『ポラリス通信』新年号に資料2種類を同封

会報『ポラリス通信』新年号を作成しました。
今月はやや大掛かりです。会報の8ページは従来と変わりません。これにアンケートと、文通案内の冊子を同封しました。送り方と送る対象が増え複雑になります。
①会報だけを送る人、これに②「将来どうなりたいのか:ひきこもり経験者へのアンケート」を同封する人、③「文通ボランティアのすすめ」冊子を同封する人が加わり、①だけの人、①+②の人、①+③の人、①+②+③の人、パターンはこの4種類になります。送る対象者が多くなりました。
②「将来どうなりたいのか:ひきこもり経験者へのアンケート」は、サイト上に掲載する予定で、メールフォームを作成中ですが、別に印刷用をつくりました。
③「文通ボランティアのすすめ」冊子は、利用するかもしれない家族にも送ります。
このようにしたのは、会報『ポラリス通信』をいつも送っている人の最近の様子を知りたい意味もあります(返事をいただけた方)。また以前に情報センターに来ていた人に、いまも引きこもり状態、無職・無業状態の人が少なからずいるのでそういう方にも送ります。

教育委員会あてに情報提供依頼を準備しています

11月からしばらくの間、全国の教育委員会あてに情報提供依頼を行います。
市町村教育委員会だけでなく都道府県やその中間もあり、2000か所以上が対象です。想定できる回答率は高いわけではありませんが、避けて通れないところに来たように思います。
これまでは教育委員会が所轄する適応指導教室と教育相談室に情報提供を依頼してきました。それへの回答をいただいたところが各数十件です。今回もこの2つの分野の回答をお願いしますが、最近の事情を取り入れていくつかも問い合わせに加える準備中です。
それを下に列記します。これらの情報に関して何かを知っている方、お気づきのことがある方はいませんでしょうか。ご教示いただけると助かります。

<次のような動きがありましたら、どれか1項目でもいいので別紙によりお知らせください。
①いじめの対応策(地域社会との協力による対応を進めている、検討している)。
②障害児・生徒への通級学級への対応を変えつつある(全小学校に通級学級を設置しようとする自治体があります)。
③発達障害児・生徒のための特別対応を始めた、検討している(県立高校でそのような学校が生まれました)。
④外国人の子ども(帰国生を含む)への特別クラス・特別指導を始めた、検討している。
⑤不登校生への訪問援助・同行援助を始めた、検討している(すでに実施しているところは方法や条件をお知らせください)。
⑥いわゆる中学校の「形式卒業生」への対応を含めて夜間中学校の設立、または関連する動きがある(自主夜間中学を公立学校校にする、対応する教職員の募集を始めるなど)。
⑦子どもの教育費支援の方法として、市町村として独自の対応をしている、検討している。学習塾の費用援助なども含みます。
⑧県立高校では昼間定時制高校ができています。市立高校がある自治体ではこれに準じる動きはありませんか(不登校生受入れを標榜する公立中学校もあります)。
⑨これ以外の動きなどもありましたらお知らせください。>

[http://www.futoko.info/…/%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%B4%E3%83%…]

教育制度、教育行政に関心を持つ院生などの協力を求む

サイトに掲載している学校などの紹介情報のうち、一定期間以上の更新をしていないところに一斉に更新依頼をしました。北海道から沖縄までかなりの件数です。10月に入り準備してから送信まで3週間ほどかかりました。送信できなかった、送信して届かないところなどの事後処理はこれからです。これに対する学校側の回答が次々に届いています。そのサイト上の紹介情報の更新も少しずつ行っています。
同じことを「自立就業の取り組む団体・機関」に実行中です。送り先は300件以上ですがこれは今日中に終わります。準備から数えて10日ほどかかりました。
その次は適応指導教室が対象です。なかなか回答がもらえず、ある程度の情報を受けたところは100か所にもなりません。公的機関のうち教育関係は特に回答を受けにくい感じがします。これも取り組みの蓄積ですから多くをねらわず少しずつ情報紹介の件数を増やします。
それで今回は別の方法を考えています。適応指導教室を中心目標にしますが教育委員会あてに情報提供の依頼をします。そうなると適応指導教室だけでなく、教育相談室、発達障害への対応などもあわせてお願いするのがよさそうです。
これは調査企画にあたります。その企画作成のために教育制度、教育行政に関心を持つ学生、院生およびそれらの指導教員の協力をお願いしたいと考えました。どなたか協力いただける方はいませんでしょうか。
以前に「研究者・大学院生等への研究参加のお願い」というのを掲載しました。返事はもらっていないのですが、それを具体的なテーマにしました。よろしくお願いします。
[http://www.futoko.info/…/%E7%A0%94%E7%A9%B6%E8%80%85%E3%83%…]

