不登校中も育つ環境はできる

セシオネット親の会がちょうど6年目、第72回の定例会を開きました(20日・土曜日)。4月の参加者はやや少なく、お母さんの参加は10名未満でした。何人かが高校に進学し、今回の定例会は休みが多かったのです。
代わりというか20代に入った子どもの親が3名いました。
今回の話の中で感じたことは、不登校をしながらも子どもは育つ過程にあることです。父親が母親とは違う話をするというのは、それが一方的な横暴でないかぎり一つの意見として子どもに話していくのはいいことだと思います。少なくとも父親が自分なりの意見を持たず、母親の代弁をするものよりは子どもにとってはいいのではないでしょうか。
子どもの状態によっては、物事の多角的な理解のしかたを経験する上で、父親だけではなくいろんな人との接触が出来るのはいいことです。子どもの状態を無視してすすめるのではありません。これらは子どもが不登校をしていても育つ環境条件をつくるのです。
セシオネット親の会は毎月第3土曜日で、次回は5月18日。会場は高田馬場です。

製本教室で2冊を制作

情報センター内の通信機器の設定障害のため、昨20日午後4時ころからメールやHPを見られなくなりました。そのために関連作業ができなくなりました。
今日午後、ヘルプデスクのH2さんに来てもらい、つながるようにしてもらいました。

並行して製本教室を開いたのですが、参加者は1名です。製本作業になったのは『ひきこもり国語辞典』と『中年ひきこもり』です。参加者が少ないのが残念なところですが、5月の連休中(日付は未定)にもう一度開きます。そのときは『少女まんがに描かれた母親像』(版下は完成しました)と『訪問サポート活動Q&A』(仮題)の2点です。他にもう1点加わるかもしれません。これらの本は5月6日の「訪問サポート発表会&想造展」会場で展示し販売もします。
自作の絵本、作品集をつくりたい人などがいましたらぜひきてください。
将来的には毎月1回程度の製本教室が開きたいものです。製本の前に印刷、帳合などの手作業があります。
ある本を読んでいたらこんなことが書いてありました。この現代のワークスペース版になればいいのです。

支援団体からの連絡を歓迎

事務作業グループに新しく1名が加わり、19日は4名参加になりました。
作業は、「通信制高校の詳細ページのないところにFAXで情報提供の依頼」になります。この形での情報提供の依頼は10種類以上あります。量的多いものもありますし、家庭教師、留学支援のように把握していつ対象団体数が少ないものもあります。学習塾や心理相談室(カウンセリングルーム)のように数は多いけれども、実際にどれくらい不登校や引きこもりや発達障害にかかわっているのか見極めがつかないものも多数あります。
このようなところの対応状況をより明確にするのが、「情報提供の依頼」の一面でもあります。情報提供の依頼という事務作業を通して調査をしているのです。
最近、精華学園高校上尾学習センター沖縄フリースクールまなびばおきなわ様から連絡をいただき、それぞれ該当個所に紹介情報を掲載しています。このように不登校・引きこもりの支援団体からの連絡をお待ちしています。

学校案内書の委託配布を停止

不登校情報センターでは不登校生などの受入れ校の学校案内書を保管し、請求者に配布してきました。それを徐々にやめます。新規の取り扱いをストップし、各校の取り扱い期限を終えた後は継続いたしません。

案内書の保管(委託配本)をやめる理由は、主に2つの理由です。
①、利用者が徐々に減少してきました。
②、狭い事務所内なので保管する場所が負担になりました。
*事務作業グループの取り組みを充実させるために、書類を分類管理する必要性が多くなってきたことに関係します。

今後は次のようになります。
①、杉並区での進路相談会などの機会に展示・配布してきましたが、それぞれの機会に学校に提供を依頼します。
②、現在、お預かりして委託配本になっているものは、期限までは対応します。
③、サイト上の学校・支援団体の紹介ページに案内書の表紙を紹介する形は継続します。したがって新しい案内書は2部ほど提供をお願いいたします。学校案内書は各校から取り寄せて配布する方法はとりません。直接に学校等に申し入れてください。

会報「ポラリス通信」を制作

会報「ポラリス通信」第4号を作成・印刷しました。
内容は通常の親の会などの案内とともに、5月6日の訪問サポート発表会・創作展の案内が中心です。
創作展は新作展示というよりは、作品集としての自家本制作と展示・販売が特徴です。当事者の創作活動への参加に後退が見られるなかで、作品集づくり、本作りを製本教室として打ち出しました。手工芸作業です。
製本教室(または作品集づくり)が創作展のあとも継続していくことを密かに期待しています。その目標はいくつかあります。
①、製本教室から作品集づくりに発展すること、それにより作品作り、創作活動の意欲につながることです。
②、ここも継続的に定期化できれば、新しい形の居場所に成長する可能性があります。そうなればいいですね。
③、その後の発想の大きな転換ができてのことですが、ネットショップを運営するコアになることも期待しています。

そういう思いもあって、今回の「ポラリス通信」の発送先をかなり増やしました。内容はブログ「センター便り」と大きく離れているわけではありませんが、直接に送りますのでその意味は少なくないと思います。
申し出があればお送りします。メールopen@futoko.info TEL:03-3654-0181、FAX:03-3654-0979にお名前と送り先、それに伝えたいことがあればそれを。

