日本語表現の1つの特色の評価のしかた

YouTube動画に日本語表現法の1つに「AI(人工知能)でも困難といわれていること」ができると紹介されるものがありました。その感想です。

(1)「~ている」にの言い方の2種類。

「子どもが走っている」=動作の進行を示す。 「窓が開いている」=結果の状態を示す。同じ「~ている」で進行・結果・習慣を1つの形式で表現する文法です。英語では、「is running」と「is open」と区別しますが、日本語では同じ形式2つを表現します。

(2)方向・距離を感じる

「~てくる」と「~ていく」として、「赤い炎が大きくなる」を2つの言い方、「赤い炎が大きくなってくる」と「赤い炎が大きくなっていく」表わします。日本語を使う人は83%が「赤い炎が大きくなってきている」を「変化が自分に向かってくるもの」と認識しているといいます。英語(アメリカ)と中国語(中国人)は「大きくなっている」の認識ではあるが、方向性は認められないといいます。日本語では「時間を流れととるだけでなく、向きと距離感を感じとっている」としています。

(3)上の2つの能力の取得の時期は、日本人は3歳ぐらい(国立国語研究所)であるのに対し、英語圏の人が「ingを理解するのは5歳くらい」といいます。「日本の子どもは文法を学んでいるのではなく、世界の見方を学んでいる」=これはある日本人学者の評価です。

動画ではこれを総合して、日本語を自然に話すこととは「①時間を流れとして感じ、②変化を距離として測り、③感情を言葉に織り込む」とまとめています。③の個別の説明はありません。そしてこれら全体は「AIでも困難といわれること」とまとめています。

私の感想は、これは日本語の特徴・特質であると思いますが、日本語の優位性とは考えません。TPOによっては有利に働くこともあれば不利に働くこともあるという意味です。 レヴィ・ストロース(Levi-Strauss フランスの文化人類学者)は構造主義の代表者として知られ、日本文化の特質を高く評価しています。私も30代ぐらいから彼の、特に未開人や途上国に関する論を読み勇気づけられた記憶があります。先の日本語の特質はレヴィ・ストロースが述べたものではありません。文化のある一面の特色・特質をその文化を担う人の優位性を示すものではないと理解する大事さを彼の説明から感じてきました。物事の一面を知る手がかり、とくに低位に置かれた状態の人の文化面を評価する視点として受けとってきたように思います。今回の一説もこれに加わるものです。  

2月11日(水・祝)の臨時相談会

会報により2月11日(水・祝)に臨時相談会をお知らせしました。場所は新小岩地区センター、午後1時~3時です。3組の予約があります。相談時間帯が合わないので別に個別に相談する約束もしています。親との相談ですが28~34歳の比較的若い人に関することが特徴だと思います。平井・新小岩地域でのこのような相談会を続ける必要を改めて確認しています。3月にも相談会を予定したいと思いますので、電話・FAX・メールで連絡をください。
◎ 臨時相談会=2月11日(水・祝)13:00~15:00 場所:葛飾区新小岩地区センター(JR新小岩駅南口から5.6分)活動室、参加費500円。
◎ 連絡先:電話03-5875-3730、FAX03-5875-3731、メールopen@futoko.info

