椎名篤子(編・著)『凍りついた瞳2020』(集英社,2019)所収のなかの記事から。
(1)生後10か月の男子の死を描いた救急外来——心電図が動かず心臓マッサージをして蘇生を計ります。そこに4年目の小児科医が専門医として加わる。処置室の前で待つ母親に遅れて、勤務先から父が到着する。しかし心臓マッサージを止めると心電図は動きません。両親をよんで蘇生行為の終了を告げます。父親が「わかりました。ありがとうございました」となり、死亡を認めます。
翌朝「10か月の男子殺害容疑で母親が逮捕された」とのニュースが流れます。担当医は「子ども虐待による死である」に疑いをもち、警察に連絡するも「規則で教えることができません」の壁に当たる。半年後、母親に懲役2年、執行猶予4年の判決になりました(P46~63)。
(2)同じ医師の2年後、ふたごの兄がいる生後13か月の女子が父親に抱えられて救急外来に運ばれてきた。耳にあざがあるのが気になり、CTスキャンによる脳検査を行った。画像内に急性硬膜下血腫があるので、年配の脳外科医に見てもらった。脳外科医は「確証もない…。子どもさんが重篤なのに、虐待と親御さんを疑って追い詰めるつもりですか」と疑問を呈す。入院の10日後にある程度回復したところで、医師は両親に伝えた。「病院としては硬膜下血腫、耳のあざ、脳内出血、それに肋骨骨折などから総合的に考え、虐待の疑いがあり…児童相談所に通告しました」。父親は表情を一変させ抗議を始めた。…そのあと母親が言った。「あんな子要らない。かわいく思えない。…子どもは息子だけでいいんです」。父親はイスに座り込み、押し黙った(P64~70)。
上の2つの例は簡略しすぎる紹介なので詳しくは本を見てほしい。それも様子を聞き書きしたもので、乳幼児への虐待の実際はわかりづらいのです。しかも子どもが成長したときにはその記憶を語られることはほぼありません。
ところが、この乳幼児期に(とくに継続的に)虐待を受けた経験は、子どもの体に残ります。友田明美さんはマルトリートメントを受けた子どもは脳を変形させているのを画像診断で表わしました。
また子どもの胸腺の委縮も証拠とされていました。私は居場所の来ている人の中にときどき胸に手を当てる人を見ました。『ひきこもり国語辞典』にこれを書きました。成人期に残る虐待の可能性を感じています。
《むねキュン(胸キュン) よく胸のあたりが苦しいような感じがして手で押さえます。胸といっても頸(くび)の下あたりで、呼吸が苦しいのとは違います。切なく苦しいというか、やりきれない、空しいような気持ちを落ち着かせる感じです。世の中的には「胸キュン」というのがいい感じのときに使われていますが、それとは違います。》『ひきこもり国語辞典』(松田武己、 時事通信社、2021)
脳や胸腺の他にも体のあちこちに残り、成人後の「働くに働けない」状態もその一つではないかと推察しています。乳幼児期の虐待と成人期のこの状態の因果関係を、身体科学の面からはまだ説明されていないとしてもです。
なお私がこの本に引用されている2人の乳幼児の場合を含めて、虐待をしたという母親を一方的に責める気持ちにはなれません。ワンオペ育児かそれに近い状態におかれた母親たちの追い込まれた状態を考えます。最大の被害者はマルトリートメントを受けた子どもですが、母親は加害者であるとともに〈自身の成育歴や生活環境の〉被害者かもしれないからです。
9月から生活サイクルが変化
9月初めから早朝学校の居場所の見守り役をします。
(1)江戸川区の「小学校の早朝居場所開設」が始まります。ウィークディの午前7時すぎから8時半ごろまで、週2〜3日の見守りが入ります。来年4月から区内全小学校(65校)で実施ですが、10校ほどが先行し、それに加わります。
これまで小学校の休日校庭開放の世話人をつづけてきました。この延長でありますが、また子どもの居場所(子育て環境)にもう一段とふみ込んで居場所を広げていく取り組みです。