テレワークという働き方を紹介されました

「企業社会の変容」というテーマで毎月投稿いただいている滋賀大学の庄司一也さんから、今回は「メリットの多い新しい働き方「テレワーク」」の原稿が送られてきました。
在宅勤務と在宅ワークの違いなども説明しながら、テレワークという働き方が広がり、その積極的な可能性を簡潔に紹介しています。
「不登校情報センターを利用している方も、こういう働き方を1つの方向性として考えてみるのはいかがであろうか」と提起されていますが、もっともなことです。というよりは「引きこもり気質のままの社会参加」を考えるときには、欠かせない社会参加方法の1つです。
その意味でテレワークという言葉は知りませんでしたが、私がSOHOの複合型として考えてきたことに重なります。他の引きこもり支援団体もそのあたりを少しは意識していると思いますが、私が重要と考えるのは「集団的な自立」方式です。ざっくばらんな言い方をすれば、相談役つきの各人の得意を生かす社会参加方法です。不登校情報センターが不文律でめざしているのはそのようなものです。
引きこもりや弱者の社会参加を研究テーマにしている方からのこういう投稿をこれからも歓迎します。
[[http://www.futoko.info/…/%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%…]]

対価を払わないのはそんなに不都合なマイナスか

Facebookのタイムラインに「プロにタダで教えてくれという平然と言ってしまう人たち」のコメントに関する第3回目です。おおよそ相談業務のような個人サービス業の世界の事情と考えてください。
この記事(?)を紹介された甲斐由美子さんのコメントは、私がうまく語れなかった部分を説明するのに有効です。
甲斐さんご自身も対価を求めない取り組みがあったとコメントで返されました。「それはずっと長年やってきましたよ。ただしお子さんです。22歳くらいまでですね」。こういう経験を踏まえての対価のある取り組みの重要性を主張されていると理解します。
その経験を踏まえて甲斐さんが対価ない取り組みに懸念をもつ理由は、コメントに書かれている範囲では2か所です。
(1)「人を助けるためには、無料ですることがいいとばかりは言えないことを私は知っています。ましてや見も知らない人をネットで人を助けるなどできません。中途半端な答えなど害にさえなります。仕事として対価を頂きやっていることです。」
(2)「不登校の親御さんたちの無料カウンセリングもさせていただいていた時期もあります。しかし、向き合う姿勢の違いが確実にあることを感じています。それは決していいことではないと私は感じます。」

(1)の「見も知らない人をネットで人を助けるなどできません」は、私の経験は乏しいので何とも言えません。前に引きこもり経験のある人が参加した会で話しました。自分が引きこもり生活から抜け出したのはメールで相談を重ねたおかげだと言いました。この人のように有効な人もいます。甲斐さんの意見はご自分の体験の範囲のことと理解します。
次に「中途半端な答えなど害にさえなります」はその通りだと思いますが、対価をもらわないと中途半端な答えになる、と続くのでしょうか? 無関係ではないかと思います。対価をもらっても、対価をもらわなくても、いい仕事はできるし、逆に対価をもらっても、まずい結果を招くこともある。それが実情ではないかと思います。
対価をもらえればいい仕事ができ、対価をもらわなければいい仕事ができない。私のような個人の「対人関係サービス」を職とする者には、これはピンとこないです。
高額な資材や装置を必要としていれば、それらの有無により仕事の良否が変わるのかもしれませんが、高額な資材や装置のない相談やカウンセリングでは想像できないことです。むしろ得意分野とか信頼関係の到達状況が関係するように思います。私の個人的な経験の範囲での感想です。

