2012年2月に「保健所の引きこもりと周辺状況への対応」、2014年3月に「保健所の発達障害への対応」の調査依頼を行ないました。回答数は十分とは言えませんが、それでも144保健所からの回答が寄せられています。それぞれに関して保健所がどのように対応しているのかの様子を知ることができます。
これを基に保健所ページを制作していたのですが、全国の表示を点検し、ある程度そろえることができました。まだ途上ですが基本点はできました。
[http://www.futoko.info/zzmediawiki/%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%B4%E3%83%AA:%E4%BF%9D%E5%81%A5%E6%89%80]
月別アーカイブ: 2015年3月
MCFから『そして、生きる希望へ』の献本
阿蘭ヒサコ・冨部志保子著『そして、生きる希望へ』(モバイル・コミュニケーション・ファンド「子どもの明日」シリーズ、NTT出版)が贈られてきました。
NPO法人モバイル・コミュニケーション・ファンド(MCF)が、今年度の助成テーマの中心を「子どもの貧困」にし、そのテーマに沿った「子どもの明日」シリーズの1冊と考えられます。
阿蘭ヒサコさんは「生んでくれてありがとう 貧困のなかで育つ子どもたち」、冨部志保子さんは「シェアライフ 社会的養護からの巣立ち」を書いています。
不登校情報センターは2007年の「ドコモ市民活動団体への助成事業」に応募し、助成を受けたことがあります。2004年以来の「ドコモ市民活動団体への助成事業(子ども分野)」の助成先一覧がこの本には紹介されています。
20代後半の男性メンタルフレンドを募集します
学生のメンタルフレンドの希望者は多数いますが、20代初めのひきこもりへのメンタルフレンドが少ないです。
25歳から30歳までで、カウンセラー希望者で仕事についている人、大学院生などでこの分野の活動に関心を持つ人をメンタルフレンドとして募集します。カウンセラーの募集ではありません。
友人的な関係づくりをめざし、対等な人間関係ができることが大事になります。心理学の知識以上に“機転がきく”コミュニケーション力があればいいと思います。訪問する時間・ペースは休日(土日曜日など)で、ときには夜時間になることもあります。有償ボランテイアと考えてください。
訪問サポート部・トカネットの募集です。男性3名まで。
連絡先:不登校情報センター(電話03-5875-3730、松田)まで連絡をください。
カウンセラーをめざすメンタル疾患の経験者
「自分自身がメンタル疾患の経験をし、縁あって傾聴の研修に出合いました。 心の拠り所は大事だなと、メンタルケアカウンセラーの資格を取得。話し相手・カウンセリングサービスを開業。ただいまメンタルケア心理士の勉強中」
このようにご自分の経歴を紹介したのは「カウンセリング&話し相手(愚痴聴き)サービス filage(フィラージュ)」を開設した岡本瞳さんです。
これは「支援者・援助者」ページに掲載した人ですが、これまでにも何人かはメンタルな問題を抱えた経験者がカウンセラーなどとして活動を始めています。
引きこもり経験者の適職の1つに、対個人サービス業があるものと確信していますが、カウンセラーもその一つです。このようにカウンセラー等を職業としている元メンタルな問題を経験した人からの連絡を待っています。
以前のことですが、ひきこもっている当事者の回答として、自分に会いに来てほしい1位はひきこもり経験者であったことを思い出します。
ひきこもりから自立と社会参加を応援するNPO
「地域の社会資源を紹介する」ということである方が訪ねてこられました。車いすを使う障害があり、相当規模の企業で働いています。精神保健福祉士でもあります。会社では「障害者が働く上での必要なことを現場にいて考えてください」みたいなことを言われているようです。大きな会社なので雇用条件などは決められているのでしょうが、それでは十分ではないかもしれません。現場にいて改善策を提示してくださいとされているように感じました(確かめたわけではありません)。
これは私が経験主義とか“現場主義”と考えているものです。ハンディを持つ人を受け入れる現場主義とは受入れたその人の状態に即して対応や何をするのかを考え、現実化していくことです。
これに共通するもう一つのことがありました。