(2)最近の研究テーマ「ひきこもりと家族制度」に関しては、8月にある動きがありました。1つは不登校を研究テーマにする人からインタビューを受けました。課題名は「時代とともに変化する子どもの孤立の実態と支援の課題」となっています。不登校情報センターの初期の取り組みから現在の課題まで、改めて話すことができました。
もう1つは「80歳誕生食事会」としてトカネット藤原さんと3名のひきこもり経験者が集まってくれました。これはセシオネット親の会が2か月連続の「親の参加なき親の会」につづく、40〜50代になったひきこもり経験者の現在の生活状況を聞く場になりました。誕生会には萩焼きの湯呑みを贈っていただきました。私からは5月の「文学フリマ・東京40」にあわせて作った『アスペルガー気質の少年時代——松田武己の少年時代の記憶』を各自に渡しました。
この「ひきこもりと家族制度」に対応する新たな方法を考えてきましたが、具体化していく時期になったようです。始めたらお知らせします。
8月から毎年の長寿者定期健康診断が始まりさっそく受診。血液検査の結果は少し時間がかかりますが、胸部X線検査、心電図など他は良好です。5年間の検査データを見ると検査の範囲ではともかく良好状態が並んでいます。
デスクトップ型のパソコンを2台リースしており、その契約期限が12月で5年満了になります。基本OSが10(テン)なので動きが遅くなっています。そこで9月に1台を先にOS11(イレブン)の新型にリースし直します。
乳幼児への虐待・マルトリートメントの実像を探す
いったい人間の記憶というのは、何歳のときまで遡るのでしょうか? 私は4歳のとき10歳年長の従兄弟が写真をとるというので、家の前の菜の花畑にいたときの記憶があります。写真がありそのときのことを思い出すからです。
ネット上に鳥取県で3歳の三つ子が誘拐され、24年後にあるきっかけで発見されたとき、三つ子には3歳までの生活記憶がなかったことが紹介されています。この話の真偽性は確かめていませんが一応の参考にできるとします。個人差はあるとして、3、4歳まで人は自分の乳幼児期の記憶を遡れるのでしょう。ひきこもり経験者の話で私がきいたところでは、こういうのがあります。
《はらわれる(払われる) いちばん古い記憶はたぶんおっぱいを飲むときに手で払われたことだと思います。目の前に手が広がってきてやめさせられた像がぼんやりと浮かびます。乳児のときの母によるものでしょう。乳幼児期からこの状況が続いてきたのではないでしょうか。いまでも私が最後に頼るものが見つからない気持ちになるのは、このときのことが心にあるからだと思います。》(松田武己『ひきこもり国語辞典』2021、時事通信社)
これは0歳から1歳のころの話でしょう。異例に早い時期と思いますが、これがどの程度例外的なのかはよくわかりません。親にはそれがマルトリートメントに当たるとは思いもよらないことかもしれません。
私は乳幼児期の虐待(多くのばあいは両親もしくは父母の一方が再婚している)およびマルトリートメント(不適切な養育)は、乳幼児期にあった人がいると推測します。人によっては学齢期や思春期に、ばあいによっては20歳前後になっても続いていると思います。十分な立証ではできませんが1980年ごろにこの虐待と被虐待傾向は増大したものと思います。
多くのひきこもり経験者が集まる場を運営し、いろいろな機会に生活状態、家庭関係などを聞いてきました。私と二人だけのときには、家族関係の話のなかでそれらしいことをききました。紹介する「払われる」の話はその1つです。しかし、家族内の虐待・マルトリートメントとはいえ多くは学齢期以降、ときにはそれ以前の4,5歳ごろの話がでるだけで、詳しいものはあまり出ません。とくに親からの虐待に関する話はまず出なかったのです。20歳をこえたひきこもり経験者たちも、不十分な記憶であり、しかし親の悪口になるようなことは口にしたくはないからだと思います。それに比べれば、友達からのいじめや教師からの不当な扱いは、より口にしやすいのだと思います。