(2)「向き合う姿勢の違いが確実にある」というのは、相談をしようとする人(以下、相談者とします)の姿勢をさすと思います。一応そうだと了解しますが、「半分は…」としたいです。
私は6月17日に「対価はなくとも収支はプラスなので働きます」のなかでこう書きました。「私には特別の救済精神はありません。救済精神はどちらかといえば淡白です」。この意味は説明しづらかったのですがいい機会です。
自分のことを薄情な人間だとは思いませんが、相談者に対して私は伴走者や助言者のようなものです。主体は私ではなく相談者です。
ある人の言葉尻を取るつもりはありませんが「全身全霊をこめて」しまうと、知らないうちに自分自身の意見を押し付けてしまうと危惧します。いろいろな経験から得た実例をあげて、参考にしてもらうように図ります。それらの考え方、実例、方法を自分のなかに取り入れる、消化する、拒否する…その判断をするのは私ではなく相談者です。相談者が考え、判断できるように余裕をもたせたいと思います。
相談者が、私を下請けのように使うのであればうまくいきません。主体は私ではないのに私が主体として動く状態に置かれるからです。私を指令者のように扱かってもうまくいきません。同じく相談者が主体にならないからです。
引きこもりや不登校の場合は、相談者と主体はさらに複雑で、本当の主体は子どもですし、相談者は親が多く真実の主体とはいえないこともあります。そこは省いて説明しています。
私と相談者が対等であることが必要であり、それがいいのです。この点を意識して「特別の救済精神はありません」と一歩引いた表現にしたのです。救済とか“人を助ける”というのは、私の感覚ではおこがましい言い方です。いつの場合も助けるのは、主体となる当事者自身です。私ができるのは周囲の応援者、伴走者、助言者にとどまります。
しかし、対価をもらうことは、私と相談者をいくぶん対等な関係にする効果はあります。それは認めなくてはなりません。そうであっても相談を受ける側の私のスタンスは対価があろうとなかろうと、相談者との上下関係ではなく対等な関係をつくること向かうのが基本になります。
そこを考えると、無料のカウンセリングを受ける方の姿勢は、「向き合う姿勢の違い」を感じても、その時点での主体性が作用している姿とも思えます。あるいはその人の主体的な関心や判断が未成熟なのかもしれません。信頼関係の到達状況が低いのかもしれません。
そういう状況において対価をもらえばこれらを越えるのでしょうか。その判断は私にはまだできません。しかし、対価を払わないのは相談者の“中途のスタンス”とイコールではないと思えるのです。これも私の個人的な経験の範囲の感想です。

事件化しない器物破損

相談があったのは母親であり、器物破損をするのはその子どもです。私は母親とその子ども両方に面識があります。
器物破損とは、読んでいた本を瞬間的に破ってしまうなどですが、持っていた携帯電話を投げて壊したこともあります。がまんできない、抑制できない感じになるのです。
何度が繰り返していて、最近はそれを予想して携帯電話を買い直すのをためらい、本を買い控えることがよくあります。本人は相当に自覚しているのですが、だからと言ってすぐになくなるものでもありません。
家の壁を壊すとか、親に向かう暴力はありません。持っているものを爆発的に瞬間的に投げつけたり、折ったりするのです。
我慢できるようになること、自己抑制力をつけることが必要になります。ストレスがない環境がベストではなく、ストレスを感じても耐えていける状態にすることです。しかし、常時ストレスにさらされている状態は避けなくてはなりません。
私がストレスや自己抑制力、忍耐や自己保存力をよく考えるように仕向けてくれた事例にあたります。禁止をすればいいとか、罰則を設ければいいものではありません。まずは育てることです。

『DSM-Ⅳ 精神疾患の分類と診断の手引』(医学書院)では「間欠性爆発性障害Intermittent Explosive Disorder」を次のように説明しています。
「A.攻撃的衝動に抵抗しきれないでひどい暴力行為または所有物の破壊にいたる、数回のはっきりと区別されるエピソード。
B.エピソードの中に表現される攻撃性は、その誘因となったどの心理的社会的ストレス因子と比較しても、はなはだしく不釣合いである。
C.攻撃性のエピソードは、他の精神疾患(例:反社会性人格障害、境界性人格障害、精神病性障害、躁病エピソード、行為障害、または注意欠陥・多動性障害)ではうまく説明できないし、物質(例:乱用薬物、投薬)または一般身体疾患(例:頭部外傷、アルツハイマー病)の直接的な生理学的作用によるものでもない。」

