舌による感覚と感覚体験―2の3(2)

『内臓とこころ』の説明では舌の役割と乳児の口唇・母乳の役割が連続して説明されます。「脊椎動物が魚類から両生類になって、水から上陸して、ものを食べる時に、どうしても必要な手となってくるんです。魚の場合は、しっぽとひれの運動で、自由に餌のところに行ったり来たり…いったん陸に上りますと、最初は食物の近くにきても、パッと飛びかかる運動ができない。その代わりに発達したのが舌です。…舌というのは生命を維持するための大切な触覚と捕食器官を兼ねている」(32ページ)。
この一部は『進化のなかの人体』でも説明されます。「人間も脊椎動物のメンバーだから、比較解剖学的にみると、人間のからだはサカナを土台ないし原型にしている…鼻は出発点としては、呼吸用であるより前に、嗅覚用の器官だった。そして呼吸のほうは、水中に溶けこんでいる酸素を鰓で摂取していた」(58ページ)。
『人類生物学入門』ではこうふれます。「生物の歴史のなかにも、いくつかの革命的変化はあったが、水中から陸上に生活の場を変えたことほど大激変はあるまい。身体構造もそれに応じて、相当な変化が見られる。そのうち最大なものは、呼吸器と運動器の変化であろう。…鰓呼吸から肺呼吸へという変化である。消化管の一部は深く陥没して、肺を形成し、従来の鰓は甲状腺その他の鰓性器官と化した。魚類の時代は体幹を左右に波状運動させることによって前進していたが、陸上動物になると体肢が生じ、それによって前進運動を行うことになった」(131ページ)。

『内臓とこころ』は続いて先行する生物が獲得した成果を後続のより高等化した生物が受けつぎます。人類も例外ではありません。
「舌の筋肉だけは、さすがに鰓の筋肉、すなわち内臓系ではなくて、体壁系の筋肉です。…顔面の表情筋が全部鰓の筋肉であるのに対し、舌の筋肉だけは手足と相同の筋肉です。…舌というのは、内臓感覚が体壁運動に支えられたものだと思えばよいのです」(34ページ)。
一言でいえば舌の感覚は内臓感覚の一種です。体壁系とは、外皮系(感覚)、神経系(伝達)、筋肉系(運動)から構成されます。それに対する内臓系は、腎管系(排出)、血管系(循環)、腸管系(吸収)から構成されます。舌は外皮系の筋肉(運動)に支えられた腸管系=食物の吸収の働きをし、内臓感覚をもつ特別の筋肉というわけです。
*『進化のなかの人体』にあった舌の特徴:「男性はどの筋肉も女性よりより発達しており、とくに上肢と下肢で性差がはっきりしている。…ドイツの解剖学者ワルダイエルが、たったひとつの例外をみつけたという」。それは舌で「女性では、この筋肉はかなり力強く発達しており、おまけにじつによく動く」(106ページ)。

この後で人間の哺乳時期の舌の役割、“なめ廻し”による“生命記憶”の説明があります。この部分は正統派の解剖学や生理学では及ばないはずです。育児の場面や母乳の説明になり、先の『母乳』で説明したとおりです。それを乳児の側からみたらまた別の役割もあります。内臓感覚は後天的に“鍛えられる”こともあるのです。
『内臓とこころ』の説明です。「正常な哺乳とは…母親の乳首から直接吸うことです。この唇と舌の、最も鋭い内臓感覚でもって、母親の乳首のあの感覚を味わい尽くす。…赤ん坊の時には、まず哺乳動物であることの最低の条件を満たすためにも、母乳を体験させないといけない」(35ページ)。
「乳房を吸わせ続けるということは、内臓感覚を鍛える、それはかけがえのない出発点であると思うんです」(39ページ)。
「ふつう六カ月過ぎて首が据わって、手が自由になりますと、手あたりしだいに物をなめ廻します。…この時に鍛え抜いた舌の感覚と運動が、後になって、どのように生かされてくるか…。いまの心理学のことはわかりませんが、たとえば、コップを見て“丸い”と感じるでしょう。これは類人猿には見られない、まさにホモ・サピエンスの特徴です。この“丸い”と感じる、その奥には、この“なめ廻し”の、ものすごい記憶が、それは根強く横たわっているのです。…そこには手のひらの「撫で廻し」の記憶も混然一体となっているはずです。…からだに沁みついた、かつての記憶――私どもは、これを“生命記憶”と呼んでいます…」(39-40ページ)。
*舌と手は、脊椎動物の筋節から生じた「将来の腕の筋」と「将来の舌の筋」という「兄弟の関係にある」ことが発生的に図示されています(33ページ)。

もう少し追加しておきましょう。“なめ廻し”には「適度のバイ菌がいる」畳なども対象になりますが、「そのバイ菌を入れてやると、腸管のリンパ系が心地よく刺激されて、加不足ない防御体制ができあがる」(42ページ)。「少々の毒物は、ですから舌を通してどんどん入れてやることです。それを衛生だとかなんとかやりますと、無菌動物になる」(43ページ)。〈清潔は病気だ〉みたいな本がありましたが、ここにつながるわけです。それはまた別に扱うことになります。
 

舌による感覚と感覚体験―2の3(1)