こういう理由で、ひきこもり経験者たちが乳児期にうけた親から受けた虐待・マルトリートメントを具体的に書くことはできません。これに代わる証拠となるものは、時おりニュースになる子ども(とくに乳幼児)への虐待事件(虐待死など)です。
児童精神科医の友田明美さんの、虐待を受けた幼児は脳を変形させてそれに対応した、その証拠は脳のMRI診断撮影です。それでも友田さんの実証は、虐待やマルトリートメントの行為の実像を表わすものではありません。私は作業の一部として乳幼児期の虐待の実像を探すしかないのです。
核家族に代わる複合家族とは何か
私はひきこもり発生の社会的歴史的な背景事情には、核家族が広がり子育てなどの世代継承機能が低下したことが、最も基盤的条件と確信するようになりました。不案内な家族論に迷い込んだのは、この事情からです。核家族を超える家族像とは何か。それは一種の集合家族ですが、構成する家族のそれぞれは一様ではありません。それで複合家族というのを想定したのです。現在の二世代核家族・三世代家族の片側にすこしずつ生まれ、やがて大きく広がると予測しています。
複合家族に向かう構成要素は既にあります。私が知る例をあげると再婚夫婦には合計3人の子どもがいますが、その1人はその夫婦とは血縁関係にありません。夫の元妻のつれ子で元妻が亡くなり、現在の妻と再婚してこの新しい夫婦の子どもになったのです。血縁ではない人が加わる家族です。成人した単身者の増加も成立条件を強めています。
国民の中ではすでにある程度の動きがあると思えます。婚姻関係の人が中心になり、里親が加わり、子育てや介護などの日常生活に協力関係にある人、共通する趣味や課題のある人からなる親和性のある集合体です。夫婦別姓とか同性婚の人が加わることもあるでしょう。離婚したシングルマザーが、子どもとともに誰かと再婚するのではなく、この集合体に加わることもあるでしょう。成人の単身者も含まれます。これらが複合家族のそれぞれの要素です。いろいろな組み合わせは、それぞれの必要性から生まれるでしょうが、それを「複合家族」の名称で呼ばれることはありません。この集団の輪郭が明確になれば数十人規模の集合体になるでしょう。居住状態は共同住宅や近隣に居住するものと考えられます。
核家族は、それ以前の“大家族制”がそれで果たしていた(不十分で名ばかりではあっても)役割をなくしました。それを親和的な人が公平に加わる複合体、それが複合家族です。名称は誕生によっていろいろでしょう。世帯とつくのか家族とつくのかは、それが生まれた事情に関係すると思います。
この複合家族は、核家族を通り抜けたより発展した家族形態になります。そこでは衣食住などの家事労働の分担が確立し、家族内ケア労働とともにきわめて重要視されます。家事労働に関しては、世に多種多様な家電製品が生まれています。それは家事労働を大幅に減らしました。しかしそれで家事労働がなくなるわけではありません。衣食住に関するとされる家事労働も最後には人の手がいるのです。
家族内ケア労働は直接的な世代継承機能です。そのうち子育ては保育園や幼稚園という家族の外側に施設ができています。それは有効な役割をもちますが完全はありません。親和的な集団が1日24時間の受け入れによるワンペア育児を解消していくでしょう。学齢期になった子どもには学校が外部施設です。それもとくに思春期以前には学校では十分ではありません。学童保育が広がっているのはその一つの実例です。それも親和的な状態での対応が求められるのです。障害者や病弱な成人に対しても医療やリハビリ施設ができていますが、それでも十分ではありません。高齢者の介護施設もやはり同じです。それらの全体が世代継承機能です。
複合家族による子育て、障害者や病弱者の看護・介護が〈公的支援に加えて〉相応に評価された状態にあること、そこには得手不得手の違いはあっても男女による固定的な区別はない状態に進むとみます。この構成と内容が可能になれば家族の世代継承機能を取り戻せます。ヤングケアラーの問題が生まれる条件は基本的には解消するでしょう。
