人生百年時代といわれ、百歳を越える人も数万人に達しています。平均寿命は男性81歳、女性87歳、世界の最高レベルです。年齢の延長とともに、途中世代の内容も変わりました。個人差は大きいとしても、青年期は30歳近くまで延びました。平均的には18歳から30歳あたりが青年とよばれる時代です。
元寇の頃(鎌倉時代)、執権の北条時宗は18歳でした。このころは青年期は基本的にはありません。元服とともに大人社会に入り、その最高指揮権をとる人もいたわけです。江戸期末から明治期にかけて、“青年”が登場しました。経済社会が発展し社会が豊かになるにつれて、大人と子どもの間に青年期が生まれたのです。いまや青年期はおおよそ18歳から30歳にまで広がったのです。
高等動物であるほど、成年になるまでにより長い期間を要する——これは生物学の法則のようです。30歳まで青年期が延長されたことは、人間が動物としてより高度化したといえます。日本におけるこの変化はこの半世紀の間に起きました。
それと気づかれないままに世代間のギャップも広がりました。父母世代と子ども世代のギャップです。それぞれが体験的に感じとり身につけている生活感が以前とは違ってきたのです。親世代もこれという悪意はないのに(従来通りのやり方を続けてきただけなのに)子ども世代には受け入れ難い要素が増えました。やや大げさですが誰も悪くはないのに、親子の間のギャップがストレス発生のベースになった、といえるでしょう。
この世代間の違いは、とくに子ども側の感性のゆたかな人たちに大きな表われます。学齢期の不登校やより幅広い年代に表われるひきこもりは典型ではないか。世の移りを横に立って見つめればこう見えるのです。
青年期の前には少年期・学齢期(小学生~高校生)、その前に乳幼児期(0歳~6歳)があります。この時期の内容も半世紀前とは変わりました。当時は(1970年までの高度経済成長期以前)子ども数も多く、親世代は子ども一人ひとりに目を向ける時間がありません。他方には子どもだけの異年齢で構成されていた集団(子ども世界)がありました。そこが大人になって生活するための準備の場でした。年長者は年少者を巻き込んで、ときには保護し支配して、この時期をすごしました。それが「子ども世界」です。
その少年期・学齢期における「子ども世界」が消失した、少なくとも大幅に縮小したのが、高度経済成長期を終え現在まで続く特色の1つです。生活の多くの場面で、子どもには大人の目がいつも向けられます。保育園・幼稚園時代がその入り口です。多くの場で子どもの周りには大人の(必ずしも親に限りません)目が届いています。
もっとも世界的にみれば、日本では子どもだけで行動する時間は相当に多いようです。TV番組「はじめてのおつかい」が欧米世界で人気を博しているのはその貴重さが受けているようです。子どもだけの学校への登下校が注目される(ときには驚かれている)のはその例でしょう。ただ、半世紀前の「子ども世界」の様子を知る私には、それは大幅に縮小した「子ども世界」の残りです。
経済社会の発展のなかで、女性の働く割合が増えました。学校を終えた午後の時間の子どもの居場所として学童保育(放課後児童クラブ)が設けられたのはいつごろからでしょうか? 1970年代に急増したのではないかと推察しています。親が働き子ども世界が縮小しているから特別の対応が必要になったのです。
それ以前からあった大人の目が届く学童期の子どもの居場所は学習塾やそろばん教室などです。運動(スポーツ)や文化活動(ピアノ教室、生け花教室)などもそれに入るでしょう。これらは親たちの必要から生まれ、自然に成長してきたものです。 ここ数年の動きでは教員の働き方改革、その実際の就業時間の長さを短縮するために、部活動が注目されています。学校外のスポーツ・クラブ等に移行する動きがみられるようですが、必ずしも順調とはいえないようです。私もその一端を目にする位置にいますが、これら全体をボランティア活動とするのは、無理があります。かといって全体を親負担とするのも別の無理を感じています。これは「子育て支援」の一部として公に対応する時代に入ったのです。