家事とは家族内ケアを含むもの

「11月アンケート」は、開始間もなく内容に不十分があると悟り改訂を行いました。改訂の中心は「家事」の項目を追加したことです。それは2つの分野あり、家事労働と家族内ケアです。しかし、対象とするひきこもり経験者には結婚している人が少なく、改訂して得た回答はあまり役に立ちませんでした。私は、家族関係の大きな変化が、ひきこもり発生の重要な背景にある事情という仮説をもっています。こういう視点から改訂に家事労働を持ち込み、そして空振りに終わったわけです。
問題に立ち戻るためいくつかの先行研究を読みました。その先行研究はひきこもりを視野に入れたものではありません。藤田朋子「無償労働のなかの「見えない」家事——夫婦の家事分担調査からの検証」、久保桂子「共働き夫婦の家事・育児分担の実態」(日本労働研究雑誌)の2つへの感想から始めましょう。「感想」となるのは、具体的な内容記述に入る以前のところで、より重要なことに気づいたためです。研究の具体的な内容は夫婦の間での家事分担になるのですが、「家族内ケア」に関する部分はほぼありません。
しかし、「家族内ケア」についてもひきこもり(不登校)になる人(子ども)の家族関係を通しても1つの要件を確認できます。私が不登校情報センターを始めのたのは不登校の子をもつ親の相談からでした。それにつづいて不登校やひきこもりの経験者が集まる居場所の運営です。
初めの親の相談とは何でしょうか? 間違いなく「子育て」の一部、少なくともその延長です。相談に来る9割方は母親です。父親単独は5%未満、夫妻一緒が1割ほど、子どもと母親が一緒という例も少しあります。これが肌感覚での相談者の分類割合です。この相談に来る人が費やす部分は「子育て」の一部になりませんか? 居場所の運営は家族から見れば外部施設の取り組みになります。
先の2つの論文で対象にしている「子育て」は基本的に小学校入学以前の子どもを対象にしています。しかし子育ては、子どものそれ以降の小学校も中学校も、高校時代も入るでしょう。
ここで問題を一区切りすれば、「子育て」とは学齢期以前の子どもの「子育て」に制約されないことです。それは子どものための学校との関わり、参観日や学校行事への参加なども含まれるのです。学校以外にも、保健所や自治体等との関わりも入れて考えるべきものです。時間に着目した言い方では、それに費やす時間も子育て時間なのです。
第二は「子育て」を含む「家族内ケア」という視点が必要です。子育ての延長には病気等への対応が1つ。それ以外に障害者であればそのケアも必要です。夫を含む家族全体へのケアも含まれます。家庭外にある医療・リハビリ機関からの支援があっても家族内ケアの部分は欠かせません。
そして最大の空白は高齢者家族への介護です。これは家族としては別世帯になっていても生まれますし、同世帯(三世代家族)であっては避けられません。この部分を家族内ケアとして含まなくては、問題を縮小してみることになります。介護は昔からあったものですが、人口の高齢化に伴ってその部分が大きくなってきました。家族の存在が人間社会の継続に欠かせないと認める限り、介護を家族内ケアとして認めなくてななりません。介護退職やヤングケアラーが社会問題化しているのはここに関係します。
先に挙げた2つの論文は夫婦間の家事分担の具体的な様子を分析しており、私には1960~70年代の日本の高度経済成長期により変化したことが、子どもの不登校やひきこもりの背景事情にあると仮説にしたものです。2つの論文はその夫と妻、すなわち男女の家事分担(家事労働・家族内ケア分担)の現実の不完全さ・不十分さを明らかにしたものです。この家事分担の途中経過(不十分さ)については別の説明になります。

2月の親の会に向けて

昨日の「ひきこもり後遺状態のある人への対応」は1月17日のセシオネット親の会で話されたことを感想として書いたものです。当日は親2名、当事者4名、それに松村さんと松田の8名が参加していました。この話を私式にとらえるのがいいかどうかは、必ずしも確証はありません。各方面からの異論が出たときどうなるのか頼りなさがあります。さらに意見の積み重ねが必要でしょう。

親の会に当事者が参加する意味・役割とは何でしょうか? 当事者が体験を通して感じたことを話す、それを否定されずに聞いてもらえる場ではないでしょうか。それは肯定とは同じでないかもしれません。それでも否定や攻撃を受けるものではないでしょう。ある当事者と24日に話しているときに言われたことです。すると親の会は当事者にとっては居場所(体験を昇華する場)になるかもしれません。この数か月続いている親の会に当事者が参加している状態は、これが1つの結論、1つの可能性とも言えます。

参加している親にとってはどうでしょうか。ここで私の意見提示は控えたいと思います。出席する親から実感ある意味を話してもらいたいからです。現在のセシオネット親の会に参加する親の子どもの多くは“不登校・ひきこもりから卒業”しています。それでもこの会を続ける意味はあると思います。1つは、「ひきこもり経験者が安心して生活できる社会」を考えることになるからです。しかし今回これ以上は言わないでおきましょう。参加する親からの実感ある話を聞きたいと思うからです。参加を待っています。

☆2月のセシオネット親の会

セシオネット親の会の定例会は毎月第3土曜日、午後2時~4時です。2月21日(土)14:00~16:00 ★曜日・時間に注意。場所は助走の場・雲:新宿区下落合2-2-2 高田馬場住宅220号室。高田馬場駅から5,6分のところです。参加等の連絡は、松村淳子さん(090-9802-9328)までお願いします。

