1月29日(月)夕方の5時ころ、小岩駅周辺を歩いている途中で左足に異変を感じました。
3年前に腰痛になった前兆とほぼ同じです。
直ちに自宅の平井に戻ることにしました。
小岩から平井までの電車は空いていて座れました。
平井に着いた後も慎重にホームを降り、南口に急ぎます。
そこから自宅までの200m余りが長いと感じて、バス停留所のベンチに座り、足の調子を整えようと考えました。
ところがそこは冷たくて寒い。目の前の交番に入り「少し休ませてください」と頼みました。
10分ほど居てそこからは人通りのある商店街を抜けて一気に自宅まで歩きました。
自宅について倒れこみ、腰痛は激痛です。
3年前は安静にしてしばらくすれば落ち着くので、今回もそれにならいます。
その通りに痛みは落ち着きました。
翌30日午前、Bさんに助けられて医療機関に連絡を取ります。
3年前に受診したSクリニックは「インフルエンザで混雑しているので」と整形外科を紹介してくれました。
それが自宅から100mのところにある西村記念病院です。
電話で問い合わせると12時までに来れば通常の受診になるとのことです。
動くとその直後に激しい痛み(神経を刺激するような激痛)が5分から10分続きます。
12時までを確認したところで、100mとはいえ歩いていくのは拙いと判断し、救急車を呼びました。
このときの江戸川区の救急車は遠くからのようで、20分ほどかかり到着しました。
近くの救急病院への搬送で申し訳ないと謝りつつ、向かいます。
救急隊も独自に西村記念病院と連絡を取りました。
車に乗れば2分程度ですが、血圧などを計り(なんと170mmHgにびっくり! 通常は120~130です)、症状を確認するのが5分ほどです。
西村記念病院はさほど混んでいるようには思えません。
腰椎部のレントゲン写真、血圧や体温を測りました。
救急車でストレッチャーに載せられて以来、上向きに伸びた状態で寝ていると痛みは落ち着きます。
立ち上がると痛くなり、椅子に座るのは中間姿勢ですが徐々に痛みが出てきます。
医師の診察のときは落ち着いた状態のときでした。
腰椎部のレントゲン写真をみながら、骨に異常は見られない(=椎間板ヘルニアではない)、腰部筋肉痛による急性の腰痛と言われました。
薬が処方されました。ロキソプロフィンNa(鎮痛剤)、ミオリラーク(筋肉の緊張を緩和)、それにレバミピド(胃粘膜保護)を各1錠/1日3回、これを2週間です。
これで家に帰って安静にしていればいいわけです。
そのあと院内でトイレに行くことにしました。
痛みが落ち着いたので杖をついて5mほど歩き、トイレに座り用を足します。
その間5分ほどでしょうか。動いたことによる激痛が来ました。
トイレの内側からドアを開けたところで倒れました。
妙なもので倒れたというよりは横になる選択をした感じです。
トイレのドアのところでしたが不衛生とは思えなかったし、横になっていると痛みが治まるからです。
直ぐに看護師さんから連絡がいき、再度医師の診察になりました。
今度は整形外科の専門医です。所見は変わりません。
しかし、MRI(magnetic resonance imaging=核磁気共鳴画像法)をとって見ることになりました。
MRIは聞いたことはありますが自分で検査を受けるのは初めてです。
これには順番待ちがあり3番目になります。
1時間かかって検査になりました。MRIの所見では異常は見られません。
そのあとブロック注射による痛み止めです。キシロカインを注射します。
診療所で働いていたころに聞いたことがあります。もう覚悟を決めましたね。
医師は3時間くらいは痛みが止まるというので、その間に病院の車椅子を借りて帰りました。
午後3時は過ぎていたはずです。
Bさんに病院での手続きと薬局に回って薬をもらうように頼みました。
数日すれば急性期を過ぎ、痛みは落ち着くと予想していました。
だからあまり動かないようにしました。
AさんとBさんに食べ物を頼みました。
どうしても動かなければならいのはトイレです。
そのほかに多少は油断していたのでしょうか、ちょっと動いたらその直後に激痛がきてうなっていました。
服薬は1日3回の処方ですが、4回にしました。鎮痛剤だけは別に頓服として飲みました。
これまでは胃粘膜保護の薬をまともに飲んだことはありませんが、今回は回数が多くなるので、途中からこれも一緒に飲みました。
この生活が1月31日(水)と2月1日(木)です。何もできません。
31日に「腰痛で動けず」とブログとFacebookに書くのもやっとでした。
その後、2月2日に入院するのですがそれはページを変えましょう。