●文通番号12-25 親愛なるわが友レウカへ
ミズキ+Shi 〔東京都八王子市 男 37歳 無職〕
早いもので1週間が経とうとしている。あの夜、それまでリアイバ号の船室にいたはずの乗員数名は、一瞬後には夜の大海原に放り出されていた。幸いそれぞれ板切れにつかまり命拾いした私たち2人も、じきにお互いの姿を波間に見失った。最後に見たのは荒波の彼方に遠ざかる船影に手を振りながら叫ぶ君の姿だった。
君は私を怪我で気を失ったものと思ったかもしれない。しかし私の意識はむしろいつになく冴えていた。私が君と一緒になって助けを求めなかったのは月明りに暴かれたあの光景を見てしまったからなのだ。
「沈マザル船」リバイア号のすでに朽ちかけた舷側にいくつもの空いた無残な大穴。その穴から1人、また1人と海へ落ちて行く乗員たち。必死で助けを求める遭難者、懸命に救助の手を差し伸べる甲板員。しかし船が停まることは決してない。「常ニ前進セヨ」という「船ノ意志」は絶対なのだ。甲板からは舷側の大穴は見えない。見えるのはただしだいに数を増しつつある転落者たちのみ。
「レウカ! あの穴を見ろ、リバイアはもう駄目だ! この板に賭けよう! 」。私は君に呼びかけた。だが、私の声は助けを求める君の声にかき消されその耳には届かなっかたようだ。あるいはまだ解けぬ「船ノ意志」の呪縛が君の目を覆い、耳を塞いだのか……。
仮にリバイア号がこれからも沈むことなく航海を続けるとしても私には戻る気はない。あのとき船に追いつこうと泳ぎもせず、君と違って助けを求めもしなかった私は、「嵐二乗ジ船体ヲ破壊シ、逃亡ヲ図リタル奴隷」と見なされ罰を受けることだろう。
奴隷? そう、あの船に乗員などいるものか。船長までがいつしか「船ノ意志」に盲従する奴隷になってしまっていた。しかし私は奴隷ではない。「船を捨てたおまえなどもはや船乗りでもない」との謗りは甘んじて受けよう。しかし私は決めたのだ。船の奴隷であるより自分の主人であろうと。今となってはこの板切れこそが命を共にできる私の船である。さらば! 呪われし不沈船よ。
あの後私は数日間の漂流の末、無人の孤島にたどり着き、無事こうして今まで生き延びた。あれから君はどうしただろうか。今なお辛うじて航海を続けるリバイア号に拾われ、今頃は1日の苦役を終え、支給の酒に酔っているのか。それとも……。
願わくは運よく生きのびた君が、私と同じようにどこか美しき孤島で、あるいは仲間と漂う筏の上で読んでくれることを祈って、このビン詰めの手紙を海流に託すことにする。よい新年を。
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