ひきこもり後遺状態のある人への対応

40~50代のひきこもり経験者で、現在も通常の就業をしていない3人の男性の話になりました。以前の、20代から30代の中ごろまでの年代では、今後の生活について考えることもありましたが、最近はそうではなくなったといいます。
今日一日をどうする、せいぜい数日どうするのかを考えるので精一杯になっています。この状態は(個人差もある感覚ですが)無理だとわかった、諦めた、事態を受け入れている、ジタバタしても徒労になるのがわかる…という精神状態といえばいいでしょうか。私自身が80歳になっており、過大な将来計画を考えることがなくなっているので似たところがあるかもしれません。
3人とも日々の衣食住に困窮しているわけではありません。外見的には一般社会人として町中を歩いており、平穏な生活をつづけています。
「11月アンケート」の回答のなかで、「2 部分的社会参加している人の様子」と「3 ほとんど働いていない人の様子」の該当者を参考にしながら、私の考えたことを、対応方法をまとめました。
これまでの過程で、自分で生活費を得られる状態になかった。親の援助、社会福祉の援助を受ける状態で今の状態になっています。親が居なくなったら、社会福祉援助を受けられなくなったら…と頭を悩ます事態に疲れてしまったといえるでしょう。ともかく今はほぼ毎日の生活ができている。ほっと一休みしている。つもりですが、その一休みが延々と続く可能性もどこかで受け入れているのです。
ひきこもりの「8050問題」の一面には、このような状態にある人が少なからずいる…と私は想定しています。少なくとも「11月アンケート」の回答にはそれを思わせる人が一定の割合でいるのです(「アンケート集計の部分報告」を参照)。
私はこの人たちを社会参加だ、いや何らかの形で就労に結びつける必要がある、という気持にはなれません。そういうスタンスで向き合えば対応できる人もいるのも確かです。しかしその方法を優先するのは的外れの気がするのです。私はこの人たちの平穏を社会的に受け入れる状態を続けるのが基本になると考えます。
私はこの根拠を次のように考えます。
(1)この状態は当人の怠惰・怠慢によるものでないこと。
(2)それを反対面からみれば意志や努力では成し遂げられない高い壁によって妨げられていること。
(3)これは当人が高い潜在的可能性をなお保っており、それがいつどのような形で開花するのかは予測できないこと。
(4)それは医学、心理学、社会学等の人間にかかわる科学に新たな視点を持ち込むと期待できること。
(5)それは文明国の条件である人間の最も基本的な人権に属すること。
それは国民感情の中にある困っている人を追い込まない取り組みを、それぞれの人、集団グループ、地域の状況に応じて広げることです。例えば1万か所を超える子ども食堂の取り組みはそのようなものではないでしょうか。それぞれの人が自分にできることで関与する方法です。
貧困、障害、自然災害…に遭っている人を自然な感情にそって、出来ることをする、出来ることを広げる、いわば国民の下からの取り組みです。それをベースにして、公(おおやけ)が下支え援助をする。公共施設の利用、食料支援、エネルギー支援を住民と公共で手助けする——子ども食堂の取り組みは、一律の基準によるのではなく、それぞれに応じてすすめていますが、それと同様です。
固定的な制度として上から指令するものではなく、国民の自然な動きを受けて柔軟に対応する制度として確保しながら見本を更新しつづけるものです。それら多分野に及ぶ多様な取り組みを全体としてすすめる——それは結局、日本社会を日本国民の気質にあうように平穏に、つくっていくことになると思います。

中国の「政変」について

中国で政治的内戦が顕在化しています。現状は軍部上層部における闘争みたいですが、経済社会のきわめて厳しい状態をベースにしており、広がりやすい局面にあります。政権指導部間の争いや国民が広く参加する条件も予測できますが、いまは戦闘をともなう内戦ではないと見えます。

事態の詳細は知りませんし、政治的内戦の直接の端緒も明確ではありません。それでも中華人民共和国の建国以来の大きな変化になる予感さえします。それは政治指導部の大きな分裂を感じる、言い変えれば中国共産党体制の揺らぎを思わせるからです。

孫文が中国近代化で求めた三民主義(民族主義・民権主義・民生主義)の課題が今回の動きのなかで大きくなることを願います。これらを今日の状態で表わすなら、国内諸民族の自治権、国民の民主主義、社会経済生活の安定、そして東アジア地域における平和への貢献でしょう。「社会主義」中華人民共和国はこれらに肯定的とは言えず、自ら強権国家の仲間になっているからです。

〔2月5日追加〕“無言の内戦状態”になっている。名目的な習近平派に対し長老派(胡錦涛前主席+劉源系統)が実力をもち、国家機能が停止している。

「生活と働く」の状況=アンケート23人の回答


*〈 〉内数字は回答者番号

1-1常勤状態で働いている人の様子(本人記入)

(1)平穏無事に暮らす

39歳の時にやっと正社員になることができ、それ以降は社会人として働き続けています。結婚とか家を買うとか人並みの事は出来ませんでしたが、今は平穏無事に暮らせていてこれで良いと思っています。           (男性,年齢?,独身,一人暮らし〈31〉)

