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ストレス

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ストレス

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周辺ニュース

ページ名 ストレス   (健康のニュース)
ステイホームの続く子供に「たまには遊園地に行こうか?」と誘ってはいけない
子供が抱えるストレスにどう対処したらいいのか。
桜美林大学の小関俊祐准教授は「ストレスマネジメントにおいて『転ばぬ先の杖』という考え方はよくない。
今すぐ何とかしようと焦るのではなく、子供に選択肢をたくさん示すのがいい」という――。
※本稿は、おおたとしまさ・監修、STUDY HACKER こどもまなび☆ラボ・編集『究極の子育て 自己肯定感×非認知能力』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■ストレスが人間を生かしている
ストレスは、わたしたちにとって必要なのでしょうか?
  その答えは「YES」です。
ただ、それは自分が付き合えるほどの「ある程度のストレス」ということになる。
手に負えないような過大なストレスは心を大きく傷つけてしまいますから、ないに越したことはありません。
一方、ある程度のストレスとは、たとえば「お腹が減る」といった日常的に感じる小さなストレスです。
それこそが、人間にとって重要なのです。
人間というのは、お腹が減るからご飯を食べようとするし、将来が不安だから働こうとする。
もちろん、そこに楽しみを見出している一面もありますが、自分が生きていくためにするべきことをしないといけないという危機感を与えてくれるのがストレスなのです。
■「転ばない」より「起き上がる」
そもそも、まったくストレスを感じないとしたらどうなるのかと想像してみてください。
お腹が減ることにストレスを感じなければ、体はエネルギーを求めていても食事をしようともしない。
また、将来になんの不安も感じませんから、お金を稼ごうと働くこともしないでしょう。
つまり、ストレスを感じなければ、生きていけないということになるのです。
そういう意味では、子どものストレスを排除し過ぎることは危険だという言い方もできます。
「転ばぬ先の杖」という言葉がありますが、ストレスマネジメントにおいてはその杖は危険なものです。
ストレスと無縁の人生を送ることは不可能なのですから、子どもが転ばないようにするのではなく、転んだときにそのストレスとどう向き合ってどう起き上がればいいのかということを、子どもが小さいうちから教えてあげなければならないのです。
■ストレス対処の2類型
ストレスとの向き合い方のひとつに、「ストレスコーピング」というものがあります。
これは、ストレスそのものにどう対処するかに視点を置いた手法のことで、「情動焦点型」と「問題解決型」という大きくふたつの種類にわけられます。
前者は情動に焦点をあてる、つまりストレスを発散させて気持ちを楽にさせる方法です。
一方の後者は、そもそものストレスの原因となっている問題をなくす手法を指します。
情動焦点型がフィットするのは、比較的大きな問題や過去に起こったことによるストレスに対処するとき。
たとえば、前日に犯してしまった大失敗を悔やんでストレスを感じているような場合、タイムマシンでもなければ問題そのものにアプローチすることはできません。
そういうときは、いままさに感じているストレスを軽減するための行動を取ります。
人それぞれですが、漫画を読んだりテレビを観たりお風呂に入ったり、大人ならお酒を飲むというようなことです。
逆に、これから起きることによってストレスを感じている場合には、問題解決型がフィットします。 明日のテストが心配でストレスを感じているというときに、漫画を読んでもお風呂に入ってもなんの解決にもなりません。
だとすれば、しっかりテストでいい点数を取るための行動を起こす必要があります。
■親が選択肢を示す
そして、これらの選択肢は多ければ多いほどいい。
たとえば、ストレスを感じたために友だちと飲みに行こうとした人が、友だちに「忙しいから」と断られたときに、他の対処法を持っていなければストレスはたまる一方です。
そうではなくて、他の友だちを誘ってみる、あるいは映画を観るといった別の手段を選ぶ必要があります。
そう考えると、子どもは自分で選択できる手段が限りなく少ないですから、やはり親が選択肢を提示してあげる必要があります。
ひとつ注意してほしいのは、海外旅行や遊園地に行くといった、滅多にできないような選択肢を示すことは避けるべきです。
そういう経験によって「遊園地で遊ぶことが僕にとっていちばんいいストレス発散方法なんだ」なんて子どもが思ったとしても、遊園地にはそう簡単に連れて行けるものではありません。
日常的なストレスを発散させる方法は、日常的にできるものでなければならないのです。