最近のことですが「ここは何屋さんですか?」と尋ねられました。不登校情報センターは何屋さんなのでしょうか。果物屋さんとか歯医者さんというように端的に紹介できません。
不登校やひきこもりの相談室です。引きこもりの経験者が集まる居場所です。学校や支援団体の情報提供するサイト運営業です。
いずれも当たっていますがアピール力不足で、いま一つわかりにくいと言われました。相談室、居場所、サイト運営業の3つを説明する羽目になるからです。
中心点を示すのは「ひきこもりから自立と社会参加を応援するNPO」がいいようです。集まる人に現場で対応し、経験から生み出された結果がこれです。しばらくはこれを“定義”としていきます。
引きこもっている当事者に“強制的な外出”を促す方法(5)
ひきこもり中の当事者から電話がかかってくることもあります。顔見知りでひきこもった状態に戻った人もいますし、顔見知りでない人も少しいました。
話してくる内容はいろいろですが、外出困難に関係する例を考えます。これまで紹介した3例は家族からの依頼ですが、本人からの依頼である点が基本的な違いです。
①、外に出たいのに出られない、前日には風呂に入って外出の用意をした、服装も靴も準備していた、玄関のところまで行った、体が動かなくなる…という状態を話してくれることはよくあります。これらは不登校の十代からよく聞く行動に関する例です。同じことを30代のひきこもり状態の人から聞くことになります。
②、一人でいるとゾッとするほど怖くなる、孤独です・苦しいです、外がとても怖い、人の声が聞きたいです…などは心理的に追いつめられた状況です。十代の不登校ではこういう例はあまり聞きません。年齢が高くなると聞くようになります。
③、高校時代にいじめられ壊された、会社で大恥をかかされてから人が信用できなくなった、親が協力的でない・理解しない…は家族や対人関係、社会関係の原因を指摘する言葉です。
これらは可能な限り聞き役になります。それが一段落するとまた違った言葉が出てきます。「助けてください、どうすればいいですか」…などです。ここまで話が進まないと手が出せません。しかし、ここまで来ても手を出すのは控え目がよく、支援者というよりは伴走者になります。
このシリーズ(1)で「引きこもり状態を続けることとは、このような苦痛を続けるのに我慢できるか、苦痛を感じる程度が低いか、さらには何らかの楽しみを見つけているのかもしれません」としたのですが、限界点に来た、危機感が迫っているひきこもり当事者の訴えがここには表われています。
これへの対応は基本的には強制はないように見えます。しかし、的外れな“指導”では強制を生みだします。
ひきこもり当事者からの直接の連絡・要請には「自由選択方式」は利用できません。
いまの自分にできることを探します。考えることは、すでに考えてすぎるくらい深く考えています。何らかの行動があってようやく考えてきたことの裏づけや訂正が可能になります。できそうな行動を探し勧めます。大きな動きを考えているのを小刻みにして「それならできそうな」目標にしていきます。それが「どうすればいいのか、助けてください」という問いかけへの答えになります。当事者が自ら答えを引き出すのが伴走者の役目です。
家族が関わる場合は次のようなことです。
(1)当事者の試みを手出し・口出ししないで応援すること。これが共通する原則です。
(2)家庭内ですることを決める(掃除・ゴミ出し、食事の用意、家計簿)。
(3)インターネットのできる環境づくり。
(4)外から人が入ってくる機会をつくる(室内の改装などで大工さんが入る)。
(5)別居ないしは一人暮らしの方法。
(6)訪問支援を継続して受ける。
(7)医療機関や公共の相談機関(保健所など)との協力。
(2)項以下は人により違ってきます。本人からの要請がある場合、家族が独自に動く場合などそれぞれです。
いま、30代の引きこもっている当事者からの要請で対応が始まっています。できることを積み重ねながら一人暮らしに向かいます。どう進展するのかは予断できません。いつかこの取り組みを報告できる時期がくるかもしれません。
IT分野が適職と出た不登校の経験者
就職試験でさんざんな目にあったという学生の話しです。
次からつぎと採用されないでいたところで、同じような人と一緒に適性試験を受けました。
そうしたら2人ともIT(Information technology)が適職と出ました。そういう職種の会社を受験しようやく採用になったと言います。
