∝ めでたさも中くらいなりおらが春
小林一茶のこの句を思い出しながら、
∝ 誕生日、忘れていたし 飽きがくる (季語はなし)
∝ いまもなお 何かにおわれ 秋を待つ (むりやり季語)
8月5日は69回目の誕生日です。そしてF.エンゲルスの119回目の命日(なぜかこちらのほうを先に思いだす)。あす8月6日は69年目の広島原爆の投下の日です。30年ほど前に父が69歳でなくなっています。それと同じ歳になりました。
ニュースによると日本人男性の平均寿命は80歳を超えたとか。見るべきほどのものは見たとも言えますし、まだ何もない気もします。さしたる後悔も、さしたる達成もありません。なくても事態に影響はしていない気がします。ご迷惑をおかけた人はいます。力不足で申し訳ありません。
事実を(期待をこめたり予見を織り交ぜず)その通りに受け取るつもりですごします。歳を重ねるとはそういうことではないか。ペシミズムとは思わず、老荘はこんな雰囲気だったのかと思うこともあります。無欲に、自分にできることを(最近はことに体力に応じて)やり続けるつもりです。
ひきこもりや不登校の相談をしているうちに、その母親からは夫との仲の相談を受けるようになりました。そのご夫婦は私より少し下ですが同世代です。僭越にならないように、率直に自分の経験を掘り起こす感じでこたえました。
世間のほうはどんどん変わり、わからないことが多くなります。しかし生身の人間が日常求めるのは経験による知恵のように思います。このご夫婦の相談を受けながら、経験に基づくことなら〔参考として〕答えられると思いました。これが「自分にできること」のこの年齢における発見です。