「脳は、……20代後半までゆっくりと時間をかけて成長する部分もある」というのは、事態の深刻さを少しは緩める科学の側からの事実提示のように見えます。しかし、これは高齢化したひきこもりには何のなぐさめにもなりません。なぜなら多くの人がすでに30歳を超しているからです。
しかし科学はまだ答えを見つけ出していないかもしれません。今回は2つの事例を示し、その科学の側からの説明を待ちたいのです。
ある人、33歳のTくんの例を挙げましょう。33歳にしてTくんは初めて仕事に就きました。最初は週に1時間の就業の条件で始まりました。この条件は働く現場に行く交通費などを考えると、収入よりも支出が多いほどです。彼の慎重で、確実さを大事にする気持ちが表われています。
それから3年ほどしたある日、Tくんをその職場に誘ったKくんのブログに、Tくんがその会社の優秀社員に選ばれていると伝えていました。
「人聞きですが、私が関わった方が会社で年間最優秀賞をとったと聞きました。すごい! その一言。最初のあたりだけなんですけど、関わりを持てた者としてそういった話を聞けてとてもうれしいです。おめでとうございます」
Tくんの誠実で慎重な人柄を知る私は「さもありなん」という感想になります。たぶんTくんと顔を合わせても、彼からはこの話をしてこないでしょう。もし私が確かめようと聞くと、やんわりと否定してみせるのではないか―「いやそんな優秀な社員なんてとんでもないですよ」と答えるような気がします。
彼の脳はどうなっているのか。科学に対してどんな反則を侵しているのか。それともまだ科学には知らない脳の進化の部分があるか。ハードウェアとしての脳は成長しないとしても、そのソフトウェアの部分で、すなわちその機能の範囲の働きの部分は進展するのではないか。私にはこのような答えがどこかから出てくると期待しているのです。
もう1つ私の知る例を挙げます。正確ではありませんが、2000年ごろひきこもりに関わる人たちが全国から集まる「支援者交流会」が始まりました。毎年、都道府県を持ち回りになるその全国集会は2017年に東京で2巡目が開かれました。名称が「ひきこもり協同実践者交流会」に変わっていました。「支援者の交流会」が、この17年間のどこかで「協同実践者交流会」に変わったのです。
理由はこの運動の実践者のなかに、ひきこもり当事者が参加し、ある状態にまで広がったことを名称の上でも変えるほどになったのです。
2019年に、江戸川区で「ひきこもり調査」が行われました。地域の情況をよく知る民生委員がこの調査に加わり、かなり詳しく調査がされ、報告書が作成されました。私は 「協同実践者交流会」 の例を引き合いに出して、「報告書を見ての要請」を行いました。私はこの部分を次のように説明しました。「ひきこもり当事者が自ら動きだすのは少ないという調査報告は事実ですが、事実の全部ではありません。……その動きだす初動エネルギーを引き出すための施策が」必要です、としていくつかの提案を行いました。
Tくんの例にしても、ひきこもりを改善するために当事者が自ら動き始めた事態を知るにおいても、人間は(脳の働きを含めて)、年齢の制約によらず、その行動と結びついて、より広く働いていくのではないでしょうか。私は科学の側からのこの面における新しい知見が表われるのを待っているのです。この問いに答えるに足る状況証拠は他にも既にあるでしょう。それを合理的に説明できる余地を科学は持っているのではないですか。