この人は高校時代に不登校の経験があり、対人関係が苦手なところもあります。
対人コミュニケーションが苦手な人にとって、ITという異質のコミュニケーション分野が適職と出たわけです。
両極端はしばしば一致すると言うべきなのでしょうか。
あるいは、人はコミュニケ-ションなくては生きてはいけす、対面コミュニケーションが狭い人には、別口のコミュニケーションの窓が開かれているとも考えられます。
情報社会にはそういうタイプの人が必要とされているし、社会が変化する中で自然に準備されているのでしょう。
学生の話しはまた聞きのことです。
1フリースクールの開設に寄せて
スクールピアという新しいフリースクールを開設すると連絡がありました。
場所は広島県海田町、広島市の西南に隣接する町です。4月2日が正式の開設のようですが、すでに少し生徒もいるようです。
新学期を前に毎年こういう動きはあります。
別の人から聞いたことですが、多くの学習塾に不登校の生徒が混ざる傾向が見られます。進学塾よりも補習塾や学力向上を看板にしている所にその傾向ははっきり出るようです。これも何らかの二極化になるのかもしれません。塾がフリースクール化する底流と理解しています。
学校の方はようやく35人学級を認めようとする動きがでました。具体化はまだこれからでしょう。
これらの動き全体から見えることをこう解釈してみました。
子どもの教育・子育てが学校中心から大きく変わってきており、学校もそれに追いつかなくてはならなくなった。
それとも、教育を産業として成長させるために営利活動にならない学校を停滞させてきた歴史の転換点を迎えつつある。
皮肉っぽく言うのは好きではありませんが、この件に関して少し怒っていることがありまして、つい…。
引きこもっている当事者に“強制的な外出”を促す方法(4)
もう一人、20代後半の男性、Rくんへの訪問活動を紹介します。
訪問に先立ち「自由選択方式」を採用していません。打ち合わせが不十分であったのです。
約7か月にわたり20回以上訪ねました。正月期間を挟んだので3週間以上空いた時期がありますが、他はコンスタントに毎週訪ねています。そして1度も顔を合わせることもなく終了しました。
2階の部屋がRくん自室で、階段を上がったところからそのRくんの部屋の間に4畳半ぐらいのスペースがありました。そのスペースにいることはRくんの部屋の入口前にいることになります。そこから初めに声をかけ、後は座って待ちます。本を読みながら待つことが多かったです。
Rくんは玄関からではなく2階の自室の窓側から出入りすることもあります。ひきこもり当事者がときたましている2階の自室からの出入り方法です。隣のスペースの窓からRくんの部屋の窓側を見ると、1階の屋根の上に敷物がありそこに靴らしきものが見えたことがありました。ここからの観察も1方法ですが何かをつかめたわけではありません。
訪ねてきたとき「松田です。こんにちは、お話しませんか」というような声をかけて後は待ちます。その20回以上の機会にはいろいろな試みをしています。
初めのころは、その場で書いたメモを入口の引き戸に挟んでおきました。後になるとやや詳しい手紙を用意して行きました。会えないとわかり階下でご両親との話しに進む前にそれを挟んで帰るのです。
Rくん側の対応として、私が訪ねてくる時間に合わせて眠るようにしているのではないか。お母さんからそういう話を聞いて、それまでの訪問時間を夜に変えてみたこともあります。
Rくんがネットを見ていると聞いていたので、不登校情報センターのサイトを見てください、こういうサイトの制作を一緒にしませんかと誘ってみたこともあります。他にもありますが、いずれも功を奏しませんでした。
どうして会おうとしないのか、本当のところはわかりません。
子ども時代からの性格と行動の特徴が関係しています(小学校時代に長い不登校経験があります)。
対人恐怖感が相当にあることは予想できます。外出は夜間に時たまあったようです。
以前に関わったある支援団体での経験がマイナスに働いているのではないかとお母さんは言います。
いろいろな背景がありますが、それらを超えようとするのが、訪問相談活動です。そこを超えられなかったのが私の力量不足なのです。はじめに「自由選択方式」の手続きをちゃんとしていなかった影響が大きかったかもしれません。ひきこもっている当事者の感じる困難とRくんがそれへの対応方法を考える場を提供していないのです。