(2)就労6時間ぐらいの仕事に転職したい

要員不足で休憩もまともに取れない。歳のせいか以前より疲れる。良い人は辞めてしまい、意地の悪いのが残っている。正社員らによる蔑視。御用組合からのシカト。収入が減っても6時間ぐらいの仕事に転職したい。      (男性,50代,一人暮らし〈01〉)

(3)専門性のある仕事がほしい

わかりやすいルールの人とあまりコミュニケーションを取らずに済む専門性のある仕事の雇用を増やして欲しい。                  (男性,50代,独身,家族と同居〈22〉)

1-2常勤状態で働いている人の様子(父親記入)

(4)建築関係部品製造で支障なく働いている

知人の紹介により、自宅近辺の会社に就業(建築関係)。仕事が合うらしく、特に支障なく現在に至っています。                  (男性,30代,独身,父母と同居〈09〉)

(5)無遅刻・無欠勤でがんばっている

2021年以降、サポステ通いを経て、2023年6月から医療福祉業を全国展開する企業の地方採用社員として勤務を続けています。父親の目から見て(客観的?)、“ホワイト”と言える会社でもなさそうな所もありますが、無遅刻無欠勤で頑張ってます。彼女もできて、それを張りにしているようです。これから先どうなるか分かりませんが、もう自立した大人としてやっていけるだろうと信じています。                       (男性,30代,独身,家族と同居〈21〉)

1-3常勤状態で働いている人の様子(母親記入)

(6)競争助長の教育がいじめ、不登校を生む

今の学校義務教育の偏差値教育、競争助長の教育は不登校を生む教育。もっと自由を重んじる海外の教育を取り入れてほしい。いじめ、不登校を生み出す、今の管理教育を個性を尊重する教育へとしてほしい。教育=人格陶冶を第一に考え、一人一人を大切にする教育、教師、集団をめざしてほしい。今の日本は、憲法も教育基本法も無視した、異常な劣悪な社会となっている。   (男性,50代,独身,父母と同居〈32〉)

(7)役所の担当者には親身の対応を強く要望

年相応の体力はある。以前と同じ仕事を続けています。物事を自分でなかなか決められない。怒り感情は極たまにですが長く続くことはありません。仕事をしているという気持ちからか私共との会話も多少増え時々自宅近くを走ったり、ストレッチをしたりとリラックスしている様子がみられます。遅まきながら家族それぞれの今後のことを決めねばと思っています。

親としては息子が外に出て生活し私共はゆくゆくははっきり言わない(言えない?)ため結論が出ません。私共の気持ちは分かっていると思いますが、本心は現状のまま同居し、いずれは最後まで自宅で暮らしたいと考えていると思います。以前松田さんが息子のことを達観しているとおっしゃったと記憶していますが、私は諦観ととらえていますが心配事はつきません。

役所の窓口の担当者(相談者が最初に出会う公の機関)が毎年順送りに変ることなどなく専門的な知見を活かし、親身になって対応してくれるような窓口であってほしい。相談者の一生がかかっています。国に強く要望します。  (男性,50代,独身,父母と同居〈15〉)

2-1部分的社会参加している人の様子(本人記入)

(8)精神疾患へのサポートを厚くしてほしいわがままですが、精神疾患のサポートを厚くして欲しい。自分のような境遇の人がどう暮らしているのか気になります。                             (男性,50代,独身,父母と同居,短時間就労(週2日,1日6時間)〈05〉)

(9)公的な家賃補助があれば助かる

友人のつてで安い賃貸を借りることができ、非常に助かっています。一般的な賃料が必要だった場合、フルタイムで労働せねばならなかったはずなので、現在の比較的安定した生活はできませんでした。

生活保護でなくとも、公的な家賃補助の制度があれば助かります。自身の給与収入による生活ですが、水準としては生活保護と変わらず、一般的な常識からすると、食生活や娯楽などの面で、異質な生活を送っているかと思います。(男性,30代,独身,一人住まい,定期的なアルバイト〈02〉)

(10)生活レベルを落として庇護にあやかる

今の私はひきこもり体質はあるものの、働く時はビシッと働き、ご近所とコミュニケーションもとれています。「ワーキングプア」です。仕事は単発タイミーみたいなのをたまに。弱者は搾取されるか、生活レベルを落として庇護にあやかるのみ。高齢の貧乏日本人が増々ふえるだろう。ひきこもりは重度だと年上はヤバい。相続税やら払えません。楽に死ねるなら死にたい。ただし能力があり若い子は、外に出れたり、ネットでかせげる可能性。                                (男性,50代,登録派遣型不定期就労,独身,父母と同居〈23〉)

