ブログ「センター便り」の年間総括

ブログ「センター便り」は、独自のドメインにした2010年12月29日から始めたので、ちょうど1年になります。先ほど確かめたところ記事は合計390本ありました。この記事は391本目になります。
3月の初めまでは、事務的なスペースの様子を書く「記録報告」のようなものでした。なんとなくこれでは物足りなく感じ、また有効な活用にしたいと感じていました。
3月11日の午前に新たな方向を考えました。その日の午後に歴史的な地震が発生しました。時期は偶然の一致ですが、そのときから事務的なものに限らず、考えていること、行動になること、活動計画などを取り入れました。

6月6日にはブログのカテゴリーとタグを設定することにしました。ただこれは必ずしも成功していません。うまく機能する状態になっていないからです。総目次と分類をつくりたいところです。
(1)サイト設定とサイト制作全体に関する記事。
(2)発達障害や引きこもりの身体的・医学的な事情に関する記事。
上の2つのテーマはかなり意識していますが、全体を並べてみれば新たなテーマがみつかるかもしれません。

これからのサイト制作に関しては、
(1)自主夜間中学(4月13日)、発達障害に関する団体・施設(11月16日)。
(2)特別支援学校・養護学校にかんする情報提供用紙の作成依頼(12月1日)。
(3)体験コラムの募集(11月14日)⇒「体験手記」の改変を検討。
などがそのときの思いつきとして記録されています。これらは1つの記録ですが、いつかの時点で具体化すべきものです。

ある本によると、ブログは記事を1000本ぐらい書き重ねていったところで独自の意味が出てくるそうです。最近のペースで書いていくと2012年中には1000本近くに届くものと思います。
旧ブログ「片隅にいる私たちの創造展」(2009年5月20日から、Yaplog)、「スペース便り」(2009年11月13日から、Livedoor)、「ウィキペ・ディア不登校情報センター」(2010年5月11日から、Livedoor)は借り物のブログサイトでした。それらを統合して「センター便り」にしたのが2010年12月29日です。それ以前の3つのブログは貴重な予行練習であったわけです。

*「不登校・ひきこもり・発達障害のイベント情報」(2008年11月29日イベントから記載、Teacup)、も2011年初めから独自ブログページにレベルアップした機能を備えて移行しています。
*「『ひきコミ』WEB版」(Hatena)も独自ブログに移行しました。
*ブログの独自ページは会員等の利用に開放しています。

「センター便り」ブログの最近は、アクセスが通常で1日50以上、多いときは100件を超えるようになりました。Facebookと連動していて、不登校情報センターのサイトのもう一つの入り口になりつつあります。
こうして不登校情報センターのウェブサイトは、独自の統一したURLの中にまとまりました。
読み応えがある内容で、情報センターの様子が伝わるものをめざします。よろしくお願いします。

ネットショップ営業部のメンバー募る

ネットショップ営業部(企画案)=2011年12月29日
NPO法人不登校情報センター・松田武己

ネットショップ「あゆみ書店」「あゆみ雑貨店」を、独自ドメイン(futoko.info)によりつくりなおします。
この機会にネットショップの運用を実質的なものにする将来計画を提案します。
また当事者によるネットショップ営業部員による運営をするため、メンバーを募ります。

(1)ネットショップの初期設定はYzさんにお願いします。
現在のネットショップ「あゆみ書店」、「あゆみ雑貨店」を参考にします。
その後の改訂は状態を見ながらになります。

(2)創作活動との連動
2012年5月3・4日に東京聖栄大学の教室を会場に「第5回片隅にいる私たちの想造展」を開きます。
この場を創作活動の目標の1つにしていくようアピールします。
創作品のうち販売できるものをネットショップに持ち込むことが、このネットショップの性格を決める上で重要です。
美術的な創作だけではなく日用品、装飾品、手芸品などの制作をすすめます。
またポストカード、シール、冊子づくりなど創作品の二次加工作品も大切になります。