前回に書いたPくんのように訪問担当者が交代して「自由選択方式」から始める、私が訪問を続けながら「自由選択方式」を設定し直す、そういうものがあってもよかったと反省もしました。
選択肢を明瞭に示し、それに対する意思表示の機会を設けるのが「自由選択方式」の主要な面です。“強制的な面会”による“強制的な外出”が主要な性格ではないのです。それは家族(母親になることが多い)もまた決意がいるのです。Rくんの場合はそこが曖昧であったのです。
引きこもっている当事者に“強制的な外出”を促す方法(3)
「自由選択方式」で訪問を始めたPくんについて話します。
私が訪問を始める以前の3年間ぐらいに、前任者が2人いて訪問を繰り返しました。会えなかったようです。前任者が訪問活動を中断してやや間を置いた状態で、私が3人目の訪問相談者になりました。前任者が訪問したときには、会わないために家から抜け出たこともあったと聞いています。
私が訪問を始める際に、「自由選択方式」を取り入れました。訪問の前任者がいたので、担当者変更に必要な手続きとした方法です。といっても家族が選択項目を提示したのではなく、私が家族と相談して選択項目をつくり提示しました。
×月末までに次の方向での結論を出してください。
①、1日でもアルバイトを始める。
②、家から出て一人暮らしを始める。
③、不登校情報センターに来てパソコンを習う。
④、以上について松田と相談する
初めて訪ねて行った日に、Pくんの部屋(階段を上がった2階)に外から声をかけた後、ドアにこれを紙に書いて貼りつけて提案しました。これはほんの2、3分です。特に反応がないのを確認して階下で家族と10分ほど話して帰りました。
1週間後訪ねて、「松田です。先日の提案について話したいのですが…」と声をかけます。
ちょっと待ってこれという反応がないと確かめた後、「しばらく階下で話していますから…」と見えないPくんに声をかけて、下の部屋で両親と話し始めました。
話し始めてすぐにPくんが階下に降りてくる気配です。下に来たところで顔を合わせると私はPくんと話せる2階の別の部屋に一緒に行きました。
話しといってもほんの二言、三言です。Pくんは「不登校情報センターに行きます」という返事です。5分ほどの“相談訪問”になったかどうかあやしいほどです。「来週は迎えに来ます」と短時間で終わりました。タイプによってはそれは珍しくありません。両親には「後で報告します」と伝えてこの日はすぐに帰りました。
翌週は一緒に情報センターに来ました。1時間弱の電車の中でもほとんど話しはしません。
午後の時間帯に情報センターについたら、先着の通所者がいました。紹介しましたが特に関わりを持つことはなく、私は室内の説明をします。
そして①パソコンをどう使うのか(用意した文書の入力など)、②CDを持ってきて聞いているのもいい、③本を持ってきて読んでいる、を提案しました。
その日は30分ここにいればいいというのが目標だったので、それくらいの時間で帰宅にしました。人と話すことは大変なエネルギーを要することなのです。
その後、定期的に週1回ペースで来るようになりました。4回目のときから文書入力をし始めました。パソコンは7、8年前にはやっていたそうです。その後、パソコンをやってみたいというので、別の通所者メンバーにお願いして主にワードの文書練習を始めるようになりました。
この状態を繰り返していましたが、寡黙でほかの通所者とはあまり話しません。しかし、毎週1回はきちんと来ます(定例日に来られないときは振替日を設定して来るという律義さをみせました)。
情報センターのパソコン学習に不足を感じたのか、その一方で市中のパソコン教室でも学び始めたようです。周囲の人に感じ取られている自分のイメージを自分から変えるのはなかなか難しいのです。違う場所で違う自分を表現していたと思います。
情報センターに通い始めて4年ほどで仕事につきました。
Pくんの場合も「自由選択方式」の実践例になります。ほとんど強制的なものは感じられず、
比較的すぐに当事者側から答えを返してきたように見えます。しかし、私の訪問以前の前任者による訪問の繰り返しや、家族の努力も見落とせないのです。その部分にPくんにとっての不本意はあった、功罪両面を見ているのではないかと思います。
Pくんの場合は定式的な「自由選択方式」を場面や条件に応じて変えて活用する(カスタマイズする)見本としてみていただきたいのです。不登校情報センターに呼んで通所先(外出先)を提示できたことがよかったと思えます。