21日の製本教室に参加者募る

2冊の手作り本『ひきこもり国語辞典』と『中年ひきこもり』を作成中です。
かなりレベルの高い本が出来そうなので、その作り方を学んで欲しいと思いました。こんな手工芸が好きな人には楽しめるでしょう。
来週の日曜日、4月21日午後1時30分から2時間くらい予定。調子がよければ延長してもいいでしょう。場所は不登校情報センターです。
製本を中心にします。150ページまでなら特別ホチキスで留め、製本テープでカバーします。手持ちの材料がある人は持ってきて試してください。
本をつくるには、原稿作成、レイアウト、ページの版下制作、印刷、帳合などの一連の工程があります。特に目次、奥付、中扉があるとそれらしくなります。
なお上記2作に続く3作目もゲラが届いているので、版下制作や印刷に進みます。希望者にはそれらも含めて実物作業で伝授したいところですが、希望者がいるかどうかわかりません。21日の様子を見て5月の連休などに教室の続回をどうするか考えます。
情報センターには、パソコン、コピー機(モノクロですが)、デジタル印刷機、特別ホチキス、裁断機がそろっています。おおかたは本に出来ます。
*UNESCOの基準によると、49ページ以下はパンフレット(冊子)、50ページ以上は本・書籍になります。

5月6日に「訪問サポート活動発表会と第6回片隅にいる私たちの想造展」を予定しています。これらの冊子はその会場でも展示・販売します。

引きこもり教室:一人暮らし

4月の大人の引きこもりを考える教室を開きました。
初めにテーマとしたのは一人暮らしを2年余り続けるなかで今年になり働き始めた実例を参考に、一人暮らしを考えることでした。また今回は20歳前後の子どもを持つお母さんが2名参加し、これまでとはまた違う状況を話し合うことになりました。
私が最初に報告したのは、「事務作業グループ」という、新しい形の居場所についてです。作業を何度か重ねるようやく概略的なことが見えてきました。不登校情報センターの継続的な居場所として、所定の個所に掲載しておきます。

事務作業として調査に着手

サイト制作前の事務作業グループが継続しています。それも少し変化をしそうです。
参加者は3名ですが、1名は「情報の更新依頼」のFAXが届かなかった学校や支援団体をネット上で調べる役に回りました。「調査」に当たる部分です。
多くは移転したことによるFAXの未達です。しかし、ネット上では見つからないところもあります。かといってそれがイコール活動停止とは判断できませんので、次の対策(郵送か電話など)を考えることになります。事務グループの参加者が増えれば、“できそうな”部分を担当していく道が開けてきます。例えば郵送による確認作業も発生しそうです。今回はそれが確認できたことが成果でしょう。

次回は、4月17日(水)2時から約2時間。これまで1月半かけて続けてきた「紹介情報を載せている学校・支援団体に掲載情報の更新の問いかけ」も90%ぐらいを終え、一段落になります。作業内容は他にもいろいろあります。順番を考えながら少しずつ進みます。

A.Pangueneさんに別れ

9日にA.Pangueneさんに別れのあいさつをしに行ったことも書いておくことにします。
スケジュールが混んでいたので、3時ごろホテルを訪ねて行き、自由になる時間まで待つ約束をしていました。3時前にフロントに聞くとどうやらまだチェックインをしていないようです。ロビーに座って本を読むことにしました。
突然声をかけられ、見ると彼と通訳を含む4名が近づいてきます。すぐに会議になるというので、少し待ってもらい短時間、通訳を通して話すことに。
驚いたことは、彼はモザンビクの自宅に40年前に一緒に撮った写真があるのか、奥さんから日本に行ったらこの写真を撮った人物と会うようにと言われ、探しようもなく探していたというのです。5日に私がその集会予定を見つけて出かけたのは一瞬の僥倖でした。

受け取った名刺の英語表記によると、モザンビク共和国外務対外協力省の大使級の「Advisor to the Minister for Diplomatic And Political Affairs」とありました。そんな肩書きはともかくフレンドリーを超えて人なつっこくて、典型的(?)なアフリカ人です。話せないと予想して持っていった手紙をわたし、また一緒に写真を撮って別れました。

居場所が続いたのは説明不可

一昨日(9日・水曜日)に続いて、今日(12日)も夜は簡易食事会風になりました(?)。
どういう風の吹きまわしか混雑した日になりました。
夕方、コミニティカフェを衣替えしたOさんが訪ねてきて、顔見知りのUさん、Mさんの2人と私を加えた4人でコミニティカフェや居場所事情を話していたのが、これに輪をかけたかもしれません。
不登校情報センターという居場所がどんなまじないによってここまで続いてきたのか、Oさんは種明かしをしたかったのかもしれません。正直なところこの質問に答える術がなく、やむなく「どうしてコミニティカフェを衣替えすることに?」と私がOさんにたずねることで、話しを続行するお粗末です。いろんな事情がわかって参考になりました。Oさんすみません。
種明かしの方はMさんが説明してくれまして、事なきを得たというのでしょうか。