複合家族は、ことに長期化しているひきこもりへの対応方法として私の中で浮かんだものです。ひきこもりの発生の深い条件が核家族のひろがりであるとすれば、その基本的な解消・対応策も核家族の変化になります。それはまた“孤独・孤立”の問題、シングルマザーの子育ての困難と経済的問題の解消にも有効でしょう。現在はそれが社会の一端にその構成部分となる要素が生まれているのです。
核家族の拡大は家族史なかでの進歩でしたが、いろいろな不全状態を生み出し、家族の世代継承機能を低下させました。ひきこもりは家族の不全状態を社会現象として表面化させました。長期化したひきこもり状態に伴う諸問題を解消する形が複合家族です。ひきこもり状態の、とくに就職氷河期世代に重なる人たちが、60代、70代を迎えるころに複合家族の形成は大きく広がっていくと推測します。
8月のセシオネット親の会=「松田武己80歳誕生を兼ねた会」
7月の親の会もひきこもり経験者40代・50代の3名と松村、松田の5名になりました。6月に続き親の参加なき親の会です。「なるようにしかならない」のは事実でありますが、自然な軌道修正も必要になりそうです。
8月になってから私の80歳の誕生食事会をする数人がいる話をしたところ、「松田武己80歳誕生を兼ねた会」が浮かびました。本人的には自分の誕生会というのはためらいがありますが、より多くの人が参加する機会に出来そうならば、これもありと思うことにしました。盆休みの週末にあたります。
ひきこもり的状態が長く続くのにどうすればいいのか迷っている親の方には、40代・50代になる家族以外のひきこもり経験者と話せる機会にしていただければと思います。
40代・50代になるひきこもり経験者の状態は20代のころとはさらに様子は違います。そのうち数名の困難な状態の一端は今月号の松田がエッセイに書いた通りです。
改めて「松田武己80歳誕生を兼ねた会」への参加を呼びかけます。
(1) 親の人には他の場で知り合った人にも呼び掛けて参加を考えてください。
(2) ひきこもり経験者は自分だけではなく、会いたいと思っている人、以前の知り合いにも声をかけて参加を考えてください。なかには会いたくない人がいる、会うのは気まずい、という場合もあると思います。その際は松田に事前に連絡をください。個別に会い話すなどの対応を考えます。*5月の「文学フリマ・東京40」に出展した手作り作品本なども持参します。
☆8月のセシオネット親の会=「松田武己80歳誕生を兼ねた会」
セシオネット親の会の定例会は毎月第3土曜日、午後2時~4時です。参加をお待ちしています。⇒8月16日(土)14:00~16:00
場所は助走の場・雲:新宿区下落合2-2-2 高田馬場住宅220号室
高田馬場駅から5,6分のところです。
参加等の連絡は、松村淳子さん(090-9802-9328)、松田武己(03-5875-3730)までお願いします。
参加費は親の方は500円です。ひきこもり経験者は額を決めませんのでカンパを考えてください。
「どうすればいいのか」=社会の未来を見据えた対応策を考える
ー会報「ひきこもり居場所だより」8月号
ひきこもりが生まれたのは1980/90年代であり、日本が高度経済成長を達成した社会が関係します。就職氷河期というのがあって、高校や大学卒業時に就職がとりわけ困難な時期がありました。その世代をやや広く考え1960年代末~1990年生まれの人とします。両者はほぼ重なります。
ひきこもった個人には就職活動をしなかった人もいますが、同じ世代として社会の曲がり角を体験したのです。親世代は従来ペースの延長で社会の変化を見ていたのに対して、(感受性がゆたかで受けとめる傾向の強い)この世代は気持ちを抑えてルールに従う過剰適応の傾向を持ちました。ひきこもり経験者はその程度をより強く表わす対人関係・社会不安を感じる人が多くなりました。直接の就職活動以前にこの社会的な精神心理状態は広がっていたのです。彼ら彼女らはそれぞれのきっかけで不登校やひきこもりに巻き込まれました。
