20代男性が支援を求む連絡

20代男性が支援を求む連絡
福島県の中通り地域の24歳の男性、Tさんから次の連絡を受けています。

<僕は中学校の時に脅迫などの不当な人間関係に遭い、かなりの人間不信に陥ってしまいました。
学業成績は良く野球部ではエースピッチャーを担っていました。
高校は地元の進学校に通っていたのですが、中学時代に根付いた人間不信によって高校生活もうまくいかず、1年で中退しました。
その後、高卒認定資格取得しても大学生活が怖くて進学しませんでした。
17歳の頃からは家庭内暴力もふるうようになりました。
現在は24歳になったことで焦燥感が強く、毎日イライラと落ち込みも激しくなっています。
精神科の方にも通院しています。
目標もなく将来の展望も何もなく、ただ女性(恋人)が欲しいとばかり思っていて本当に困っています。

相談者・支援者に望むこと:
・若年者に対する対人不信があるので、若い人となるべく触れ合える機会が欲しいと考えています。
・インターネットで知った『ひきコミ』の文通なども利用させていただけるといいかなと思っています。同じ境遇の人の意見を訊いてみたい。
・あとは就労意欲も希薄なので、どうすれば意欲が掻き立てられるかの方法を知りたいです。>

この方へのアドバイス、特に直接に会い、支援につなげようとする人はいませんでしょうか。不登校情報センター宛に手紙等で連絡をください。「支援OK用紙」を使い応えていく方法もあります。
Tさんへの直接の手紙等は、不登校情報センターで開封し読んでから本人に送ります。
回答者、支援をしようとする方の身元証明(保険証のコピーなど)をお願いすることもありますが、ご了解ください。

不登校に関わることをしたい人の相談

今春、大学を卒業しフリースクール等で働きたいが仕事につけるかどうかの問い合わせをくれたYさん、いま通信制大学の1年で教員を目指しながら何かをしたいMさん(23歳)、2人の男性からメールをいただきました。
お2人にそれぞれの返事を書きましたが、重なる部分もあるので両方の返事をまとめて両方にすることにしました。
自分のいまの生活に不安がないのならば、なるべく早く自分で何かを始めるのがいいと思います。
家庭の事情で自分が働いて収入を得なくなるのであれば、こうはいきません。それはまだ考えなくてもいい場合のお返事です。

(1)「オルタナティブスクールを作ること」に意義があると思い活動したいYさんへ。
「いまいち突破口を開けず、活動について何か助言を」といっています。
家庭教師から始めるのがオーソドックスかもしれません。家庭教師を始めるのを知らせる方法はいくつか考えられます。
ただし、すぐに生徒が見つかる可能性は低いです。家庭教師を活動方向の機軸にしていろいろなところに相談に行くのがいいと思います。
そういう機軸がないまま「フリースクール経営者と話しても」答えて話す方にも、聞いているあなたにも何かをとらえがたいと思います。
家庭教師というのが明確であれば聞いていくスタンスが違ってきます。
聞く人によっては自分の生徒が持っていかれると警戒する人もいるかもしれませんが、それはそれです。
自分のところで働きたいのか、自分が開こうとするフリースクールの参考にしようとしているのか、教育問題に関心を持つ学生の社会勉強なのかが不明であっては、得るところも少ないのです。これまではその段階であったのかもしれません。
それを越えていく時期が来たのではないでしょうか。
家庭教師をどう広報するのかはそれだけで一つのテーマですから、ここではやめておきます。
家庭教師以外に思いつくことがあれば、それを活動方向の機軸に周囲の人や関係者に相談することです。
スタンスは家庭教師のときと同じです。
自分に原案や仮説が要ります。何かをしようとする案がないと物事は具体的に進まないものです。

(2)もう一人のMさんは、「不登校、高校中退、高卒認定試験の受験などの経験があるのでその経験を活かせられる仕事に就きたい」といっています。
「フリースクールで働きたいがどうでしょう」という質問です。
こういう質問には、一般論はあまり役には立ちません。状況はフリースクールにより違うからです。
自分にできること、得意なことを明確にして自分の足でフリースクールを訪ねてください。
自分の得意なことにはたとえば不登校の経験があることも該当します。
いま現在が不登校的であればそうはいかないでしょうが、経験としてあるのは弱点ではなく強みであり、業績になります。
そう思って足を使うことです。もしかしてどこにも働けるフリースクールはないかもしれないと初めから諦めていませんか。
それがうまくいかない理由の一つです。やってみないうちから結論を出さないでおきましょう。
そういう就職活動(それも一つの就職活動です)をしていくと何かが見えてくると思います。
そういう自分で動いてみる経験が自分の業績を豊かにします。何をするにしても生きてきます。