(11)普通の社会人として暮らせる自信はない

私は今までに完全に長期引き込もりをしたことは経験上でありません。現在は市内某所にあるB型作業場に週3日程は通所しています。以前、二十年余りと長期に不登校情報センターに関わりを続けています。引き込もりではなくても自分自身は現実回避をしがちな性格でもあり、中年間近な年齢となった今現在でも普通の社会人として生きる自信がなく、常日頃より幻想をしながらも日々自分らしくありたいと思う気持だけは強く抱きつつ日常を暮らしています (男性,50代,家族と同居,B型作業所に通所)

(12)生活保護の勤労控除を引き上げてほしい

生活保護の勤労控除額を引き上げてほしい。現状、15,200円以上働いたら生活保護費から引き下げがある。週3回、施設外就労で老人ホームの清掃を1日3時間行っている。                          (男性,40代,単身,グループホーム,生活保護)

2-2部分的社会参加している人の様子(父親記入)

(13)失業中で失業手当てを受けている

3年前からある工場で働いていたが、業績不振で3ヶ月前に解雇され現在失業中。失業手当てを受けている。もうすぐ期間が終了し、無収入となる。ひきこもり支援が、人手不足の中でも国や自治体の弱いし、スキルを身につける機会も場所も無いと思います。

本人を見ていると何もしないでのんびり生きていくことしか考えていない様子で、親が死んだら、その先どうなるかも全く気にしていない。本人はしかし、学生時代の友人と年に1~2回会っています。満足に仕事もせず、ふらふらしていることを恥ずかしくは思っていないことに驚きます。自動車運転免許の準備。                                (男性,30代,失業中,失業手当受取中,父母と同居〈25〉)

2-3部分的社会参加している人の様子(母親記入)

(14)親も年金生活で苦しく、障害者の自立支援のぞむ

年金はグループホームの支払いでなくなり、その他の生活費を親が負担していますが、年金生活のため親の生活もきびしいです。障害者の生活自立の支援を国が力を入れて欲しいです。

今回入院前に入居していたグループホームは強制退居。生活が自力出来ていない、こだわり強く世話人とトラブル、無理ですとなりました。次のグループホームが決まらないと退院できません。諸事情で親と同居はできません。生活が自力している人対象のグループホームが多く、息子のような手がかかる人は入居できないのはどうなのでしょう。

(男性,年齢不明,独身,グループホーム在住,B型作業所通所〈26〉)

3-1ほとんど働いていない人の様子(本人記入)

(15)社会の最下層にいながらの幸福感

国に対してはこれ以上何も期待していない。長く生きないと思うので、もう少しだけ日本を現状維持してくれれば。正直言って2025年12月現在、人生史上最高に幸せ、社会の最下層に生きながらこの幸福感、充実感はなんなんだろう?とまどうくらい。今までがキツすぎたが、今がピークか、あるいは両方。これまで経験したことない心の平穏を得ている。あとはどれだけ続くか。この後に地獄しか待ってないから。自分も日本も世界も今の幸せをもうすこし味わっていたい。それだけ。                     (男性,40代,独身,家族と同居,障害者年金受給)

(16)ひきこもりから脱し夜間大学に通う

2年程前から引きこもりから脱している。本人の部屋有り。2025年4月から夜間大学に通っている。学業に不安はあるものの、友人関係や生活面等、充実してきており、精神面は安定している。               (男性,20代,独身,家族と同居〈30〉)

(17)一人暮らしで社会との接点がなくやばい

まさに8050問題の渦中の年代ですが、親がそこそこお金を持っているのと、パートナーの存在があってひきこもり(自分の場合病気がゆえ外出しづらいのですがそれも入るのでしょうか)でも現在なんとか生きています。自分がひとりで暮らしていたら社会との接点が無さすぎてやばいです。

デジタルな社会におちこぼれて生きづらいです。アナログも残しておいて欲しいです。年老いた頃の待遇を想うと怖くてむしろ死にたいです。     (女性,50代,パートナーと同居〈16〉)

(18)更年期障害とミッドライフクライシスがつらい

更年期障害とミッドライフクライシスが辛いです。年齢だけ重ねて何もなし遂げたものがないので自分に価値がないと考えてしまいます。        (女性,50代,主婦(夫と子ども)〈13〉)

