指導、教育、対応の仕方を対象者の年代の違いから思う

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20年以上前に教育雑誌の編集者をしていました。そのころに感じていたことです。
小学校の教師、特に低学年の担任はきわめて細かいです。子どもの状態を丁寧に織り込んで教えるなり引き出すなりの教育実践をします。
高校教師は、それに比べると教え方は大まかです。高校生は小学生と比べるとはるかに個人差があり、大まかとはいえ生徒の自己判断的な状態を織り込んでいますし、教える教材の深さを感じさせます。小学校教師は教育職をより強く感じさせ、高校教師は教材に関する研究職の要素が強くなります。中学教師は中間ですが高校教師に近いです。

さて、引きこもりの経験者たちが20代、30代となります。いまその人たちに対応していることになります。その対応の仕方は高校生よりもさらに様相が違ってきます。年齢が高くなるにしたがって人としての対等性が優先します。私は父親世代とだいたい同じ年齢です。私はもともと“指導”なるものは苦手でした。おあつらえ向きかもしれません。
壁をいかに低くするのかが大事であって “指導”は不用品になります。パソコンの使い方が典型的ですが、こちらが教えてもらう側になります。支援者のように振る舞うと、私のほうが壁を高く感じてしまいます。同時代に生きる共通の生活者くらいに思うとようやく釣り合いがとれそうです。

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