(3)不登校情報センターでは5月から「大人の引きこもり教室」を始めます。
そこには支援者になろうとする人の参加も呼びかけています。ここに関しては子どもの不登校を支援する勉強会もしてほしいという意見がきました。
まだ結論的なものは出していないのですが教室参加者にそういう人がいればプログラムに加える方法は取り込めるのです。
また、私は不登校の中学生・高校生年齢の親の会にも加わっています。
Yさん、Mさんにそういう親の会のようなところに参加してみるのもお勧めです。
参加してすぐに結果、結論を得るのではなく、いろいろなことを学ぶ場所にするといいと思います。
私の関わる教室や親の会はあくまでも実例です。そのような場を探して実際に訪ねることが不可欠なのです。
私がなるべく早く動き始めるのがいいと思うのは、2人が若いこと、4月5月はそういうことを始めるのにやりやすい時期であることによります。
自分でフリースクールを開設するとなるとまた違いますが、すぐ始められるのを優先したいのです。

シンポジウムに保健師出席の計画も…

4月5日、葛飾区保健所にうかがいました。
5月3日の「大人の引きこもりの社会参加を考えるシンポジウム」に保健師さんの出席をお願いするためです。
不登校情報センターの紹介とシンポジウムの趣旨、パネラーの予定者を話しました。そのあと引きこもりへの対応に関連するいくつかの意見交換をしました。どちらかといえば聞くよりも話していくことが多くなりました。保健師の訪問は障害者自立支援法に基づく取り組みをしており、引きこもりは公式にはその枠に入っていない背景があると後でわかりました。
後日回答をいただくことにして約1時間の意見交換を兼ねたお願いになりました。
4月6日、保健所から連絡がありました。引きこもりの人への対応は事実上していないので出席しても伝えることはないとして出席は断られました。

1時間ほど考えて、隣の江戸川区保健所に同じ趣旨のお願いをしました。
FAX送信の担当セクションがわかりませんから、保健所長宛にしました。
事前に江戸川区保健所に行き相談をしてからの出席できるかどうかの返事を待つ予定です。
直接電話をしたときに電話を受けた人はFAXの文書を見ていません。担当セクションが異なるようで送ったはずの送信文書がどこに行ったかわかりません。改めてFAXで送信しなおし、担当者の手元に届いたのは午後の時間です。文書を見てどうするのかの考える時間が必要のようです。結局この日は時間切れで、保健所に行けるかどうかの確認は月曜日9日まで持ち越しになりました。
このようなわけで5月3日のシンポジウムのパネラーに出席者、内容構成などが具体化できません。
時間が少ないのは気がかりですがやむをえないでしょう。

