1学期の様子から転校などの問い合わせがあります

事務作業グループの3時の小休止には先日いただきましたヨウカンが出ました。
この春、不登校状態のまま中学校を卒業したお母さんからの贈り物です。いろいろあって高校進学ができ、これまで休むことなく通学をしているという報告です。
もう一つ話があって、親戚の高校生が生徒間のトラブルから事実上の退学を言われているのですが、それがおかしいというのです。聞いていると子どもを育てるというのではなく、学校というか教師の事なかれ対応のように思えます。
これはまだこれからの展開がありそうなのでそれを待ってから話しましょう。

7月も半ばを過ぎ(ほとんど学期末)、1学期の様子から生徒の様子がだいたい明らかになってくる時期です。学校が合わないとか、このままでは出席日数が足りなくなるのでは…ということで、転学や編入を考える人が多くなります。また2学期になって本格化する来年度の入学準備(これは主に高校側ですが)の動きがあります。
いまはここに力点を置いて学校からの情報集めとサイト制作に取り組んでいます。忙しいです。

かつしか進路フェアで不登校生受入れ校の冊子を渡したい

8月1日に「かつしか進路フェア2015」という高校・中学への進路相談会が開かれます。2000人集まるという規模です。かつしか応援ネットはここに相談コーナーを持つことになりました。
私ができそうなことは、各学校を簡単に紹介する『不登校・中退生を受入れる学校』の小冊子を作ることです。ゆっくりは相談できなくても関心ありそうな人には渡せるかもしれません。
そのため全寮制の高校などに問合せと確認をしています。10校ぐらいの回答をもらいました。50校くらいにしたいです。紹介内容も準備中です(まだ全然ですが一応こんな形…↓)。
[[http://www.futoko.info/…/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%A1%88%E5%86%…]]

真面目で、気遣いするタイプの高校生の不登校

高校3年生・男子の不登校の相談が2件重なりました。
状況は似ているようであり、全然似ていないようであり、表現に迷うところです。いちばん似ているところは、高校3年生というところではないです。本人の気質というか性格のあたりです。
真面目で人に気遣いをする、というよりも心配り人間というあたりが似ています。親の方も似ていました。子どもの状態をよく見ていて無理やり何かをさせるのではなく、心配しながら背後から応援するスタンスです。
一人はときどき休む状態であったものが、1月ほど前からほとんど行かなくなりました。
そうなった日の前日に何かあったのではないかと親は考えました。学級担任や運動部の部活の先生などに様子を聞いたのですがこれということはなかったようです。
子ども本人に聞いても(仮に何かあったとしても)まず聞きだすことはできないでしょう。
ですからこの部分は保留にしておくしかありません。

こういうときに親は何をしたらいいのでしょうか。
私は相談を受けたお母さんに次の3点を告げました。
①、「学校には行かなくてもいい」と子どもに伝えることです。これは「真面目で、人に気遣い・心配り」タイプの子どもに必要です。いろいろあってもとにかく学校に行ってほしい、という思いを引きずっていると、この言葉がスムーズにでません。理解とともにこれがスムーズに言えるようになります。
②、「お前のことは信用している」とも伝えて欲しいです。「真面目で、人に気遣い・心配り」タイプの子どもを見てきた親にはそれは自明ではないでしょうか。
③、「話したいことがまとまれば時間をとって聞くから…」。子どもがその問題をだれに話すのかはわかりません。話しやすい人に話します。幼馴染の友達や先輩かもしれません。それはわかりませんが、親も聞く耳を持っていることをつたえるのです。

この時期、親が子どものためにすることは多くはありません。親は親のためにするのがいいでしょう。子どものなかに生まれていることを理解するために、遠回りから手掛かりを得ることです。不登校の親の会などに参加し、他の子どもの例などを知るのが役立つでしょう。
もう一人の高校生の場合は、すでにこのような言葉も要りませんでした。そういう方向に進んでいるからです。しかし、子どものなかに生まれていることを親が理解するための方向は共通すると思います。

