親の会と個別相談の両方が必要

6月12日は新小岩親の会の月例会の日です。
親の会の開き方について、次の質問で意見を聞きました。
親の面談に切り替えて個別に考えていく方法と、他の人の様子を聞ける親の会の二つがあるとして、どちらがいいですか?
「両方必要です」
「自分の子どものことはわかっているつもりでも、他の人の様子を聞くことで逆によくわかることがあります」
また「会が終わった後、親同士で場所を変えて話し合うのもいいみたいです」というのも出されました。
どうやら親の会を継続しながら、個別の話も続けるという「両方必要」に落ち着きました。

会報でもっと親の会の様子を知らせてはどうですか。
以前にははじめの短時間、テーマを設けて話しましたが、様子を知る上で参考になりました。
このような要望も出ました。
次回からそのようにしたいと思います。

摩擦をどうする?

摩擦についての本を読んでいます。
人間関係の摩擦のように使いますが、元々は物と物の間の動きにくさを示す言葉です。
そんな物理的なこと以外に使われだしたのは、比較的最近のことです。
1971年にある学会で“文化摩擦”と使われだしたのが、物理的なこと以外で使われた最初とか。
たぶん日常的には使われていたと思うのですが?
その本で引用されていることばです。
「摩擦があるということは…それぞれ活力があり、生きているからなんですね。死んだ世界には摩擦はない。だから極端にそれを恐れてはいけない。摩擦をゼロにしようなどということは、むしろ間違いではないかと思います」
 人間関係の妙を表しています。密着と疎遠の二者択一の中間状態が摩擦です。自分にとって過度でなければ摩擦は受け止めていくものでしょう。
本は、角田和雄『摩擦の世界』岩波新書、1994年。