内閣府・子若法のレクチャーを受ける

3月23日、内閣府の参事官補から「子ども・若者育成支援推進法」と「子ども・若者育成支援施策」(略して子若法=コワカ法というようです)についてのレクチャーを受ける機会がありました。先月発足した「かつしか子ども・若者応援ネットワーク」のメンバー14名が参加しました。
1時間程度の説明と質問時間でした。この取り組みの大枠を理解するためのものです。
私は、3月10日に書いた「引きこもり支援の基本視点を思い巡らす」の“産業経済の変化”という問題意識でこれを聞くように努めました。レクチャー後の質問もこの点に絡ませることをしました。
子ども・若者支援のベースには就労、あるいはその前提としての社会経済の問題があります。そのあたりがコワカ法とその施策にどのように取り込まれているのかが質問点です。
この取り組みは自治体を中心に各地に民間と行政が協力して進めていくものです。そこに参加するメンバーに就労や雇用に関わる人がどう関わるのかに左右されます。
コワカ法と施策では地域若者サポートステーション(サポステ)がそれに参加する就労の代表例に挙げられていましたが、位置は高くはありません。サポステ以外の就労・雇用関係者はさしあたり見つかりません。
取り組み、運動の経過の発展したところで問題が浮上してくるのでしょう。不登校情報センターの歴史もそのようなものでした。初めからそこには行かないし、届かないと思います。まずは教育のところ、それと並んで福祉や医療・心理相談のレベルの対応があり、その分野の関係者が参加するのでしょう。
このような運動は途中から運動の性格が変わることは期待できませんから、そこが一つの限界線といえそうです。運動が地域単位に進められるので、その境界を突き抜けるところが出ないとは限りません。それを注視するとともに不登校情報センターの取り組みとしてはその点を意識していくことになります。
時間がないし、内閣府事項ではないので詳しく聞くのは止めましたが、確かめたいことが生まれています。
(1)精神障害者を中心とする短時間労働者、私は3つのパターンに気づいていますが、「短時間労働者」の法律的な定義はどうなっているのか。3パターンの全部は入らないのかもしれません(?)
(2)短時間労働者はその収入だけでは生活できるだけの収入が得られない状態が生まれます。そのばあい生活保護、障害者年金制度はどう活用されるのか。または短時間労働者自体の生活保障はどうなるのか。
(3)コワカ法は「困難を有する子ども・若者やその家族を支援」することを基本的方向の一つとしています。この点から不登校情報センターのように引きこもり経験者のフリースペース・ワークスペースは支援機関として障害者訓練、障害者雇用に準じる場として認められる可能性があるのか。
(4)アウトリーチとして訪問活動を指摘されましたが、具体的な展開はありませんでした。現状の把握はどうなっているのか。
(5)地域・自治体単位で取り組む行政の担当部局は「青少年」の付くところが多いようです。時間をおいてから何らかの情報収集することが考えられます。
このあたりがこれから確かめ、課題になるところでしょう。

引きこもり支援の基本視点を思い巡らす

2月に神戸で開かれた「第7回社会的ひきこもり支援者全国実践交流会」に参加された紀有文さんと話し合う機会がありました。そのなかで記念講演をされた「交流館篠山しゃべり場・遊び村」の井上一休さんの取り組みが興味を引きました。
紀さんは別の機会に聞いてきた北海道の例とあわせて、引きこもりへの取り組みが地域の過疎対策ともなっている点を指摘されました。B級グルメの取り組みなど全国各地で地域起こし・地域活性化の運動が起きています。引きこもり対策をこのような地域活性化の視点から取り組んでいる例は他にもあるのかもしれません。
私たちは東京都内で活動をつづけ、引きこもり支援を狭い視野で見ているのかもしれません。東京都の引きこもり支援は“治安対策”というみすぼらしさですが、それは半ば冗談としても社会的に広い視野から取り組みを考える意味がありそうです。
東京において過疎対策はありません。世代間ギャップ、家族関係、失業・雇用不安、生活保護などいろいろな問題が関係しています。福祉がいいのか、社会教育も1視点ですし、医療・心理がどうなのかと思い巡らします。いまのところ情報社会を迎えようとするなかでの産業経済の変化の視点から全体を見るのがおもしろそうな気がしています。
昨年12月に私は不登校情報センターに関して「引きこもりに結びつく当事者と支援者の情報交流ステーション」と再定義してみました。これは文献を読むなかで思い描いたことで、現実との関係が十分につながっていません。この定義との関係も検討材料です。
発足したばかりの「葛飾の子ども・若者ネットワーク」は、厚労省に「子ども若者ビジョン事前レクチャー」を依頼しています。これに参加するときの問題意識になりそうです。

対人緊張が強い人の人間関係づくり

20代前半の男子の母で、地方在住の方からです。息子は長く引きこもり状態でした。
2年ぐらい前から子ども時代の友達が働き始めたのに刺激され、人との関わりを求めています。
ところが人と関わると緊張してしまい、うまく人と関われません。どうしたものかという問い合わせです。
私は2つの方法を話しました。