(19)自分なりに精一杯生きていこうと思う

2年前までB型作業所に登録していたがプレッシャーでストレスになり、メンバーから外してもらった。具合の良いときだけだが家事を積極的にしている。少しずつ元気になってはきたが、社会や人とのつながりが少ないと感じています。自治体や市で人とふれあう機会(話せる場)がほしいと思います。

いま75才の母と2人くらし、頼れる親戚もいないのでいま親が元気でも親亡きあと自分1人で生活していけるのか? とずっと不安だったがようやく最近なんとかなるだろう‼ と思えてくるまでになりました。自分なりに自分にできることを精一杯しながら生きていこうと思っています。        (女性,50代,独身,母と2人住まい,家事手伝い〈29〉)

3-2ほとんど働いていない人の様子(父親記入)

(20)前よりも家のことをやってくれている

ひきこもりも20年を越え、親も80才手前となり、この先どうなるか不安ですが、本人は以前より家のこと(食器の片づけ、ゴミ出し、洗濯物干し、片づけなど)をやってくれている。親が元気なうちに先が見えればと思いますが、本人次第なので、見守ることしか出来ないのが、はがゆいです。     (男性?,40代,—〈08〉)

3-3ほとんど働いていない人の様子(母親記入)

(21)A型作業所はきびしく、B型作業所は収入安すぎ

障害者に向け、A型作業所 週20時間はきびしい。B型作業所 居場所的にしても収入が安すぎでは?                      (男性,30代,独身,父母と同居〈19〉)

(22)14歳時のいじめからひきこもり生活に

14歳からいじめにあい不登校になり部屋にひきこもり、家族とも会わず会話もしない状態が41歳になる現在もつづいています。親ももう若くないので今後の事は誰も助けてくれないので考えてはおりますが…。        (男性?,40代,独身,家族と同居〈10〉)

(23)アルバイトを少しずつ考えている

中2で不登校になり、病院を受診、発達障害と診断されるも、手帳はなし。障害者年金を受給しているが、将来の就業については不安あり。選択肢は多い方がよいが、もっと情報があればと感じる。現在働いてはいないが、アルバイトを少しずつ考え始めている。1人暮らしを希望した時に家賃などの補助があればと思う。                             (男性,30代,障害者年金受給〈30〉)

*ひきつづきアンケートへの回答を待っています(2026年1月18日)

バングラデシュを聞き、モンゴルを読む

昨年12月のことです。近くに日本語学校があり、昼すぎに前を通っていたところ学生たちがぞろぞろと出て来ました。昼食時間になり一斉に商店街に向かうようです。

私の近くにきた一人に尋ねました。「どこの国の人ですか?」と。ほぼ黒人なのでインド系と思います。「バングラ・デシュです。ここではいちばん多いのがネパール、次がバングラです」と流暢な日本語で返してきました。そのわずかに話す間に彼の仲間らしい人も来て三人になりました。「バングラではハシナ首相がインドに逃亡し、新しい政府ができましたが」と言うと、一人が「(新政権を代表する)ムハマド・ユヌスさん(この人はノーベル平和賞の人)はいま日本に来ていますよ」と教えてくれました。ユヌスさんは、首相顧問の地位に就いています。

「新政権に期待しているのですね」というと三人ははっきりと「そうです」という意志表示をしてくれました。強権政治からの開放感があるのでしょう。日本人はここまでは明確に意志表示できないと思います。

実はネパールも新しい政権ができました。国民の大闘争があり、政府は腐敗を告発する行動で倒れました。新しく暫定政府首相には元の(日本でいえば)最高裁判所長官、スシラ・カルキ氏が擁立されました。この人は前にも首相に就いたことがあるけれども政府の汚職を告発して1か月で免職になった人です。バングラ・デシュとネパールはこの2年間に、国民の大闘争によって(バングラでは抗議行動への弾圧で千人以上の死者が出たと聞く)新しい政府が生まれているわけです。

この2つの国の革命については日本ではあまり報じられていません。私の住む地域にある日本語学校にそこから少なからず留学生が来ていると聞き、案外身近に影響のある人はいると思ったものです。そういえばよく行く近くのカレー専門店「CoCo壱番屋」には、ミャンマーとスリランカから来ている女性店員が数名ずついます。東南アジア、南アジアから来ている人は結構多いとわかります。

さてがらりと話は変わります。司馬遼太郎『モンゴル紀行 街道をゆく5』(朝日文庫,1978年初版)を読みました。ユーラシア大陸のロシアと中国に挟まれた内陸国モンゴルの話です。元々は1973~74年に『週刊朝日』に連載されたものでありモンゴルの事情は当然この時期の前のことになります。