■親が主体的に「選ばせる」
子どもがストレスを感じているようだったら、子どもの好き嫌いに注目して選択肢を示してあげてください。
幼い子どもでも、『アンパンマン』が好きだとか、チョコレートが好きだとか、ある程度の好き嫌いを持っているはずです。
その好き嫌いに沿って、「『アンパンマン』の映画を観る? 」「チョコ、食べようか」「どうしたい? 」というふうに選ばせてあげるのです。
幼い子どものためのストレスコーピングの場合、基本的には情動焦点型だけで問題ありません。
幼い子どもの場合、先々起こることでストレスを感じるということが少ないからです。
でも、子どもが成長して小学校中学年くらいになると、具体的な問題を解決する必要も出てきます。
その頃の子どもがストレスを感じるいちばんの問題というと、やはり勉強になるでしょう。
その場合も子どもに選ばせてあげましょう。
たとえば、子どもが勉強に集中できなくてストレスを感じているのなら、親が勉強を見ていたほうがいいのか、ひとりで自分の部屋でやるほうがいいのか、あるいは塾に通いたいのか。
子どもと相談しながらいろいろな選択肢を示してあげるのです。
ただ、注意してほしいのは、「親が答えを決めつけない」ということ。
選択肢を示しながらも、「わたしはこれがいいと思う」なんて親が思っていると、子どもが別の選択肢を選んだときに親はイライラしてしまうものです。
そんなことでは、子どものストレスを解消しようとしているのに、親がストレスを感じるということになりかねません。
■いつも一緒にいられる親の強み
また、余裕を持って時間を使うということも意識してほしいポイントです。
誰よりも子どもと長くいられるのが、親が持つ最大のメリットです。
ストレスを感じている子どもにカウンセリングを受けさせるとしても、カウンセラーがその子どもに会えるのはせいぜい週に1回、30分くらいのものでしょう。
もちろん、カウンセラーは専門的な知識や技術を持っていますが、それ以上につねに一緒にいられるということが親の持つ強みなのです。
「いますぐ解決してあげなくちゃ」なんて思う必要はありません。
親が焦ってイライラすることなくじっくり子どもと向き合い、子どもにとって最適なストレスの対処法を一緒に考えてあげてください。
小関 俊祐(こせき・しゅんすけ)桜美林大学心理・教育学系准教授
1982年生まれ、山形県出身。博士(学校教育学)。桜美林大学リベラルアーツ学群准教授、日本ストレスマネジメント学会常任理事。
他に、日本認知・行動療法学会公認心理師対応委員及び倫理委員、一般社団法人公認心理師の会運営委員及び教育・特別支援部会長も務める。
子どもを対象とした認知行動療法を中心として、主に学校、家庭、地域における臨床実践・研究を推進している。
小学校~高校における学級集団を対象としたストレスマネジメントや学校における特別支援教育の支援方法の検討、発達障害のある子どもとその保護者に対する支援を中心に研究と臨床を行う。
また、東日本大震災以降、被災地での心理的支援も継続して実施している。
桜美林大学心理・教育学系准教授 小関 俊祐
〔2021年2/9(火) プレジデントオンライン〕 