ゼロ年代のパラダイムシフトを振り返る

パラダイムシフトが生じたこの時期を、ゼロ年代(二千ゼロ年代=2000年~2009年を中心とする時期)と呼ぶことにします。主に教育と子どもに関することを振り返ります。
不登校生の急増が事態を動かしたことに間違いありません。私が「登校拒否は教育と社会を揺るがす」と書いたのは、1993年でした。振り返るにそれは大きな社会の変動の一端を示すものだったわけです。
[http://www.futoko.info/…/Center:1993%E5%B9%B42%E6%9C%88%E3%…]
このゼロ年代には、80年代に生まれた通信制サポート校が広がり、有力なサポート校は相次いで通信制高校を設立しました。通信制高校やサポート校には週5日登校の“全日型・通学型”と言われるものから、訪問型や集中登校日型など多様な状態を示します。
全日制高校には寮制度など宿泊型の対応で不登校・中退生を受け入れてきたところがあります。しかし、この時期は全体として停滞しており、その打開策が必要です。
これらは高校への進学率が極限的に高まり、希望者全員入学が実質的に達成された事態で生まれたものです。希望者全員入学のたどり着いたところは天国ではなく、沃野もあれば荒野もあるのです。
中学生・小学生の不登校への対応はほとんどの自治体に適応指導教室がつくられました。そのことが80年代に始まり、徐々に広まったフリースクールの成長を困難にしたのかもしれません。フリースクール単独での継続は難しく、生き残り策としてサポート校をめざしたところが多く見られます。
中学・小学校の不登校とならんで、高校の中退者もカウントされるようになりました。
大学では心理学部が一種のブームになりました。多くの学生が心理学とカウンセラーに何かを期待したのですが、社会も制度もまだ十分に応えているようには見えません。それでも少しずつ社会的な土壌は築かれてきたと思います。
発達障害が注目され、発達障害者支援法ができました。その実際の運用は満足できるレベルとは言えませんが、枠組みができたと言えます。ニートという言葉が導入され、若者自立塾、ジョブカフェ、若者サポートステーションなどがつくられ、政府や自治体は対策に乗り出しています。しかし、若者自立塾のように既に消滅した事業もあり、一部を除くと苦戦しています。
文科省が採用したことには、高校卒業に必要な単位数を76単位にさげる、大学受検資格(大検)を高卒認定資格に変えるなども含まれます。公立高校では多部制・昼間定時制高校がつくられ、事実上の全日制高校の“規制緩和”した状態のなかで不登校対応が進みました。
大きな問題は乳幼児への虐待と、子ども世界における深刻ないじめの広がりです。子どもへの影響は深く長く続きます。この対応は不登校の原因の深部に及ぶものですし、行政機関や支援団体をこえて社会全体の課題です。
私の個人的な実感はこうです。初期には不登校や引きこもり状態の人を社会参加に近づけようとしてきたつもりです。中期からは社会のいろいろな分野から引きこもり状態に近づく人が増えてきました。これが引きこもりと社会が接近する形になるとは本当に予想外でした。実感としてのこの反転はゼロ年代のことです。

新しい現象、とくに困難を持つ子ども・生徒への対応はいつも不十分さ・不慣れ・不純物が付きものです。不純物に迷わされず、本質的なものを見失わないでおきたいものです。通信制高校とサポート校が正当な評価をえていないのはこの作用が大きいのです。
しかし、困難が広がるのに対して下からの市民的な立ち上がりも大きくなりました。従来の市民運動、行政機関、報道関係などに加えて、情報社会の成長も関係します。NPO(特定非営利活動)法人もつくられたのもこの期間としていいでしょう。困難を打開する取り組みには行き詰まりも生まれますが、これまでとは違う対応が生まれていることもまた確かです。
インターネットで広がる世界では、人間関係のフラット化も進みます。それは対等な人間関係の基盤にもなれば、強い指導力を求める基盤にもなります。この基盤のなかで強権的な方法が現われるとそれへの幅広い抵抗が見られます。世の中は、日本人はなかなかのものなのです。

複数の全日制高校に「現状打破に関する提案」を送る

不登校・中退者を積極的に受け入れる全日制高校があります。かつては大いに注目されましたが、このところ低迷しています。生徒数が10年前に比べて半数以下の学校もあります。
いろいろな事情を調べて、僭越とは思いましたが数校に「現状打破に関する提案」を送りました。私には時代のパラダイムシフトが生じたと判断できるからです。
この提案の全体を公表するのは適当ではないですが、ポイントは次の3点です。
(1)通信制課程をつくり、都市域で全日型・通学型の学習センターをつくる。
(2)発達障害の生徒に少人数の特別クラスを設けて対応する。
(3)3年卒業後に不安を持つ生徒に、2年制の専科をつくり、対処する。

不登校情報センターは情報提供するNPOですが、同時に相談・支援をしています。とくに困難をもつ子どもと青年に対応できる学校をめざしていたのですから、低迷が続けば退場を迫られるでしょう。
不登校生への対応において、サポート校から始まる通信制高校が教育全体に大きな変化を切り開いたのに対して、宿泊型の全日制高校は対称的な状況です。
私が情報として集めた学校や支援団体の状況は時代の重要な変化を告げています。そのときどきに気付いたことは紹介していますが、複数の学校に対して直接に提案をしたのは初めてです。