(1) 年齢の離れている世代の人と関われる機会をつくるのが壁の低い目標になります。
たとえば福祉関係の集まりなどに参加しつづけ、相談する方法を重ねます。
それでも本人は人のなかでは緊張することはさけられません。
そういう集まりの中には理解者や対応できる人が少なからずいるものです。
そういう人と話したり相談する関係をめざします。
そういう年齢の違う人との関係がある程度できてから同世代をめざす。
同世代の人との関係づくりを自己目標としなくてもよく、何らかの活動や作業のつながりの中で自然に環境ができると考えるといいでしょう。
これが自己努力により支援者をさがす方法です。

(2)もう一つは「支援者探しSOS」という不登校情報センターの方法です。
依頼者は所定用紙に自分の様子や希望を具体的に書いてもらいます。
お名前や連絡方法を消して、その用紙を不登校情報センターから10から20くらいの支援者・支援団体に送ります。
2割から5割くらいからお返事をいただけます。
主に自分のところではどういう支援方法ができるのかを所定用紙に書いていただきます。
このお返事を不登校情報センターは受け取り、そのまま依頼者に渡します。
依頼者は受け取った回答に基づき、適当と思える支援者に連絡をとります。
この手続きには依頼者は3000円の手数料が必要です。

(3)お母さんからは文通の形もいいのではないかと話されました。
それも可能な一つの方法です。
これもまず自分の状態を具体的に書いていただくことが必要です。
男性の場合は多くが文通は長続きしないことが多いものです。
個人差がありますからどの程度文通が続くのかわかりませんので、文通は補完的な方法と考えるのがいいと思います。

「五育総合研究所」を紹介します

昨年来、協力している「五育総合研究所」(手塚奈緒美代表)がホームページを立ち上げました。
ページ群の枠組みとして「青少年支援団体」ページを設定し、そこで紹介します。
これを機会に「トップページ>支援者>支援団体の解説>専門家との協力>」にサイトの構造を整えました。
この「専門家との協力」の枠内に次の種類の受け皿ページができました。
「論文など」、「研究団体」、「青少年支援団体」の3種類です。
つくったばかりで紹介する情報量は少ないので、関係団体・グループからの連絡をお待ちします。
いずれ多数の専門家からの協力を得られるページにしたいと思っています。

私にとって「支援」とはなにか

「不登校情報センターはいろいろな支援をされているようですが、どうして私のように本当に支援を必要としている人には手が届かないのですか」。こういう趣旨の電話を受けました。
名前もわからない人からの“問い”に意表を衝かれたような感じがして、どう応えればいいのか一瞬とまどいました。
かつてあるアンケートに答えてこう書いたことがあります。
「「自分は何もしないですが、何とか助けてほしい」という人には特に手助けできそうにありません。不安を持ちながら、自分なりに(自分勝手だと思えても)少しずつ動こうという人には、それにあった方法が考えられると思います」。
少なくとも支援の対象になる相手が誰なのかわかっていなくてはなりません。見る人ごとに「どんな支援が必要ですか」と聞いていくわけにはいきません。それは大きなお世話の押し付けでしかなく、やってはいけないことになります。
そのうえで、不登校情報センターに何らかのかかわりを持つことが、支援を考えるときの必要な条件です。何もかかわりがないなかでは何もできません。しかも、多少のかかわりが生まれたとしても、こちらが勝手に手をだすのはやりすぎではないかと思います(緊急事態は別として)。
支援を求めている人が自分から何かを始めようとするとき、それを可能な方法で手伝うのが私には「支援」になると思います。
「天は自ら助けるものを助ける」というのを私はそのように理解してきたはずです。

論文などを不登校情報センターサイトに掲載します

不登校情報センターのウェブサイト内に「専門家の寄稿(内容)」ページがあります。
庄司一也さんが「情報社会におけるITの活用」が10回に分けて小論文を載せています。
このタイプのページも双方向型のウェブサイトを構成することにつながります。
このページは庄司一也さんの投稿がされたのをきっかけに立ち上げたものです。

一般基準はありませんが、ブログよりもテーマ設定にまとまりがあり、やや専門的分野がいいと思います。
テーマは心理行動療法、通信手段の歴史、日本のアニメ文化…などある程度長くなる論文、または不登校生A君へのかかわった教育実践記録などです。
長さはたとえば5回から10回程度の等分に分けて掲載できるものと考えていただければいいと思います。