(3)取り扱う商品の拡充
不登校情報センターにかかわる人たちの通常の創作活動の範囲では、ネットショップを実質的な動きにするには不十分です。
より多くの範囲の商品を持ち込む取り組みをします。
これを考え、実行するのが営業部メンバーの役割です。思いつく例を挙げてみます。
①保管している多数の書籍(不登校・引きこもり関係)を新たに加えます。
②古本を出版ジャンルに関わらず扱うことも検討材料になります(持参品の提供を期待します)。
③寄贈本を販売に回すことも対象です。
不登校、引きこもり関係の本の執筆者からの寄贈があります。
お願いしていけば無料提供で販売する人はいますので、それらも扱います。
④本以外にも、新たな商品を検討します。たとえば衣類のリサイクルショップはどうでしょうか。
各自が持っている“宝物”(ゲームソフト、CD、アクセサリーなど)をこの場に持ち込むのもいいと思います。
*金城次郎(沖縄の陶芸家、沖縄県初の人間国宝)作の焼き物が数点あります。
数十万円単位の販売作品として展示してもいいと思っています(松田家族の同意が要りますが)。
*編集者時代に吉永小百合さんに書いていただいた「思い出の教師」の直筆原稿もどこかにしまいこんでいます。それもこの機会に…いやいや手放したくないなぁ…。

(4)営業部の体制
①お金のやり取りが生じるため、ネットショップの売上高に関係なく2名か3名の部員が必要です。
ネットショップの作成(特に在庫との照合による商品紹介の点検とネット上への商品のアップ・ダウン)、商品の注文受けと配送などの作業を行ないます。可能な範囲でメールなどの通信を利用します。
②作品を提供する作者とネットショップの契約基準を明確にしなくてはなりません。
その運営規則をつくります。創作活動を促進することが中心目標ですから、作者優遇は欠かせません。
営業部はそれ以外の商品開発で収入を得るように考えます。
③営業部の定期的な打合わせ会が月1回は必要になるレベルが2012年の目標です。

◎問合せを受け付けます〔松田・TEL03-3654-0181、open@futoko.co.jp〕

ウェブサイトのURLを変更しました

不登校情報センターのURLを変更いたしました。
当面は現行のURLと並行して使います。
「お気に入り」「ブックマーク」に入れているばあいでも、自動的に途切れることはありません。
新しいURLは、http://www.futoko.info/ です。
もし何か不具合が生じている場合は点検してみてください。

1月もカラーセラピーをします

カラーセラピーレッスンは、12月の3回講座を無事終えました。
さて正月をはさんで1月をどう続けるのかを考えてきました。
当初は講師・島田さんのパシュパラで行なうつもりでしたが、1月も情報センターで開くことになりました。
予定は、1月12日、19日、26日の木曜日3時からです。
今度はテーマが「色いろ講座」になります。もう少し詳しいことは追ってお知らせいたします。
メンバー追加募集します。

子どもを発達障害と診断する意味

発達障害、アスペルガースペクトラムというのは性格の問題ではなく、先天的な脳の機能障害である。このような端的な表現に出会うことがあります。ツイッターという短い文の中では特にそうならざるを得ないでしょうが、よく出会う表現です。
たぶん「性格の問題ではない」ところに重みを置いて書いているので、発達障害、アスペルガースペクトラムへの理解をすすめるつもりで書いているのでしょう。
しかし、待ってください。いま少し事態を考えていただきたいです。
人間はすべて未発達な脳の状態を持って生まれてきます。言い方を変えるならば、人間は先天的な脳の機能障害の状態で生まれてきます。その面を見失ってはいけません。
それがかなり早い時期からある子どもは発達障害と診断され、別の未発達の状態の子どもは発達障害とは診断されないのです。
人間の脳の一応の完成を20歳前後としてみたとき、小さな子どものときから発達障害だ、アスペルガースペクトラムだと診断した結果、何か欠けるものはありませんか。
発達障害であるなしに関わらず、子どもを育てる、脳を育てるという取り組み、環境づくりが必要なのです。発達障害やアスペルガースペクトラムと診断されたら、あとは医療や療育の分野の専門的なところにお任せする姿勢になっていませんか。それは子ども誰にも必要な脳を育てるという取り組みを狭めてしまいます。「人は人の中で育てる」ことの重要性です。
とりわけ家族のなかで、自然な子ども同士のかかわりを心がけるなかで出来ていくものです。保育や教育を専門的なものに閉じ込めないでオープンにしていきたいと思うのです。
4、50年以前にも発達障害やアスペルガースペクトラムの子どもはいたのです。それが今日ほどの問題にならなかった一面は、社会状況、子育ての環境が子育てにとって今日よりは優れていたとも言えるわけです。その頃は子育ての知識が遅れていたということだけではありません。
発達障害、アスペルガースペクトラムの診断とその後の対処の有効性を認めるものですが、狭く偏らないことを願うものです。