背景事情には社会経済の発展だけではなく、家族構成が縮小し家族が世代継承機能を十分に果たせなくなっていることも関係します。この事情は経済社会の好況・不況等の循環を超えます。ひきこもりの発生の1960代末~90年生まれの人だけではなく、それ以降に生まれた人に引き継がれるのです。ひきこもりの発生は核家族化した家族では世代継承機能が十分に果たせなくなるのを先行的に表したのですが、本格的な家族の変化はこれからやってきます。
社会的には制度として国や自治体の対応策(子育て支援や少子化対策、地域活性策)がとられるでしょう。それは孤立・孤独対策にもなります。KHJ全国ひきこもり家族会連合会あたりはひきこもり基本法の制定を訴えており、そこに含まれる法的制度的な対応にも重なるでしょう。
その一方、国民の中ではより広範な動きが生まれると予測します。「再婚家庭や同性カップル、また血縁にこだわらない多様な家族形態も登場」とは新しい家族関係・家族制度が生まれている事情の一端を描いたものです(古村聖さんの短い説明、日本経済新聞2025年6月19日の経済教室)。
私はさらに広く家族関係・家族制度の変化は生まれると想定します。婚姻関係のある人が中心になり、里親により加わる構成員、子育てや介護などの日常生活に協力関係にある人、共通する趣味や課題のある人からなるいろいろな組み合わせによる親和性のある数十人規模の複合家族です。居住状態は共同住宅や近隣に居住するものと考えられます。
言い換えますと、経済社会の発展に即した新しい家族関係・家族制度に生まれ変わっていく歴史的な時期に入ったのです。ひきこもりの発生はその時代が生まれることを早期に知らせる役割を持ったといえるのです。就職氷河期世代の高齢化とともにこの動きは加速すると見ます。それが長期化しているひきこもり対応策であり、複雑になり困難が増しているひきこもりへの基底的な向き合い方になると考えるのです。
自立に向かう方向=映画「どうすればよかったか?」再考
映画「どうすればよかったか?」の答えとして「親不孝のすすめ」という文を載せました(7月16日)。文中に述べたことでわかるように、私は実際に「親不孝をすすめ」た事例はありません。これでは無責任な感じがするので、実際はどうだったのかを書きましょう。
大筋で言えば“自立への道”です。親と別に住むという形をとった人が何人かおり(高校時代に全寮制高校に入るというのはその典型)、20代以上になっても、数人がそうしました。そうはいってもこれはこれで難しいことです。日常生活(とくに食事)が乱れ、生活サイクルが定まらず、やがて自宅に舞い戻るという人もいました。けれどもその「別に住む」形で進み落ち着いた人もいます。
自宅から親を追い出したタイプもいます。これは暴力・暴言的振る舞いがつきものでした。親は比較的近くにアパートなどを借りて住み、周囲から様子を見る、生活費を預金口座に振り込む…というものです。そのまま接触を途絶えてしまった人も知っています(知る限りでは10年近くの途絶のまま)。この親を追い出すタイプは「親不孝のすすめ」の1つの形かもしれません。これは親側から相談のときに聞いたことで、私が勧めたわけではありません。
子どもが大学進学する時期に親元を離れ、そのまま家族との接触を断った人もいます。親は心配して(仕送りを続けながら)ときどき子どもの住所を尋ね、様子をみようとするがいつも電気がついていない、という人もいました。
こうした親との断絶型とは別の形もあります。同じ家屋内でも行なわれました。夜、親が寝静まったころ風呂を使い、食事は部屋の前に置いておく、というものです。親と(特に父親とは)口をきかない形の人もいました。それも10年、20年の長期の期間に及ぶことがあります。修復が見られるのは親の老いを知ったときが多いです。
しかし修復されないまま親が亡くなるばあいもあります。これらは、親子の断絶かそれに準じる形での“自立”の道をたどったケースです。ひきこもりにともなういろいろな行動や状態と考えられているものです。