実践と実務を通してみる不登校・引きこもりの状況変化

先日あるメディアの記者と話しました。
聞かれたのは、「不登校の最近の状況」というか、「不登校状況の最近の傾向」というあたりです。
私は実践活動を通して、また学校・支援団体の情報集めという実務作業を通してこの状況を見てきました。
背景として、子どもの状況に対して学校教育がうまく対応してない事態があちこちで生まれています。目を向けているのは政府というか行政部門です。私の関わる民間の教育運動では前から学校外の教育に目を向けてきました。
それを記者に説明するのに簡単なペーパーを作成しました。かなり図式化したものです。

(1)不登校の中心=先天的な要因(感覚が鋭い=聴覚・視覚・嗅覚など)=繊細な感性。
*ネイティブな不登校・ひきこもり(ファンダメンタルな不登校・ひきこもり)であり、この部分を見失う対応は表層の子ども・青年の対応にとどまる。深層には踏み込めないでしょう。
(2)不登校に至る周辺事情=後天的な要素(いじめ・虐待。家族・家庭や学校の対応力の不備、貧困の広がり)=社会的・対人関係などにより子どもの表現は不登校だけではない。しかし繊細な感性をもつ人が影響を受けやすいものです。
*不登校状況の変化には、この後天的な要素がより多くの原因になってきたことが関係している。
(3)社会的な対応(初期=80年代から90年代)
3つの互いに協力する対応が自然に生まれた。同一組織からミニネットワーク型まである。
①親の会の誕生、②相談活動の始まり、③フリースクールの誕生。
(4)時代が進むにつれて社会的な対応の3つの部分がそれぞれ変化してきた。
親の会の誕生⇒子どもの成長と共に縮小傾向。引きこもりや発達障害系の親の会の成長。いじめや虐待の増大、貧困状況に対する対応は親の会では難しい。この状況に置かれた親はグループになりにくい。親の会につながるのは少数。
相談活動⇒カウンセラーが多数生まれたが、職業としてなかなか成立しない。ごく少数が継続するようになっている。新規誕生と活動中断の2つの流れが同時に進行しているように見える。より行動的なソーシャルワーカーなど福祉的な活動が求められる(?)
フリースクール⇒生き残りをかけて通信制サポート校や通信制高校の設立と内容の多様化。進学校をめざすがそれ以上に学校外教育の充実、自然体験、対人関係づくり、アート指向、コミュニケーションの充実、職業体験など独自性を発揮しようとしている。全体として対人関係が苦手な生徒の対応に向かっている。
これらが子ども・生徒の状況変化に対応する社会的な状況になっているのではないか。
(5)制度的・政策的な対応
ニートの定義、発達障害への支援、適応指導教室の設置、ひきこもり支援センターの設置など。
それぞれが意味と役割のある取り組みではあるが、状況全体に対してはなおささやかなレベルにあると考えられる。

思わず「不登校の時代は終わった」の発言

不登校の時代は終わったとは、不登校生がいなくなったのとは違います。
セシオネット親の会というのを、フリースクールと相談室と共同で9年間続けています。
その席で私は1つの状況を話しました。フリースクールの情報集めをしていると、フリースクールが福祉の施設に変わっているのに出会います。そんなフリースクールなどの状況報告です。
それを聞いたフリースクールのS先生から飛び出したのが「不登校の時代は終わった」発言です。もちろん不登校生がいないのではありませんが、主に不登校クラスの生徒が減っている状況を踏まえてのS先生の発言です。
S先生からも生徒の様子が話されました。生徒個人というよりは家族・家庭や地域の状況が子どもたちの様子に影響しているのです。地域の子どもの数が減少し、学校が統廃合して減少していると言います。
杉並などの都内西部は、東部の葛飾・江戸川とは違い貧困家庭とその中での子どもの様子とはかなり違うと想定したのですが、東部と似た状況もあるようです。
「不登校の時代は終わった」というのは、不登校を含むより深い問題の中に子どもたちが置かれている、不登校の一面でなく、生活全体を福祉的な面からも見ていく必要がある時代になったのです。
3年前に「かつしか子ども・若者応援ネットワーク」を結成した時、集まった人たちは不登校やひきこもりに関わっていた人たちです。それでも名称に“不登校”をつけることはありませんでした。私は何の抵抗もなく“不登校”をつけないことに賛成しました。それは、“不登校”が存在しないのではなく、より大きな深い問題のなかに含まれている現実を認めていたからです。

文科省的方法では対応できず、江戸川中三勉強会式が広がる?