支援団体と学校のリスト

12月20日の「相談者リストがなぜそんなにあるのか?」に続くリスト集めの後半部分を書いておきます。
「どうして多くの団体リストがあるのか」。誰かに問われているのではありませんが、紹介する意味もあるでしょう。
最初は出版社の編集者時代、20年以上前のことです。
教育誌で「不登校(登校拒否)」を扱うと、教師とは違う問い合わせがよく入りました。不登校の子どもの母親からです。
原稿を書いた執筆者への問い合わせとともに、雑誌を編集する私たちにも問い合わせがきたのです。
その経験から相談できる先を記録していきました。
一般に当時の教育相談は対応が不十分でした。相談にいって傷つけられたという例が続出していたのです。
相談先探しの初めに不登校親の会を紹介する情報提供用紙をつくりました。
新聞や雑誌などで名前を見てはその用紙を郵送します。返信は1割以下ですが、いろいろな機会に送ります。
同じ用紙をフリースクールや相談活動をしているところに送りました。
集まったデータは雑誌に載せて蓄積していきます。
2、3年後の1992年だと思いますが『登校拒否関係団体全国リスト』というやたら漢字の多い本にまとめ、発行しました。
その頃にはフリースクールは別の用紙を使いました。通信制サポート校が増えていたので情報を得やすくしたのです。
『登校拒否関係団体全国リスト』に似た本もいくつか出るようになっており、まだ知らなかったところの情報を追加していきます。
相談してきた人から親の会を知ることもありました。

1995年に不登校情報センターを設立しました。個人として取り組むよりは、ペンネーム・不登校情報センターとしたようなものです。
相談活動と情報出版物を企画・編集する目的でした。数点の本が実現しました。
不登校情報センターの名前で編集し、発行した本は10冊ぐらいがあります。「不登校情報センター・略歴
不登校情報センターを設立したあと不登校や中退などの当事者が集まり始めました。
それは定期的な当事者の会になりました。この経過は別のところに書いたので省略します。
当事者の会につづき、訪問活動を始め親の会ができ、2000年12月に月刊誌『ひきコミ』が市販され(2002年まで)、2004年にウェブサイトで学校や支援団体情報を掲載し始めました。
対象者は不登校・中退者から引きこもり、ニ-ト、発達障害へと広がります。
それにより収集する支援団体の対象も広がります。
学校・スクール系、相談室系、親の会系としていますが、家庭教師、海外留学なども加わります。
さらに適応指導教室、保健所などの公共機関も加わります。
ウェブサイトには原則として情報提供を受けた学校や支援団体を掲載してきましたが、公立夜間高校や適応指導教室などにはその原則が通用せず、所在情報だけでもいいことにしました。
他方では、データが古くなったままの学校や支援団体からその後の情報が途絶え、所在情報だけになっているものもあります。
長い時間の経過とはそういう変化を含むものです。
親の会には活動をしているけれども、外部には知らせる意図はない状態も生まれています。
実際にウェブサイトに掲載されているところは、このような背景の中で、個別の詳細データのあるところ、各自のホームページにリンクしているところ、所在情報だけのところ、などと複雑化しています。
時代背景としてインターネットが普及し、多くの学校・団体がホームページを持つようになっていました。
手元の紙にある団体数は、ウェブサイトに掲載している団体数の10倍以上はあります。
1団体1枚が基準ですが関連資料を含むところもあり、積み上げると3メートル以上になります。
1万以上の団体・学校・機関となるでしょう。
相談者等の個人リストとともに貴重なものです。
その中には既に活動をしていないところ、休会状態のところなども含まれます。
あるときまた活動を再開することもあるようです。親の会であったものが相談室になって現われることもあります。
この紙情報は支援者や支援団体の動きを含んだものになっているのです。
不登校情報センターとして何かを企画してはこのある部分に呼びかけていきます。
回答はだいたいが2-5%程度です。
その集約がウェブサイト上の学校と支援団体の情報ページです。

