテゴリ:周辺ニュース

提供: 不登校ウィキ・WikiFutoko | 不登校情報センター
2026年3月4日 (水) 23:37時点におけるMatsu4585 (トーク | 投稿記録)による版
移動: 案内, 検索
Icon-path.jpg メインページ > 埼玉県 > 川越市 > 周辺ニュース

(1)回答者(誰に関する回答か):1月7日現在

回答者 本人回答 代筆母 代筆父 合計
10(1)  7  3 20(1)
 5(3)  0  0  5(3)
男女不明  0  3  1  4
合計 15(4) 10  4 29(4)

*( )内は結婚者数(事実婚を含む)


目次

周辺ニュース

ページ名 [[]]  ()
「民主と発展」から「健康と子ども」への視点の移動

1965年の春、私は17歳のとき高校を卒業し、社会人になりました。以来60年余が過ぎました。当時はベトナム戦争の時期であり、日本は高度経済成長の時期でもありました。貧乏な家であり、大学には進学できず高校卒業(高校進学率は60%程度であった?)後、17歳の春に就職したのです。大阪市立大学(現在は大阪公立大学)の夜間の経済学部に入学しました。授業に参加できる条件にはなく実際に学んだのは授業ではなく夜の9時に始まる社研(社会科学研究会)と個人の読書でした。 私は小学校時代から地理に関心があり、その後ずーっとそれは続いています。60年代当時はベトナム戦争への関心も強く、やがて世界の民族解放運動へ、とくにアジア・アフリカの動きにひきつけられていきました。 1974年に東京に移ったのはこのアジア・アフリカへの関心に関係します。20代後半から50代のころは日常の仕事に追われ、この方面への関与は下がらざるを得ませんでした。60代半ばを過ぎたころから自分に関わる分野以外のアジア・アフリカを改め目にすることになりました。40年から50年の空白がありました。——その空白期間にもある程度のことはしていたつもりでしたが、ふと気づくと大きな変化があると感じました。 おそらく最初に何かあると気づいたのはイタリア共産党が共産党をやめて左翼民主党になったことです(1990年代)。次は2015年ごろでしょうか、アフリカのモザンビクでした。いやモザンビクは典型的な例ではなく、●との関係が特にあったために私には特別であったのです。同国北部地域で進められようとした農業共同化の動き(日本のJICAも関与)に農民組合が反対していたこと、そこに関わっていた日本国際ボランティアセンターの職員が同国への入国禁止になったことです。農業共同化の動きは、「目標は達成した」として実際上阻止されました。従ってここの例は典型的な強権行為は行われなかったのです。 典型的な例——というよりも数多くの例がありました。低開発状態を抜け出すために新しく独立を達成した諸国には、反帝国主義であるとともに●権的な統治が広がっていきました。ジンバブウェ、エチオピア、グアテマラ、ベネズエラ、それ以前のカンボジアや数年前にクーデターのあったミャンマー、シリアのアサド政権…。中国もそれに入るでしょう。 ヨーロッパを見ると1990年のソビエト崩壊とともに多くの共産党が消滅ないし縮小しています。ユーロコミュニズムといわれた共産党もそうでした。ヨーロッパでは、共産党(ソビエト型共産党)に代わって新しい左翼政党が徐々に生まれてきました。ギリシアのシリザスやスペインのミディモスはその例でしょうと、イギリスでは2025年成立した「Your Party」と名乗っています。20~30年かかって断絶期間をおいて、新しい左翼勢力が比較的小さく生まれ、成長してきたわけです。左翼勢力にとってきわめて大きな挫折と復活の軌跡をとっていたのです。日本のばあいはどうか——日本社会党はいま社民党として小さく存続しています。日本共産党はこの急激な変化を巧みなコーナーワークで乗りきったように見えますが、しかし今度の選挙でみるように大きな痛手を負っています。日本の左翼もヨーロッパ諸国と共通の状態におかれているのです。「 この半世紀をふり返って私は自問します。①個人の権利・民主主義の発展と②経済発展による人間の生活の向上…はどちらが優先すべきなのか?…——いや私の中ではずっと前に答えは出ていたはずでした。両者は相対立するものではない。全体が向上することによって個人も向上できる——と。 しかしこの半世紀は、これを実証してはいません。むしろ逆の動きにさえなっているのではないでしょうか。低開発(いまでは発展途上国、途上国)では、経済発展のための強権政治(開発独裁といわれる)が広まり、これは先進諸国との経済格差・収集によってゆがんだものになり、しかも国民の間の格差は広がり、一方では固定化された制度にまでなっています。 先進国(日本を含む)ではどうか。貧富の格差は拡大し、しかも社会システムとして固定化されつつあるとさえいえるのではないか。この●●を見て確信することは個人の権利が尊重されることが優先されなくてはならないのです。それは途上国においても先進国においても、要するにすべての国に共通することです。 私は日本における共同意識、お互い様、助け合い、それぞれを尊重する——という自然に身についた感覚が好きです。それは個人が尊重することと結びついている限り生きてきます。かつての時代には共通の利害のために特定の個人に犠牲や負担を押しつけられることが、かなり多かったとみています。そうではなくお互い(全員)を尊重することです。 民族解放運動の結集、独立を達成しそれぞれの国、地域で進歩的といわれる人たちが政権に就きました。その人たちは少なくとも当初は国民全体をゆたかにするために、社会発展・経済発展を考えていたと信じます。しかし、その半世紀の歴史でみるのはそういう人たちが特権的な位置をしめ、自らゆたかな社会層となりしかも制度として固定化してきたことです。 「貧しくてもまず国民全体を平等に」という言葉は私はこれらの諸国の人に言える立場ではありません。裏切られ感はありますが、人間の歴史とはそういうものとみます。まずは国民の生命と健康、子どもの教育(識学教育から始まる)の確保から事態は進むのではないか。すでに地球上のほぼすべての地域は「独立・自治」を達成しています。それらの地域では「まず始めは」すでに数十年前に通りすぎたことでした。それでも今からでも「国民の生命と健康、子どもの教育」は、最優先すべきではないかと考えています。 ある国を見る私の基準は、「反米とか反帝国主義」という勇ましいスローガンを掲げているかどうかではありません。「環境とか正義」の旗をふっているのかではありません。目立たない生命と健康、子どもの教育がどのように取り組まれているのかを見たいと思います。それは途上国についてのことだけではなく、日本を含む先進国といわれる国においても同じです。

〔〕

周辺ニュース

ページ名 [[]]  ()

〔〕

周辺ニュース

ページ名 [[]]  ()

〔〕

周辺ニュース

ページ名 [[]]  ()

〔〕

周辺ニュース

ページ名 [[]]  ()

〔〕

周辺ニュース

ページ名 [[]]  ()

〔〕

周辺ニュース

ページ名 [[]]  ()

〔〕

周辺ニュース

ページ名 [[]]  ()

〔〕

周辺ニュース

ページ名 [[]]  ()

〔〕

周辺ニュース

ページ名 [[]]  ()

〔〕

このカテゴリには、ページまたはメディアがひとつもありません。

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
地域
不登校情報センター
イベント情報
学校・教育団体
相談・支援・公共機関
学校・支援団体の解説
情報・広告の掲載
体験者・当事者
ショップ
タグの索引
仕事ガイド
ページの説明と構造
ツールボックス