相談室とサポステの案内物を以前の相談者に送る

1月31日、一つの実験的な試みをしました。
葛飾区と江戸川区に在住の相談者など200名あまりに、8つの相談室と2つのサポートステーションの案内を送りました。
これらの相談者は20代、30代が中心で10代から40代に広がる不登校経験者、ひきこもり経験者と家族です。以前はフリースクールやサポート校などの案内を送っていたこともありますが、全般に年齢が上がっています。そこで同封する案内物を変えてみたのです。送付するまでは上手くできました。成否は今後の様子にかかっています。
送付作業を終えた時点で協力いただいた団体へのお礼とお願いの連絡の要点です。

(1)受けとった方から何らかの問合せ等がありましたら、ご一報ください。
好意的でないものであってもお知らせいただけると、これからの参考になります。
* それを必要とする理由。
今回は全部で321名(不登校情報センターの会員を含む)に送りました。同時に会員外の相談者等で江戸川区と葛飾区に住んでいる方にも送りました。この会員外の方には恒常的なつながりはありません。そういう方がどういう状況にあるのかの一端を知る機会にしたいと思うからです。
手元にはこの2つの区以外に在住する相談者等の名簿が大量にあります。今回の取り組みが有効と考えられれば、他の区市町の方にも同じ趣旨の働きかけが可能になると考えられます。

(2)今回、この取り組みにご協力いただいた相談室やサポートステーションにとり、送付先の方とつながる機会にできれば、これからの紹介方法にできるかもしれません。
* 送っていただいたリーフレットの表紙は、不登校情報センターのHP内の相談室・サポートステーションの個別ページに掲載します。
* 日時・会場が指定されイベントの形の案内は「イベント紹介」ページに掲載します。

◎(1)項は相談者など当事者・家族に役立つことになります。(2)項は、支援者側に役立つことになります。両方を通して不登校情報センターは、支援団体の情報提供だけではなく、より直接的な仲介の役割をすることになります。これまでの相談者等の名簿を「個人情報を守りながら」活用する道ができます。

(3)案内書等送付に協力の相談室とサポートステーション(略)
* 送料および封筒代をほぼカバーできるカンパをいただきました。ありがとうございます。

心理療法室の社会的な広がりの異聞

加倉井亮央くんの「家族療法学習会」に続いて大空生子さんの「親子関係が楽になるコツ♪  セミナー」(18日)が始まります。不登校情報センターの相談活動も「不登校・ひきこもりサポート相談室」として衣替えになります。
不登校情報センターのサイトにある「メンタル相談」には、全国で約450か所の相談室・療法室を情報提供していますが、このサイトにはこの3つとも入れていません。同じように全国的には多くの心理相談員や療法家がいるのですが、相談室等により活動している、事業をする人は多くありません。サイトで紹介するレベルではないというのとは違います。事業としてのレベルの主観的な判断がそうさせるわけで、公開されている療法室であっても実際は受診者はおらず“店開き”をしていない状態のところもあります。

これは日本にいる手芸家・工芸家が、趣味の範囲にいながら高度の技術・芸術レベルに到達している状況と似ているように思います。これを知ったのはラフカディオ・ハーンが日本にきてその日用品の持つ芸術性の高さに驚いたと書いたのを読んだときです。ハーンの後、日本では柳宗悦らの民芸運動が起こりました(1930年代)。趣味の範囲にいる手芸家・工芸家と職業人・事業者としての手芸家・工芸家の境界は引けないほどのものです。それだけ趣味の手芸家・工芸家の技術的・芸術的なレベルが高いのです。