気になった一部を抜き出しましょう。モンゴルはロシアの1917年についで世界で二番目に社会主義になった国(1921年成立)といいます。「農耕段階も工業段階ももたない草原の遊牧社会にはたして社会主義が成立しうるのか…一部で問題視されていたらしい。…モンゴル革命とその熟成には…他の生産形態をもつ国よりもかえってあっさり熟成(社会主義的人民の成立という意味で)しえた…その理由のひとつは、この民族に私利追求の伝統がかぼそくしか存在しなかったことによるといえるかもしれない」(p163)とあります。なお、ソビエト連邦崩壊した後の1992年にはモンゴルは社会主義政策を破棄しています。このときには、大闘争というものはありません。

モンゴルは面積156万㎢、人口は1970年当時で300万人。牧畜業の国ですが、国営農業も30余か所ある(p158)と書かれています。それが「遊牧社会のまま、その社会の良さを保ちつつ、社会主義国家になった」(p160)というのは私を愉快な気分にさせてくれます。

日本では大相撲で身近になるモンゴル人——朝青龍から白鵬に次いで、いまは豊昇龍とこの20年間に6名の横綱を誕生させたのでよく知られるモンゴル人です。大相撲とのつながりは説明できませんが、司馬さんはこう書いています。「モンゴルは社会主義国といっても元来、人民そのものが大らかな遊牧民族であるせいか、全体の空気がゆったりしている」(p156)。

バングラ・デシュやネパール、加えて大闘争中のイランが、モンゴルとは対比しづらいことはたしかです。年月にして50年余の開きがあること以上に、2025年から2026年に強国が激しく攻撃をしかけている背景を見なくてはなりません。それにバングラ・デシュもネパールもイランも社会主義をめざす革命運動の最中というのでもありません。国内の民生と強国介入への対抗という性格です。

精神的症状の人はいるが、がん・糖尿病はいない

『ひきこもり国語辞典』(松田武己(監修)2021年,時事通信社)で私は、次のように書きました。

《胸キュン  良く胸のあたりが苦しいような感じがして手で押さえます。胸といっても頸(くび)の下あたりで、呼吸が苦しいのとは違います。切なく苦しいというか、やりきれない、空しいような気持ちを落ち着かせる感じです。世の中的には「胸キュン」というのがいい感じのときに使われていますが、それとは違います。》

元の原稿にはこの項目に胸腺について一言書きました。それは「違い」を説明する私見です。担当編集者は言いすぎと考え、削除を提案されました。私は「確定的ではない」と認めて削除提案を受け入れました。

胸腺は免疫にかかわる臓器で大きな働きをします。虐待で亡くなった幼児の死因を調べると、胸腺が異常に縮小しています。2006年に亡くなった生後11か月の桜井亜衣ちゃんの解剖所見で「胸腺が委縮している」点から継父が虐待容疑で逮捕されました。2018年には虐待死した5歳女児結愛ちゃんの胸腺は同年齢平均の5分の1に縮んでいた報道も読みました。これらは乳幼児期の胸腺の役割の特別性を表わしているのです。

2025年ノーベル賞を受けた坂口志文さんの免疫研究の新聞記事を読みながら、これは胸腺の働きとしてつながる気がしています。胸腺は人間の免疫に直接に関係します。人体の外部から入る異物を排除する役割が免疫です。しかしある事情で自分自身を攻撃する免疫疾患を起こします(キラーT細胞といいます)。これを防ぐ機能も備わっており、それをするのがヘルパーT細胞です。Tとはthymusで胸腺を指します。

免疫機能や胸腺の働きは(私には)説明できません。多田富雄『免疫・「自己」と「非自己」の科学』(NHKブックス,2001)を読んだことがありますが、そのときもよく理解できないメカニズムでした。ところが、記事内容にがんや一部の糖尿病に対して、「制御性T細胞」を増やすことで抑制できるとあります。

今回「11月アンケート」で、ひきこもり経験者等への、健康状態についても回答をいただきました。ある割合で精神的症状をもつ人がいると認められます。それは子ども期に不登校やひきこもりとつながっている要因でしょう。しかし、成人した現在、がんや糖尿病である回答はありません。もしこれが(直感ですが)胸腺の働きに関係するなら、その免疫機能の別の面を見ることができるかもしれません。

