フリースクールは教育の適切化を見る社会実験

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思うことがあって(というよりも通常の情報収集の一環です)、フリースクールの情報を集めています。私のばあいは、固有名詞でフリースクールと名乗るスクールまたは団体の情報です。
ネット上にいろいろ出ていますが、そのいずれのサイトにある数の、少なくとも数倍以上、まだ途中ですが数千件から1万件のフリースクール名を集めそうな勢いです。どこかに文科省は500近くのフリースクールのデータを持っているとのことですが、それをはるかに超えます。
もっともフリースクールの定義は、一致していません。いろいろなものがあります。これ自体が1つのテーマになるので、ここでは詳細は省きます。
2016年に、「教育機会確保法」ができました。小学校、中学校および特別支援学校の小学部・中学部以外の義務教育に該当する子どもたちを受け入れる「一条校」以外を、法的な教育制度に認めたのがこの法律です。
となると文科省は、このフリースクール等にも法律に基づく適切な対応をしなくてはなりません。実際には自治体がそれを担当するわけです。みると千葉県はかなり積極的にこの方面の動きを集めているように思います。しかし、本格的な対応が動き出すのは、コロナ禍をすぎた時期になるでしょう。
今回はその部分に焦点をあてるのではなく、別の面をみます。初等教育といわれる小学校、中等教育といわれる中学校・高校の教育内容が、現実の子どもに即したものに変わらざるをえないという予測というか、判断ができそうだと思う点です。
文科省では学年毎の指導要領が決められていますが、多様性を求めるフリースクールでは、指導要領は、無意味になっているとは言いませんが、奥に隠れ、棚上げにされざるを得ません。
私はフリースクールを、いわばフリースクール類として分類することにしています。教科指導が中心でないといえるものもあります。もっと自然の中で体を動かすことが大事というところがあります。座学ではなくて社会見学を大事にしなくてはならない、表現が大事だ、人と人との関係をつくることが大事だ、発達の視点が大事であって発達障害中心のフリースクールもあります。
このようなフリースクール類においては文科省の指導要領は最前列から後ろに引かざるをえません。これらはフリースクールの運営者や開設者が必ずしも勝手にやっていることではないからです。それぞれの子ども観や教育観は確かにありますが、大事なのは子どもの現実に即して、これらの多くが形づくられてきたという点です。あえて言えば文科省も特例校制度を設けていますし、不登校特例校もその一つです。
それらを一言でいえば、15歳までの子どもたちは一昔にくらべて、社会的な成長がゆっくりであり、成人するまでに時間がかかります。その反面に感受性が強く、ことに技術的な社会条件を活用するのに優れています。ゆっくりと大人になり、そして長生きするのが現代の子どもたちです。いや私たち年配者にしてすでにその途上にあったのです。
そういう子どもに接する現場にいて、微調整を重ねながらそれぞれに適切な教育課題を見つけ、教育方法を創造しているのです。それが可能なのが学校教育外のフリースクール類になると思えます。
この結果、あるいは成否はすぐにはでません。成功例も失敗例といわれるものもあるでしょうが、大きな歴史の転換点にいることを思えば、悪くはない状態であると考えるのです。言い方を変えればここに展開されているのは、壮大な社会実験でもあります。

ひきこもりパラドクス

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