おそらく心理療法においても似たようなことが生まれていると思います。ただし、全体的にこの療法レベルが高いかどうかの判断は私にはできません。とりあえずプロとアマチュアの実力差は少ない、あるいはアマチュア範囲の人の中にレベルの高い人が少なからずいるという印象を以て、状況は似ていることの根拠とします。
日本における心理療法の広がりは、手芸家の広がりに似たようなものになると推測します。
宮本常市『絵巻物に見る日本庶民生活誌』(中公新書、1981年)のなかで伝統的な日本民衆の家庭は「土・茎皮繊維・竹などを素材とする」軟質文化(手芸品)の工場でもあり、家庭はそういうものを制作することによって成り立っていた、といいます。木材・石・金属を素材とし刃物を利用して制作する硬質文化(工芸品)は職人のものとするといいます(124ページ)。
心理療法において、ある程度の道具や設備を要するものは、事務所・療法室対応が必要になりますが、それ以外は家庭内事務所(SOHO)や出張型になるのではないでしょうか。そういう目で心理療法の〈産業化・職業化〉の動きを見ていくことになりそうです。

新しい産業としての各種相談・療法業

心理相談室が広がる状態をみる(報告その2) 〔2014年9月〕
ポータルサイトCOMなどを見ながらの第2レポートです。
心理相談室などの広がりは、経済社会活動としてみると各種の相談・療法業が新しい産業として誕生しつつあると見ることができます。いまはまだ萌芽期にあたる時期といっていいでしょう。
十年以上前に、大学に心理学ブームらしいものがありました。それは社会に広がる鬱(うつ)や大きな時代の変化にともなう漠然とした不安感への意識的・無意識的な対応でした。不登校が社会的な問題になったのは社会全体の状況の先取りです。子どもはいつの時代でも問題を先行して表面化させます。いまは子どもから社会全体に問題が広がりました。引きこもりはその中心的な社会問題の1つです。
大学の心理学ブームは少しずつ職業としての素地をつくってきました。そして職業選択から相談・療法業の成立にたどり着きました。職業として確立しているのは医療機関や保健機関など公共機関に働く人たちです。その状態から独立した経営単位として心理相談室としてどう確立していくのか。その動いている現場にいる感覚です。

職種の仮分類
COMサイト・東京都からは大雑把ですが次の様子をうかがい知ることができます。おおよそのところを分類してみました。より正確にはそれぞれの施設から直接に回答を寄せていただくしかありません。そういう職種の区分けの難しさ(実際にはできないかもしれません)、不正確さを承知した上での傾向把握のためです。
・心理相談室・心理療法室  269件
・スピリチュアル・ヒ-リング   20件(アロマテラピーなどを含む)
・職業相談・転職相談・留学  10件(報告その1の(2)の⑤で除いたもの以外)
・身体療法(気功・整体など)   6件
・会話(電話相談のみを含む)  5件
・結婚・離婚・恋愛相談      4件(報告その1の(2)の⑤で除いたもの以外)
・占い・開運             2件
・不明                 4件
合計                320件

独立した経営単位として先行するものに、職業相談的なこと(ガイダンス)、伝統的な民間療法とその現代的な呼称にあたるスピリチュアル・ヒーリングの施設、整体療法などの身体療法師、占い師などがあると思います。
心理学に基づく各種の療法はこれらの素地の上に、ときには伝統的な療法を否定する形で、ときにはそれらと融合する形で徐々に広がっています。ここには薬物療法に偏りがちな精神医療への不信も関係しているとみて間違いなさそうです。

心理療法室が生まれ始めている状況
不登校の親の会を主宰していた人の何人かがいつの間にか心理療法室を開いているのを知っています。不登校を経験した人が心理学・心理療法に関心を寄せ、心理職に就いていく例はますます増えています。ビジネスとしての仕事起しだけとは思えません。
そういういくつかの見聞のうえに今回の情報収集作業にともなう心理相談・カウンセリングを続ける人たちのHPの閲覧です。その過程で漠然と直感的に把握することがあります。
家族に生活を頼っている人が自宅等で新規事業として始める取り組み、その中には主婦の仕事づくり、家事手伝い状態や無業者的なニート・引きこもり状態の人も混じっているという推測です。HP上のどこにもそんなことは明示してありません。
しかし、そのページから受け取る感覚的なニュアンスは、私が引きこもり経験者から感じるニュアンスときわめて近いものが混じります。そうでない一般人からは受け取る(ビジネスとしての仕事起こし)にはない感覚的な要素です。これが「無業者的なニート・引きこもり状態の人も混じっている」と推測する根拠です。これをもって笑止な推測の根拠と言われればそのとおりと認めるしかないものです。