アンケートの回答は30名を超えました。健康状態は比較的よい、仕事に就いている人たちからの回答もお待ちするのは、こういう面からも考えたいからです。

1月15日時点のアンケート回答者の内訳を書いておきます。

(1)回答者(誰に関する回答か)内訳:1月15日現在

男性:本人11名,代筆母8名,代筆父3名⇒合計22名

女性:本人 5名            ⇒合計 5名

男女不明: 代筆母3名,代筆父1名   ⇒合計 4名

(2)回答者31名の男女別・年齢別内訳

男性:20代1名、30代7名、40代4名、50代5名、年齢不明4名。

女性:50代5名。

男女不明:30代2名、40代2名、50代1名。

合計:20代1名、30代9名、40代6名、50代11名、年齢不明4名。

青年期のひきこもり、学齢期は「子ども世界」の縮小

人生百年時代といわれ、百歳を越える人も数万人に達しています。平均寿命は男性81歳、女性87歳、世界の最高レベルです。年齢の延長とともに、途中世代の内容も変わりました。個人差は大きいとしても、青年期は30歳近くまで延びました。平均的には18歳から30歳あたりが青年とよばれる時代です。

元寇の頃(鎌倉時代)、執権の北条時宗は18歳でした。このころは青年期は基本的にはありません。元服とともに大人社会に入り、その最高指揮権をとる人もいたわけです。江戸期末から明治期にかけて、“青年”が登場しました。経済社会が発展し社会が豊かになるにつれて、大人と子どもの間に青年期が生まれたのです。いまや青年期はおおよそ18歳から30歳にまで広がったのです。

高等動物であるほど、成年になるまでにより長い期間を要する——これは生物学の法則のようです。30歳まで青年期が延長されたことは、人間が動物としてより高度化したといえます。日本におけるこの変化はこの半世紀の間に起きました。

それと気づかれないままに世代間のギャップも広がりました。父母世代と子ども世代のギャップです。それぞれが体験的に感じとり身につけている生活感が以前とは違ってきたのです。親世代もこれという悪意はないのに(従来通りのやり方を続けてきただけなのに)子ども世代には受け入れ難い要素が増えました。やや大げさですが誰も悪くはないのに、親子の間のギャップがストレス発生のベースになった、といえるでしょう。

この世代間の違いは、とくに子ども側の感性のゆたかな人たちに大きな表われます。学齢期の不登校やより幅広い年代に表われるひきこもりは典型ではないか。世の移りを横に立って見つめればこう見えるのです。

青年期の前には少年期・学齢期(小学生~高校生)、その前に乳幼児期(0歳~6歳)があります。この時期の内容も半世紀前とは変わりました。当時は(1970年までの高度経済成長期以前)子ども数も多く、親世代は子ども一人ひとりに目を向ける時間がありません。他方には子どもだけの異年齢で構成されていた集団(子ども世界)がありました。そこが大人になって生活するための準備の場でした。年長者は年少者を巻き込んで、ときには保護し支配して、この時期をすごしました。それが「子ども世界」です。

その少年期・学齢期における「子ども世界」が消失した、少なくとも大幅に縮小したのが、高度経済成長期を終え現在まで続く特色の1つです。生活の多くの場面で、子どもには大人の目がいつも向けられます。保育園・幼稚園時代がその入り口です。多くの場で子どもの周りには大人の(必ずしも親に限りません)目が届いています。

もっとも世界的にみれば、日本では子どもだけで行動する時間は相当に多いようです。TV番組「はじめてのおつかい」が欧米世界で人気を博しているのはその貴重さが受けているようです。子どもだけの学校への登下校が注目される(ときには驚かれている)のはその例でしょう。ただ、半世紀前の「子ども世界」の様子を知る私には、それは大幅に縮小した「子ども世界」の残りです。

経済社会の発展のなかで、女性の働く割合が増えました。学校を終えた午後の時間の子どもの居場所として学童保育(放課後児童クラブ)が設けられたのはいつごろからでしょうか? 1970年代に急増したのではないかと推察しています。親が働き子ども世界が縮小しているから特別の対応が必要になったのです。

それ以前からあった大人の目が届く学童期の子どもの居場所は学習塾やそろばん教室などです。運動(スポーツ)や文化活動(ピアノ教室、生け花教室)などもそれに入るでしょう。これらは親たちの必要から生まれ、自然に成長してきたものです。 ここ数年の動きでは教員の働き方改革、その実際の就業時間の長さを短縮するために、部活動が注目されています。学校外のスポーツ・クラブ等に移行する動きがみられるようですが、必ずしも順調とはいえないようです。私もその一端を目にする位置にいますが、これら全体をボランティア活動とするのは、無理があります。かといって全体を親負担とするのも別の無理を感じています。これは「子育て支援」の一部として公に対応する時代に入ったのです。