私は自分の舌が特別の動きをするのに気づいたのはいつのことだったか…たぶん小学生のころに少し変わっていることを知りました。O字型に膨らませられます。U字型に丸められます。舌の上下をひっくり返すことができます(付け根の部分は変えられませんが右側でも左側でも)。舌の先端を上向き下向きに口の奥の方に曲げることができます(∩型にはできません)。それによる利益はありませんでしたが、かなり器用に動かせるのです(食べ物の好き嫌いが多いのは味覚の敏感さによるはずで、これは別もの)。
『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(下)』(1452年~1519年。岩波書店、1958年)の中に「舌の主要な運動は七種ある。すなわち伸ばす、抑える、縮める、膨らます、短くする、拡げる、細める」(248ページ)とあります。ここには丸める、曲げる、ひっくり返すがありませんし、膨らますは実態が違うかもしれません。ダ・ヴィンチは画家として観察的な解剖学をしています。

舌は感覚器官としては味覚を担当します。その感覚は内臓感覚とは違うのでしょうか?
『人体の不思議』では、舌と味覚をやや詳しく説明しています(82ページ)。そのうえで「味覚には、まだ未知の分野が多い」(84ページ)としています。
「食物が口の中に入ると、舌が後方に動いて、食物を後ろへ送り、口蓋扁桃(いわゆる扁桃腺)の門を通って、喉頭蓋および咽頭の粘膜の上を滑る。すると、咽頭は前上方へ引かれ、閉じていた食道の入口が開いて、食物が入る。
人を含めた哺乳動物では、口腔粘膜のほかに、喉頭蓋や咽頭にも味蕾のあることが、古くから知られている。咽頭の味蕾は、気管に食塊が入らないように、喉頭が閉じる前に咽頭で味覚を受け、その情報を伝える働きがあるといわれている」(85ページ)。
正統派の解剖学や生理学の説明では、このように味覚以外の感覚器官としての説明はありません。

手元の文献には舌に関する説明は少ないです。『人類生物学入門』でも舌の説明はあまりありません。後で見る『内臓とこころ』との関係では、乳児と母親・母乳の説明は参考になりましょう。
「注目すべきは、人類の乳頭の数と位置である。…体幹が直立するとともに上肢が自由になり、育児にあたって子どもを胸に抱くためである。つまり、サルでもヒトでも、乳児を胸に抱き、その顔を見ながら哺乳するわけであり、乳児も母親の顔をみながら乳房にすがることになる。哺乳にあたって母子のスキンシップが満たされるばかりでなく、顔を見つめあうことにより、母子の紐帯が他の動物よりはるかに緊密になるといえよう」(102ページ)。
このあたりは以前に読んだ『母乳』(山本高治郎、岩波新書、1983年)に詳しく書かれています。舌の説明は少ないのですが、こうあります。
「新生児がきわめて鋭敏な味覚を持っていることは古くから知られています。…彼らは甘・苦・酸を識別します。単味の水と甘味のある水と、熱量を含んだ水を、そのときどきの必要に応じて弁別し、必要を充たしていきます」(196ページ)。
「…乳首が唇に触れますと、口は自然に開いて乳首をくわえこんでしまうのです。…乳頭が口の中に入ると別の反射が作動します。吸啜反射と呼ばれる反射です。吸啜は、下顎と舌によって母の乳首と乳輪を口蓋に圧し上げながら、前から後ろへと強い力でなでつけてゆく運動です。…生理的な吸啜運動は、1分間100回前後のリズムでおこるきわめて律動的な運動です。吸啜には下顎の活発な運動が伴っていますから、そのリズムは、容易に外から観察することができます。…最初の抱擁において、このように吸啜反射が見られることは、生への第一の関門が見事に通過されたことを意味します」(197-198)。
この説明は解剖学や生理学とは少し離れますが、「西洋医学は病気を治す」ことに集約されてきたものとは少し違う説明になります。
 

子どものSOSソングライターで売り出します!

「15歳からのSOS~お子さんの手紙を預かっています」の内容を検討する会を開きました。2時間のトーク&ライブをたのしく豊かにするためです。悠々ホルンに来ていただき、藤原宏美さんと私の3人が集まり27日夜のことです。
十代の子どもからもらった手紙など内容はいっぱいあります。リストカットをする子どもが多いのですが、これらをどう伝えるのか。子どもたちの置かれた“現状を”子どもたちの言葉で伝える一部、“何でだろう”と考える二部にする原案をホルンさんから提案してもらいました。これを時間オーバーにならないように圧縮する感じで考えることになりました。
演奏会の参加者の書いてもらうアンケートも、多くを書いてもらうよりも「これから子どもにどんな声かけをしたいですか?」というようなものにしようとか、書く時間、筆記具や机(書く場所)の確保、参加者のうち住所や名前を書くのに抵抗のある人への配慮なども…。12月13日が近付いたら会場でリハーサルをしよう、10月にはタイムスケジュールに沿った事前演習をしよう、と決めました。
宿題にしたのは、悠々ホルンの“呼び名”? というかキャッチフレーズというか。後でホルンさんが考えてきたうち 子どものSOSソングライター で売り出そう!と勝手ききめました。広がるといいのですが、よろしくお願いします。