周辺ニュース

ページ名 ストレス  (家庭・家族のニュース、新型コロナ、)
ストレスを感じる家族関係の見直し「いつも一緒、でなくていい」
【岸見一郎さんインタビュー】
ベストセラー『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』の著者として知られる岸見一郎先生に、「コロナ禍をどう受け止めるか?」をインタビュー。
「変わろうとしない人・社会との付き合い方」、「今こそ変わる幸福の価値観」について伺ってきました。
今回は「コロナ時代に見つめ直す家族関係」についてです。
生きる勇気をもらえる岸見一郎さんの言葉
岸見一郎 1956年、京都生まれ。
京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。
著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健と共著、ダイヤモンド社)、『哲学人生問答17歳の特別教室』『人生は苦である、でも死んではいけない』『今ここを生きる勇気』など多数。
公式ツイッター:@kishimi 公式インスタグラム:@
家族だから一緒に何かをしなければいけないわけではない
――今回のコロナ禍ではステイホーム期間があったり、外出を控えたり、家で過ごす時間が増えています。
そのため家族がずっと一緒にいることでストレスを抱えたり、DVが増えているという話も聞きます。
家族関係においてはどうすればよいのでしょう?
岸見一郎先生(以下岸見):一緒にいるから何かをしなければならない、と思わないことです。
それぞれがそれぞれの考えに従って、別にやりたいことをやればいいわけです。
家族が一同に会すると一緒に何かをしなければならない、こう言い始めるとすごくストレスになってくるのです。
それは今に限ったことではありません。休みの日は家族でどこかに出かける。
それはもちろん素敵なことだと思いますが、半ば義務化してしまっているところがありませんでしたか?
たとえば妻が夫に「あなたはいつも仕事ばかりで家族に関心がない。休みの日ぐらいどこか連れて行ってちょうだい」と言うことは、よくあります。
それが日常化、恒常化してしまうと、働く人がただ家にいる、ということが許されなくなってしまいます。
そうなると、たちまち夫の居場所がなくなるだろうな、と思うのです。
何もせずゴロゴロしている、それでもいいと思えるような関係を築くことが先決ではないでしょうか。 ――ゴロゴロするのがダメというのも、コロナ以前のお金や地位といった成功を求めていた時代の価値観ですよね。 「今日は家族の存在が遠く感じる」という日があってもいい
岸見:前から薄々分かっていたけれども、今回のことをきっかけに「私たち家族や夫婦、親子の距離はあまり近くない」とはっきり気づいた人が多いかもしれません。
しかし、そもそも家族やパートナーとは、常に近く感じていなければならないものでしょうか?
私は、長年連れ添ったパートナーでも、ある瞬間には遠く感じることがあってもいいと思うのです。そして、ある瞬間には近く感じることがあってもいい。 付き合い始めたばかりのパートナーだって、絶えず近くに感じられるはずはありません。
同様に、結婚し物理的に一緒にいるからといって近く感じられるわけでもありません。
だから、近くに感じることも遠くに感じることもあっていい、というふうに考えれば随分と楽になると思います。
――とはいえ冷え切った関係だと、やはり一緒にいて気づまりです。そもそも「近い」というのはどういう状態を指すのでしょう?
岸見:たとえばコミュニケーションを盛んにするとか、気が合うなと感じて話が盛り上がるとか、いつも一緒に過ごしているとか、必ずしもそういうことを言っているわけではありません。
ただ話をしているだけですごく楽しいとか、話をしていなくてもこの人と一緒にいれば自分を良く見せようと思わなくて居心地がいいとか、そう思える瞬間に人は「近い」と感じる。
……つまり、物理的な距離感で「近い」「遠い」と感じるのではなく、広い意味でコミュニケーションが上手くいっているかいっていないかで「近い」「遠い」と感じるわけなのです。
コミュニケーションが上手くいっている家族は、絶えず会話をしているわけではないし、絶えず相手のことを意識しているわけでもありません。
「別に今日は遠いと感じる日があってもいい」とさえ思っている。
そう居られると、同じ空間に生きていてもそんなに気づまりではないでしょう。
――多くの人は、家族だからといって心理的にも物理的にも近い状態を求め過ぎなのですね。
岸見:たまに一緒に出掛けるぐらいがちょうどいいのですよ。
今、ある夫婦を思い出しました。
高齢になって結婚した夫婦なのですが、彼らはあるときたまたま出会い、話をしたら随分気が合うということで、結婚をされたんです。
そして一緒に暮らし始めたのですが、食事の時間も共にしていないのです。
それぞれの部屋を持っていて、たまたま部屋から出てきたときにダイニングで居合わせたら、一緒に食事をする。
そして「今日はいい天気だから散歩でもしようか」という話になれば、散歩をするときもある。
でも「そんな気になれない」ということだったら、わざわざ二人で出かけることもしない。
限りなく同居人と言いますか、下宿人同士に近いような暮らしをして、それで結婚してから早20年が経つそうです。
人生の醍醐味というか、そういう人と出会えてそのように一緒に過ごせるということは、短い期間であっても幸せですよね。
我々は今、そのような価値観の大きな変化を迫られている気がします。
価値観を変えざるを得なくなった今、家族との話し合いが不可欠
――新しい夫婦のあり方の一つですね。一緒にいる時間が増えて、言い争いの絶えない家庭はどうしたらよいでしょうか?
岸見:常に一緒にいることが理由で、ケンカになるわけではないのです。
そのあたりは、原因が他にあるならきちんと話し合われたほうがいいと思いますし、もうちょっとお互い自由になってもいいのではないかと思います。
――勝手に「一緒にいると邪魔だ」と決めつけていたり、反対に「邪魔だと思われている」と思い込んでいるところはあるかもしれませんね。
岸見:相手が在宅勤務になったのであれば、これまでの通勤時間が、ある程度融通がきくようになったわけですよね。
そうすると、混雑していない平日の昼間に一緒に出かけられるかもしれない。
そういう喜びを共有することがあれば、一緒にいるのも悪くないなと思われるかもしれません。
これは子を持つ親にも当てはまることです。
私は不登校の子どもを持つ親御さんのカウンセリングをすることがよくありましたが、多くの親は「学校には行かなければならない」と思っているものです。
しかし自粛期間中は、全員が不登校児状態でした。
これまで不登校児を他人事として見ていた親は、それが他人事じゃなくなってひどく不安になったことでしょう。
我が子が家でゴロゴロしていたわけですから。
でも不登校児を持つ親は、また違った心持ちでいたと思います。
そのように、何事も違う考え方、受け止め方もできるわけです。
世間的に見ますと、今、我々は全て病者です。そういう意味でも、価値観を変えていかざるを得ない。
ですからこのような状況の中では、一度家族でいろいろなことをきちんと話し合っていくことが必要だと思うのです。

次回は「コロナ時代に私たちが取るべき行動」についてお届けします。

取材・文/山本奈緒子 構成/片岡千晶
岸見 一郎
〔2020年7/29(水) webマガジン mi-mollet〕

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