一般的に勧める自立の道は、理解ある人または当事者同士での関わりをつくることです。それはいろんな形の居場所になります。職業訓練的なプログラムを中心にするところ、生活できる力をつけようとする試み、それ以前に「人との接点をつくる、人に慣れる」あたりからスタートするところ、これらは今現在も全国各地で取り組まれているところです。全体をみると「人とのつながり」を重視していく居場所がふえてきたように思います。
ひきこもりの経験者がくればその人にこれらの場への参加をすすめます。親が相談にくれば——子どもが20代までのときは仕事に就くことを中心に希望しますが、結局はそれ以前の対人関係づくりにまで戻って始めることが中心になります。これらのそれぞれの局面で生まれることにどうするのかは、多くの参考例が出ています。親の会(家族会)で話されるのはこれです。当事者で話しになるのもこれです。ひきこもりが家族関係の修復に向かうのがこれから見ることができます。
逆に見れば家族の継続が難しくなっている表れがひきこもりのとも言えます。ひきこもりからの自立は多くの時間を要すものです。これらの経験は家族(制度)がどうあるのかを示していると思います。そうは言いつつも、親から多くの相談を受けてきて思うことは、これは容易なことではありません。わかっているけれどもできない——その前になかなかわからない人もいます。親同士でそのもどかしさを伝え合う方法が、いちばん伝わりやすく、どうすればいいのかがわかる気がします。それ以上に、ひきこもり経験者は親世代よりも若い分、親よりもエネルギーがありますし、当事者が理解し動けば、親の方が変わりやすいのです。
断薬は薦めきれない⁉
親の認める枠内でしか動けずにいるのとは別のタイプの人もいます。薬依存です。これを単純に「依存」と扱えないのは、医師は患者がそうなることを望んでいないからです。
ある時期に、私は「減薬カウンセラー」になる道もあると思いました。これは服薬を続けるうちにアカシジア(抗精神病薬などの副作用)が強く表われた人がいたのがきっかけでした。手が細かく震える程度ではなく、意志を離れて手を大きく振り回す、一見踊っているくらいの状態になった人がいました。それで薬を変える、薬をやめる方向を考えたのです。
薬物の被害に取り組んでいる人に話したところ「断薬により患者に支障が出たら、法律的にも全てあなたのせいにされる。やめたほうがいい…」と言われ、減薬カウンセラーはやめました。
統合失調症で療養中のシホさんが、断薬について次のように書いてくれました。
《服薬を続けた先の回復例をあまり聞かない、ということですが、医師は断薬のリスクを考えて、悪化するよりは現状維持のほうを選ぶのだと思います。医師側から断薬の判断や提案するのは難しく、重大な副作用がなければ飲み続けてもいいし、やめたければ自己責任で、という本音もあるかもしれません。
医師は薬や症状の知識だけで診ていて、実際に薬を飲んだ状態の内面を知っているわけではないので、その立場でしか見えるものはないと思います。実際に薬を飲んだうえで知っていて診察する医師は、全くとは言い切れませんが、控え目に言ってほとんどいない気がします。服薬と断薬について、病的状態の重さ・進行の程度・薬の種類や量、などの影響にもよるかもしれません。
それから医師も患者も人それぞれなので、その個人差も大きいと考えられます。
私もそうですが、自分の症状や気分や考えや本音を、その通りに言葉に出せない患者もいます。その場合、医師の判断だけで薬や治療の方法が決められてしまいます。医師との関係性によっていろいろ違ってくると思います。
自分の症状などをきちんと伝えられる患者は、医師の指示通り服薬や治療をしてその都度また伝えていたら、問題はないのだと考えられます。私のように医師との関係を築きにくい場合は、自己判断するしかないときもあります。
自己判断での断薬や減薬は試行錯誤のくり返しでけっこう難しいことですが、医師に正確に伝えようとすることのほうが自分には難しいです。自己判断の断薬をするときは、より深い自己観察とそれについての熟考ができる必要性を感じます。