お勧めの心療内科

引きこもりとして関わっている人の親からの連絡がありました。
都内のある心療内科に行ったところ、とてもいいということでした。
引きこもりに理解があり、森田療法と漢方治療を導入しています。
医療機関ですから健康保険も使えます。
不登校情報センターとしては、このAクリニックにお願いしてこちらの「メンタル相談・各種療法」ページで紹介をさせていただくように要請するつもりでいます。ここですぐに紹介できないのが少し残念です。
みんなさんからのこのような“体験的(実際に自分で経験していること)な”支援団体や相談室の情報をお待ちしています。支援者に関する情報交流サイトとしての性格が生まれてくればいいのですが。

弱いものへの関心は貴重です

不登校情報センターの関わる青年の一人にDSさんがいます。彼は小学生・中学生の9年間の同級生に障害のある生徒がいて、その生徒の面倒を見てきたといいます。その彼はアスペルガー的な気質があります。
彼のいろいろな体験は、実は私の少年時代を考えるのに参考になりました。食べ物の好き嫌い、色弱などは彼と共通性します。これは感覚の特異性により説明できます。
それと並んで、私が気になっているのは“弱いものへの関心”です。これは感覚の特異性では説明できないと思うのですが、アスペルガー気質に関係するものと見ています。DSさんの経験はそれを暗示していると思えるからです。
少年時代から私には強いものよりも弱いものに、メジャーなものよりもマイナーなものに関心が向いていました。たとえば地理や歴史が好きですが、それはヨーロッパよりもアジアやアフリカの地理や歴史に重点がありました。教育の中でも成績のいい高学力よりも低学力に関心が向きました。不登校への関心が向いたのもそれと関係しているはずです。いま現在の私も、日常の“瑣末なもの”への関心が中心になりやすく、優先課題を後回しに、時には生活に支障をきたすことも少なくはありません。アスペルガー気質の子どもや青年に関わっている人はそういう事態を見聞きしたことはありませんか。
私は、青年時代から壮年時代にかけてこのことに気づいていました。当時は人は誰でも苦労をするものという意識の中における理解でした。それがアスペルガー気質というものに結びついているなどとは想像もしていません。われわれ世代(1945年生まれ)の多くが貧しい子ども時代を体験し、そこで身につけた力で何とか通り過ぎてきたと思っていたのです。
いまはアスペルガー気質である、アスペルガースペクトラムのどこかに属することをむしろ大事にしたいと思っています。“弱いもの”、“マイナーなもの”に関心が向いたことは貧しさ体験とともにアスペルガー気質が自分の人生をつくってきたと思えるからです。
そしてアスペルガー気質の子どもたちに自分のいい面を伸ばして欲しいと願います。そのいい面には強いものよりも弱いものに、メジャーなものよりもマイナーなものに関心が向く面も入ります。それはかけがえのないものです。自分からなくして欲しくない貴重なものだからです。

サポート校の先生は30年前の旧知の人

関西にあるあるサポート校からの連絡がありました。不登校情報センターの取り組みに参加したいという申込みです。電話のやりとりでその話が終わったあと、その人が「話がぜんぜん違うのですが、松田さんは以前に◇△出版社にいたのではありませんか?」と問いかけてきました。
私が「そうです」というと、「いま名前が違っていますが、以前に○▽にいた☆ですが、覚えていますか?」。もう30年近く前のことですが私にはすぐにわかりました。
長い月日の間のことを話せる時間はありませんが、その先生には出版社時代に何度か原稿の執筆を依頼したことがあります。年齢は私よりも少し下のはずです。私の出版社時代の関心は、“落ちこぼれ”とか“非行”とか人間教育の原点になるようなことに関心を持っていました。その延長がいまの不登校・登校拒否の問題につづいたのです。
私のこのような関心や教育課題に共感していた教師は多くいました。いやそういう教育課題に関心を持つ教師がいたからこそ私の関心は生まれたのかもしれません。☆先生もそういう教師のひとりでした。闘いを続けている教師はいる、電話を終えた後も心強く思いました。年末のうれしい便りでした。

3度目は臨時クリスマスパーティ

12月24日はクリスマス・イブです。そのつもりではありませんでしたが、夜は偽クリスチャンによる臨時クリスマスパーティになりました。本式のクリスチャンもいるはずですが、退団しておらず、教会には行っていないので“おさぼり”クリスチァンみたいです。
10人あまりが各種の差し入れと買出しの追加食材による食事会をしました。12月に入って3度目の食事会です。たぶんクリスマスというよりも忘年会といえば事実のより近いでしょう。後で計算したら1人あたり180円とか。