事務作業グループの作業が予想外に早く進み、終わりの20分近く雑談になりました。最初は夜間中学と自主夜間中学の情報をどう集めるのかでした。完全ではないでしょうが、不登校情報センターのサイト内「夜間中学校・通信制中学校」が件数ではいちばん集めています。必要なのは各校の内容をどう紹介するかです。

次は江戸川区に以前から続いている中三勉強会のような動きについてです。
最近入手したあるボランティアセンター発行の記事があります。板橋区の社会教育会館で「中高生勉強会」の学習サポーターを募集しています。この記事を見てすぐに江戸川区の中三勉強会を思い出しました。同じような動きは葛飾区でもあります。
これらは公立学校の動きではありません。江戸川区と葛飾区では区の福祉部門に働く人の業務を離れた“自主的な”動きです。子どもの学習の遅れは、学校が生徒に対してどう学習指導をすればいいのかを超えた状態にあると感じさせてくれます。
家庭の貧困が背景にあります。家庭・家族がバラバラになっている状況があります。家庭が子どもの居場所としてよく機能していない現実が広がっています。ひどい場合は家庭内で暴力や虐待が発生しています。そういうことを抜きにして子どもの低学力を嘆いてみてもナンセンスです。背景は家庭・家族の状況だけではないかもしれません。少なくとも文部科学省の進める方法では手が届かないみたいです。
このような福祉的なニュアンスを持った子どもの学習支援をする動きをとらえていきたいと、事務作業グループは問題を明確にする企画会議になりました。

「不登校・引きこもりのその後・連絡情報」をまとめました

手紙や何かの連絡のときのメモに書かれる、その時点での子どもさんの様子などです。多くは親からのものですがごくたまに本人からのものもあります。
所定の用紙があるわけではないので、保存しづらくかなり散逸もしています。
こういう手紙や連絡はどうしても賛同者からのものだけに偏ります。そこは見る人がバランス感覚を発揮して見ていただかなくてはなりません。
そうすれば、不登校やひきこもりの経験者や家族がどういう状況なのか、何を必要としているのかの直接の参考意見になるでしょう。

いま手元にある手紙などもいつかなくなると思い、いまの内にまとめることにしました。見つけしだい掲載するつもりですが、順不同です。
10年ほど前に一度つくったのですが(〔1〕にしました)、それ以降を掲載しました。多すぎると困るので、2013年8月に引っ越してくる前〔2〕と後〔3〕に分けます。
まとめながら意外なことに気づきました。不登校情報センターと私の役割に触れているものがあるのです。これも差し引きして読みとってください。

東京理科大葛飾キャンパスの前でメンタルフレンドを募集

訪問サポートをするメンタルフレンドの学生を募集するため、東京理科大葛飾キャンパスの前で案内チラシを配布しました。
11日・月曜日の10時から午後1時過ぎまでの3時間です。10時に総武線金町駅に集まり、10分ほどのところにある理科大まで歩きます。都内東部地域にある数少ない大学キャンパスなので、一度行ってみたいと思っていたところでした。
配布は私を含めて3名が参加しました。天候は快晴で雲はなく初夏の暑さです。
チラシを配りながら学生気質を感じ取ります。成績優秀のまじめな学生という印象を受けます。これが理系の学生らしさというものなのでしょうか。
S(学生):面接はありますか?
⇒I(私):登録した人に説明会をしています。
S:ここ(大学の校舎)でするのですか?
⇒I:子どもの自宅に行きます。
S:小学生の子どもですか?
⇒I:小学生、中学生、高校生、それに大学生もいます?
S:そうなんですか!
S:エントリーフォームがありますか?
⇒I:チラシの中に仕方が書いてあります。
S:資格みたいなのはありますか?
⇒I:相手を否定的な状態に見るのではなく、自分の公平に見る目を育てることです。それは科学と同じです。そうすると子どもの肯定面が見えるようになります。資格じゃないかもしれませんが。

チラシを渡すわずかな時間に尋ねられたことです。それをまとめるとこんな質問が出たことがわかります。
訪問サポートというのは、不登校の小学生・中学生・高校生・大学生に友達のような形で関わること、メンタルフレンドの活動です。
関心のある方はチラシを受け取らなくても、直接に連絡をください。090-4953-6033(トカネット・藤原まで)。エントリーフォームはこちらです。
http://www.futoko.info/tokanet/gakusei.htm
社会人の方にも参加をお願いしています。