ただ薬をやめたいだけという人もいると思います。私もはじめはそうでした。でも、薬の種類や量をいろいろくり返し試さなければいけません。私の場合、薬の作用に加えてアルコールの精神作用もあるので、より深く省察と熟考を重ねなければなりません。今のところ少なくとも減薬はできていて、精神的にも身体的にも依存性は大きくないとわかりました。完全な断薬はできると思っています。
(ここまでが入院以前に書いていた分です。今読み返せば問題点がいくつもあります。でもこのとき言葉にできたのはここまでです)》(2023年10月29日)。
他方では、自分の判断、自分の意志で減薬・断薬を実行した人もいます。減薬をしたところ体調が好ましくない、禁断症状が表われ服薬に戻る人もいます。その一方で断薬に“成功した人”もいます。私の知る範囲では2人います。その1人はセラピストをめざしていました。もう1人も何かで動き出そうとしていましたが、連絡が途切れました。この断薬をめぐる運・不運の境目はどこにあるのか。私には見当はつきませんが…。ここが前回の親の言いなりと聞きわけのない子の運・不運の境目の難しさと同じようになります。この境目は、合理的に説明される地点(複数の要件の組み合わせによる)はあるでしょう。しかし、将来はともかく現在その点の確認は難しそうです。
統合失調症(だけではなく精神障害の多く)は、幼少時からの対人環境による要因が大きいと思います。服薬はその改善に向かうのに必要な落ち着きをつくり、根本的な治療はその先にあるのでしょう。それは身体構造(おそらく脳神経系の変化につながる)まで影響が及ぶと思います。本人の努力(試行錯誤の積み重ね)と周囲の理解と支援が必要であり、多くの時間を必要とします。安定した環境条件のなかで日常くり返される生活状態の改善が欠かせないのです。
医療の現場でどう実現すべきかと考えるとき医療は患者の全生活に関わっていないことを知らなくてはなりません。『SHIP!』創刊号で斎藤環さんが「オープンダイアローグ」(対話)を紹介しています。これは医療における1つの方法です。医療以外では、居場所がそれをより広げるもの(輪郭は曖昧ですがより多様で意味や役割はより大きい)になると考えます。
親不孝のすすめ——映画「どうすればよかったか?」
映画「どうすればよかったか?」(藤野知明監督)について『SHIP!』創刊号で監督取材記事が2ページ掲載されています(文は池上正樹さん)。監督の姉は統合失調症で医師をめざしていたが、両親はその病気を認めずやがて自宅軟禁状態にしたと言います。
私はこの映画を見ていません。映画を見たというDくんから話をきき、不登校情報センターサイト内にある「ケンセイの映画ウォッチ」の概要紹介も参考に考えました。しかし最も強く思い浮かべたのは、この内容に相当する人が数人、ひきこもり体験者として私と接点を持ったことがあり、その人たちのことでした。
全部とは言えないでしょうが、⑴裕福な家庭で親の社会的地位が高いこと、⑵両親の教養も高く良識人と思われること、⑶そして当人の知性も相当以上であること、この3つが揃っています。実はこの映画の対象とした藤野監督の家庭がそうでした。両親は共に医師であり、「退職後自宅に研究室を作って共同研究を行い、ひきこもっていた姉は「問題ない」として精神科医療から離され自宅軟禁になりました。なぜ治療を受けさせなかったのかといえば、精神科に入院していれば姉は医師になれないと考えたからです。
これは姉に対する親の虐待です。映画を見たDくんはいろんな点を話してくれました。そして教育虐待を強く言います。教育虐待に分類されるでしょうが、その奥にはもっと深い意味があるとわかります。私の知る女性Gさんのばあいを思うと状態はここまでではありません。他のことは省くとして彼女は聡明です。いろんなことを深く理解しました。そのいろんなことのなかには「親の思いを外さない」こともあります。親に対してはいろいろな反発をしましたが、何かを決めるときの最後には親の了解を得られることを条件にしました。かなわないと見込まれればその道を選びません。Gさんの診断名は統合失調症かもしれませんしそうでないかもしれませんが、精神障害領域のものがありました。