原稿はメールで送信してください。open◎futoko.co.jp(◎は@に変換)。
原稿の文書整理、改行調整、ときには意味の確認などを行なうことがあります。
投稿者はお名前、所属機関・団体、連絡先、住所などを書いて一緒にお送りください。
そのうちどこまで公表するのかは本人希望によります。
〔投稿等の各種の企画提案は後日、所定個所にまとめます〕

支援団体と学校のリスト

12月20日の「相談者リストがなぜそんなにあるのか?」に続くリスト集めの後半部分を書いておきます。
「どうして多くの団体リストがあるのか」。誰かに問われているのではありませんが、紹介する意味もあるでしょう。
最初は出版社の編集者時代、20年以上前のことです。
教育誌で「不登校(登校拒否)」を扱うと、教師とは違う問い合わせがよく入りました。不登校の子どもの母親からです。
原稿を書いた執筆者への問い合わせとともに、雑誌を編集する私たちにも問い合わせがきたのです。
その経験から相談できる先を記録していきました。
一般に当時の教育相談は対応が不十分でした。相談にいって傷つけられたという例が続出していたのです。
相談先探しの初めに不登校親の会を紹介する情報提供用紙をつくりました。
新聞や雑誌などで名前を見てはその用紙を郵送します。返信は1割以下ですが、いろいろな機会に送ります。
同じ用紙をフリースクールや相談活動をしているところに送りました。
集まったデータは雑誌に載せて蓄積していきます。
2、3年後の1992年だと思いますが『登校拒否関係団体全国リスト』というやたら漢字の多い本にまとめ、発行しました。
その頃にはフリースクールは別の用紙を使いました。通信制サポート校が増えていたので情報を得やすくしたのです。
『登校拒否関係団体全国リスト』に似た本もいくつか出るようになっており、まだ知らなかったところの情報を追加していきます。
相談してきた人から親の会を知ることもありました。

1995年に不登校情報センターを設立しました。個人として取り組むよりは、ペンネーム・不登校情報センターとしたようなものです。
相談活動と情報出版物を企画・編集する目的でした。数点の本が実現しました。
不登校情報センターの名前で編集し、発行した本は10冊ぐらいがあります。「不登校情報センター・略歴
不登校情報センターを設立したあと不登校や中退などの当事者が集まり始めました。
それは定期的な当事者の会になりました。この経過は別のところに書いたので省略します。
当事者の会につづき、訪問活動を始め親の会ができ、2000年12月に月刊誌『ひきコミ』が市販され(2002年まで)、2004年にウェブサイトで学校や支援団体情報を掲載し始めました。
対象者は不登校・中退者から引きこもり、ニ-ト、発達障害へと広がります。
それにより収集する支援団体の対象も広がります。
学校・スクール系、相談室系、親の会系としていますが、家庭教師、海外留学なども加わります。
さらに適応指導教室、保健所などの公共機関も加わります。
ウェブサイトには原則として情報提供を受けた学校や支援団体を掲載してきましたが、公立夜間高校や適応指導教室などにはその原則が通用せず、所在情報だけでもいいことにしました。
他方では、データが古くなったままの学校や支援団体からその後の情報が途絶え、所在情報だけになっているものもあります。
長い時間の経過とはそういう変化を含むものです。
親の会には活動をしているけれども、外部には知らせる意図はない状態も生まれています。
実際にウェブサイトに掲載されているところは、このような背景の中で、個別の詳細データのあるところ、各自のホームページにリンクしているところ、所在情報だけのところ、などと複雑化しています。
時代背景としてインターネットが普及し、多くの学校・団体がホームページを持つようになっていました。
手元の紙にある団体数は、ウェブサイトに掲載している団体数の10倍以上はあります。
1団体1枚が基準ですが関連資料を含むところもあり、積み上げると3メートル以上になります。
1万以上の団体・学校・機関となるでしょう。
相談者等の個人リストとともに貴重なものです。
その中には既に活動をしていないところ、休会状態のところなども含まれます。
あるときまた活動を再開することもあるようです。親の会であったものが相談室になって現われることもあります。
この紙情報は支援者や支援団体の動きを含んだものになっているのです。
不登校情報センターとして何かを企画してはこのある部分に呼びかけていきます。
回答はだいたいが2-5%程度です。
その集約がウェブサイト上の学校と支援団体の情報ページです。