『内臓とこころ』の第2章も「内臓とこころ」となり、内容の中心にあたります。内臓波動(食と性の宇宙リズム)、内臓系と心臓、心のめざめ(内臓波動と季節感)の3つの部分から構成され、3つの角度から問題をとらえようとしているようです。
はじめに1つの話題があります。プロローグとしてこれを取り上げましょう。
自然から生まれた人間が自然を加工し始めたときから、人間は純粋に自然な動物ではなくなった事情です。自然な動物であった時期の人間、「大昔の人々は、ごく素朴に宇宙を、自分の体内に感じ取っていた…それは“小宇宙”」(65ページ)。
それが変わりはじめたのです。「農耕文化が発生した時から、もう始まっている…「耕す」というのは、母なる大地の皮膚に手を加えること…。歴史の流れを振り返ってみますと、この自然に対する手の加え方に…加速度が付いてきたように思われます」(66ページ)。「人間が自然の移り変わりにたいして、しだいに盲目になってきた。この内臓の奥深くのリズムなぞ、ほとんど問題にならなくなった」(67ページ)。ここをはじめに取り上げ、根本的な捉え直しを提起しているのです。
貴重な本があります。『宇宙人としての生き方』(松井孝典、岩波新書、2003年)です。
「人類の誕生は…700万年前までさかのぼりますが、我々が人間圏をつくったのは1万年くらい前のことです…地球システムという考えに基づくと、人類が農耕・牧畜を始めたことによって人間圏という新しい構成要素が生まれたと考えられるのです。生命の惑星から文明の惑星への進化です」(57ー58ページ)。
「狩猟採集は(人間以外の)ほかの動物もしている生き方です。…地球システム論的には、生物圏に新しい生物種が生まれただけのことです…。それに対して農耕牧畜という生き方では、森林を伐採して畑に変えたりします。この結果、地球システムの物質・エネルギーの流れが変わります。…森林に降った雨は長い期間森林にとどまり、少しずつ大地にしみ込んで地下水となっていく。ところが農地となると、降った雨がそのまま表土と一緒に流れていく…。つまり、森林を伐採して農地に変えるという行為が、地球という星全体の物質やエネルギーの流れを変えているのです。地球全体の物質やエネルギーの流れを変えるということは、システムの構成要素を変え、その間の関係性を変えるということです。したがって、農耕牧畜という生き方は、概念的には地球に人間圏という新しい構成要素をつくり、地球システム全体の流れを利用する生き方ということになるのです。これまでも農耕牧畜の開始によって文明が生まれたと考えられてきたわけですから、文明が人間圏をつくって生きる生き方と定義し直しても、実質的には何の変化もありません」(61ー62ページ)。
この後、省略するには惜しいいくつかの事情説明が続きます。そのなかで次のことを紹介しておきます。「現在の人間圏でもっとも特徴的なことを1つ挙げれば、インターネット社会です。…未来の社会を語るとき未来の社会は個人を主体とした社会であるというような表現をします。…従来の人間圏は、国家や地域共同体などさまざまな階層の共同体を構成要素とする1つのシステムと考えることができます。しかし、インターネット社会の構成要素は、従来のような共同体ではなくて個人です。…人間圏というシステムの、これ以上わけることのできない究極の構成要素は人間です。我々は細胞からなっているからといって細胞に分割しても、あるいは臓器に分割しても意味はありません。人間圏にとっての究極の構成要素は一人一人の人間です」(193ページ)。
農業を始めた人間がつくりだしたのは、文明や地球における人間圏という説明です。『内臓とこころ』がプロローグというか理解の前提とした、人は自然から生まれながら自然を変える主体になった事情を地球惑星科学ないしはアストロバイオロジーの視点から説明し直したものです。次回は地球人が人体をどのように感知しようとしてきたのか、古代人の例に触れてみたいと思います。