COMサイトを見て分かること、それはまた「メンタル相談」ページに掲載されている施設についても同じです。施設の規模が小さいことです。個人オフィスがかなり多数を占めます。
HPがどうこうよりも、カウンセリング施設として成り立っているのかどうかと思われるところもあります。クライエントがさほど多くないのに独自施設にするだけの意味はなく、自宅兼用も多くなります。あるHPにアクセス者のカウントが載っていました。1日数人(10人未満)です。そこに力をそそぐだけでは運営できるレベルに到達することは期待できないのです。
もちろん比較的恒常的に運営されていると思うところもあります。整体施設などの身体療法施設は比較的安定しているように思えます。それはカウンセリング療法的な内容ではなく、身体療法施設の性格に負うところが大きいと思えます(心身二元論ではありませんが)。ここではHP制作にさほどの時間は取れません。時間をかけてもそれに見合うものが獲得できないからです。
対応方法として、メール相談に加えてSkypeを活用するところがでてきています。対面方法、訪問方法にくわわる方法です。これからも増えていくでしょう。
それでも各施設のホームページではさまざまな工夫を凝らしています。まずHP全体がきれいであることは比較的共通しています。活用する各療法の詳しい説明や事例紹介、ブログやフェイスブックの活用も見られます。HPが各施設の看板になる役割はあるのです。特定商取引に関する法律による表示はまちまちですが、掲載しているところは少数です。

心理療法士などの相談・療法業が独立した職業になるには、ある程度の社会的な条件が必要であると考えられます。しかし、その条件はまだ不完全です。パソコンとインターネットの普及は社会的な条件の1つ、技術的な基礎です。
社会的な条件の基本は、日本人のおかれた状態の変化とそこから生まれる生活や感情生活の変化です。不登校・引きこもり・うつ状態などの広がりはその具体的なものですがそれへの言及は別に扱うことにします。

学力のある生徒が少人数で学べる通学型高校の出現

公立の全日制高校の生徒ですが不登校になりました。大学受験をしたいので転校をして勉学を続けたいのですが、どういう方法があるのでしょうか。こういう主旨の電話相談をお母さんから受けました。
これは子ども(高校生)自身の要望ということです。要望にはもうひとつあって、一緒に学ぶ生徒は少ないほうがいいといいます。
この転校先の高校の条件を言い換えるとこうなります。
(1)少人数制、(2)学力は比較的高いレベルにある。
こういう条件であればこの不登校の生徒は学習に向かうということです。やや異例の条件と見えるかもしれませんが、これからの教育活動の幅のなかではだんだん大きくなる部分です。生徒の個人差がありますからこれだけの条件で十分とは言えないこともありますが…。
一部の進学校では事実上こういう方向に向かっています。公立高校はこういう方法をとりにくいのですが、全体的な学級定数の縮小を考える中で少しずつ近づいていくのかもしれません。
夜間の定時制高校の大部分は公立高校ですが、大部分は「学力は比較的高いレベル」を満たすことができません。

通信制高校には、全日型通信制高校(全日型と称します)とか通学中心型通信制高校(通学型と称します)というものが生まれました。実態はほとんど全日制高校ですが、最低限の必要登校日数は通信制高校の条件を適応させますので、欠席日数が多くても明瞭な病的な理由による不登校以外では、進級・卒業できないほど欠席は多くはならないのです。
こういう通信制高校の中に「(1)少人数制、(2)学力は比較的高いレベルにある」の2条件を満たすところがあります。このような事情は、一般の教師にはわからないし、想像もできないでしょうが確実に増えています。通信制高校とあなどっているうちにこのような進化をしているのです。
相談の生徒は学業成績が比較的高くて、対人関係に繊細で周囲の人の影響を受けやすいタイプであろうと推測されます。在籍する高校を不登校になったのはこのためと思います。現在の高校にはこのような生徒を受けとめる容量が少なくなったのです。
西国からの電話相談に答えた内容を要約しました。