「どうすればよかったか?」——映画の題に答えるとすれば、親の言い草なんかを無視する親不孝娘になればよかった。ききわけのない子として成長すればよかった、となるでしょう。——しかし、Gさんに対して当時の私は言えなかったし、そこまで確信をもって言える自信もありません。ききわけのない子、親不孝の娘のその先はどうなるのか? それはわかりません。しかしそこにとどまる限り道は閉ざされていることも確かだったのです。私の後悔はGさんがその道に進もうとするなら最大限に支えをするという意思表示をできなかったことにあります。だから私も監督と同じ心境になるように思います。
私が知るひきこもり経験者のなかには、Gさんばかりではなくこの種の境遇におかれた、「聞きわけのよい」人が、少なくとも数人はいます。女性が多いように思うのは、男性には「親の認める範囲」を最終的に受け入れないからでしょう。それでもその候補者がいます。先ほど挙げた3つの家庭環境と本人の資質条件を満たす人たちです。藤野監督の家庭も、Gさんの家庭も社会的には開かれていたのに内に向かっては「閉ざされた核家族」と言えます。この家族制度に備わる危険性や限界がこのような形で表れたのです。表面化していないだけで、日本にはこのような状態が想像以上に広がっていると考えます。
不登校は家族内の不正常を表面化させる―『こみゆんと』を読み直す(3)
「わが子の不登校は家族の大きな問題になったけれども、それは家族全体のゆがみを表面化させ、それを根本からただしていくことになった」―こういう主旨の言葉が私を不登校・ひきこもりへの関心を引き寄せ、それを継続させていた。それは90年代のことからであった。それを改めて確かめたのですが、それが強い思いとして続いていたかといえば必ずしもそうではありません。家族制度が大きな変動期に差し掛かっているとわかった最近になって再度とらえ直しているというのがより正確ではないかと思います。
そういう私の理解のなかで、この思いもときどき思い返されていました。2010年『不登校・いじめ その背景とアドバイス』(平岩幹男・専門編集、中山書店)のなかで、私(執筆名は五十田猛)は「不登校の予後」の部分を分担執筆しました。小児科医療者向けの「小児科臨床ピクシス」全20巻の1冊です。予後というのは「その症状や状態の経過や結末に関わる医学的な見通し」を指す用語です。私は「不登校の予後」を予後良好、予後不良および不登校状態の継続の3つに分けて、それぞれ説明しました。予後良好では次の2種類を例示しました。
《予後良好なものには、以下のような例がある。
①「不登校を経験したのは、自分にとり必要なことだった。今の自分があるのは不登校を経験したからだ」と不登校経験を肯定的に受け止めているもの。
②家族からの言葉で「子どもが不登校になったことが家族の不正常な関係を気づかせ、結局はよかった」というもの。》(p31)
① の点は、医療者向けでなければ、本人が登校するようになった。フリースクール等に行くようになった。高校生であれば定時制や通信制高校に転校した。このあたりも不登校問題の“解決”であり、不登校になった本人が動けるようになったものです。しかしその個人的な“解決”は社会全体の方向に同化する傾向であり、一部が教育制度とか学校改革に、フリースクール等の成長につながったのです。
「不登校の予後」の3つに分けた他の2つには、「予後不良」としての精神的障害領域になる人だけではなく、不登校状態を続く人も入ります。
予後良好②で示した「子どもが不登校になったことが家族の不正常な関係を気づかせ、結局はよかった」は、家族の不正常な状態を改善したばあいの特別の例になります。家族構成員の関係の改善になり、新しい家族制度の方向性を表わしています。これは家族制度の歴史的な変化にも対応する動きです。これは20世紀末に始まる家族制度の大変化の方向が、男女関係、ジェンダー平等に進むと説明できる1つの証拠です。子どもの不登校やひきこもりが問題を表面化する契機になっていると言えます。2010年の時点ではここまでは考えていませんでした。