●2003年8月1日 第19号
◆ひきコミ・第19号
●文通・・・「相談先を紹介します」/「PF(理解者)を募ります」/「歩き始めるために 」/「ふり返って思うこと」/他
●自己紹介
●五十田猛「引きこもり期の発見」
◇心の手紙交流館(編集)
◇あゆみ書店(発行)
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◆ひきコミ・第19号
●文通・・・「相談先を紹介します」/「PF(理解者)を募ります」/「歩き始めるために 」/「ふり返って思うこと」/他
●自己紹介
●五十田猛「引きこもり期の発見」
◇心の手紙交流館(編集)
◇あゆみ書店(発行)
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ヨーキー 〔東京都葛飾区 母親〕
第18号に相談私設施設を募集中とあったのでわが家のことをお知らせしたく書いてみました。
現在中3の娘ですが、中1の3学期(H13年1月、2年前)からまったく学校へ行かなくなったので、国府台病院(市川市)と葛飾区総合教育センターのカウンセリングへ親子で3か月程通いました。本人が嫌がり、本人は両方止めました。
親(私)だけは今も葛飾区立総合教育センターに月1回の割合で続けています。合わないという人もいますが、じっくり1時間無料で話を聞いてくれ(後からお願いしてそうしてもらいましたが)、よくないところはアドバイスしてもらいました。学校の時も1年ほど相談しに行ったのでもう3年も通っています。
本人自身がどこへも相談機関に通っていないので探して(中2、1学期から)新たに東京都教育相談センター(目黒区)アドバイザースタッフをお願いして家に来てもらいました。これは無料なのでお勧めです。心理学部の大学生が週に1回2時間家に来てくれ、勉強は教えることは出来ない決まりなのですが、話し相手、ビデオ鑑賞、コラージュなどをしてくれます。
その後、1年ほどわが家へ通ってくれた後、東京都教育相談センターの担当の先生、学生、親と3人で月に1回ほど、東京都教育相談センターに集まり様子を話し合い指導してくれました。
次に家の外で学生スタッフと教育的な場所で(喫茶店はだめ)会うという目標で、学生さんが娘に話してくれました。初めは嫌がったのですが、2か月後から葛飾区立総合教育センターの一室を借りて、そこへ出かけられるようになりました。
大雨が降って行けない日もありましたが、月1~2回センターで学生さんに会いに、家に月1~2回来てもらい、続けているうちに出かけられる自身がついたようです。
来春から週1~2回なら通えそうだからと、通信制高校(北豊島高校?類、スクーリングが多く、平日講習が希望で受けられる)へ行くことになりました。
葛飾区立総合教育センターのカウンセリングへは本人は通っていなくても私が通って娘のことを相談しているのでよく理解しています。その先生と東京都教育センターの担当者の先生と、娘と直接かかわっている大学生の3人の連携で娘の様子や時期をみながらタイミングよく指導してくれたお陰で前へ進めることができたと感謝しています。
3か月前には中卒後の進路が決まらずどうなるのかと心配していました。あまりせかさないように親の意見には1,2度言うだけにしていましたし、中2の1学期から私だけ月に2回の割で精神科の医師の元へ通い日常生活で困っていること、2週間の間に起きた問題などを話して指導してもらいました。不登校は家族だけではどうしようもない問題なので定期的に専門家に相談することをお勧めします。
私が通った所は、青山渋谷メディカルクリニックで、予約制で待たされず一人20分と時間が決められているのでその中で質問することのメモを準備して行きました。
基本的には不登校児は親への依存心が強いこと、私の場合は子どもを押しすぎるので、それをひかえるようよく注意されました。
学生スタッフと本人とのかかわりは、本人と対等の立場でつき合ってもらえたこと、外の風が家へ入ったことがよかったのでお勧めします。
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スピカ [埼玉県上尾市 女 31歳 ニッタ-]
<懺悔>
あたしの一番大きな罪は、この世に生まれてしまったことです。でも勇気がなくて死ねなくて、生き恥をさらしてます。ごめんなさい。
いつでもひきこもりに戻りそうで、必死に動き回った昨年。
欲しい情報は自分から取りに行かないと得られない、有意義に過ごすには、自分から動かなくてはならない…。そう思ってやってきました。
でも、誰かと関わろうとする時、相手の考えが分からないと対処ができません。思わせぶりやどっちつかずのままズルズルと長引いて、結局ダメになった時の落胆は大きいものです。
しょせんあたしもひきこもり。疲れました。うつになりそうです、
電話友達がほしいです。年の近い女性と、修羅場慣れした男性。苦しい時に頼れる人、自分の気持ちを言える人、自分の言葉に責任が持てる人。手紙だけなら、ひきこもりから、少しでも快復した人、したい人。
以前ご縁のあった女性、こちらから連絡取れない人もいるので。
<好ましくないと思います>
私は情報センターへ頻繁には行かれません。めったに会えないのに相談したくてやっと話せて、そろそろ本題に入ろうとした所でカウンセラーに邪魔をされて連れて行かれ、結局、悩みを話せないまま、帰宅途中の駅で泣いてしまったことがあります。人の世話をするのも結構ですが、もう少し、状況判断をしてもよろしいかと思います。
また「助けてやる」的な態度のカウンセラー志望の人からは、結果的に、その人のグチを聞かされ、泣かれたことも1度や2度ではありません。
私も、ギリギリの精神状態なので、こういう立場の人に対しこんな思いをするのは、非常に苦痛に思います。
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オーパーツ [福島県いわき市 男 40歳]
「不登校なんて甘えている、逃げだ」「社会はもっと厳しいんだから我慢して学校へ行け」という人々がいる。「僕だってがんばってやってこれたんだから、お前らだってがんばれるはずだ」という意見を不登校、ひきこもりに関しても何度となく聞かされ、「またか」と思う。
強者の理論は、それをやり通せた分だけかっこいいし、苦労もしただろうとは思うが、弱者への理解は本当に単純である。人はやはりあれこれ思い悩んだ分だけ、奥行きが増して心のしわが深くなるように思う。それが弱者の強みである。宗教も弱者のための特権であって、強者には、本質的に必要ないのかもしれない。
そう思ってふとアメリカのことを考えた。アメリカも強者の理論を振りかざして成功してきたがゆえに、弱者の気持ち、立場をなかなか理解できないのか? それが嫌われる理由か? と。
思えばイラク、北朝鮮、テロなどが暴走したり、アメリカを敵対視する本当の理由も、逆にキリスト教国家であるはずのアメリカがこれらを許そうとしない本当の理由もまだまだよくわからない。
私なぞはどうしても集団のゆがみという目で社会を見てしまうので、冷戦終了後、全世界的にアメリカ主導の下でグローバリゼーション(和)とかに巻き込まれて、その地域的ゆがみがそれに乗り損ねたイラク、北朝鮮に集中しているように見えて、非常にかわいそうにも思う。そもそも日米安保やアメリカとイスラエル(サウジ?)のゆがんだ協調関係が逆に外に標的とつくってしまっているということはないのだろうか?
北朝鮮の本当の内実、周りからのプレッシャーを理解せずに敵対視しているうちに、日米韓ロ中がいつのまにか同じ側に立って問題国のことを案じている。解決はやはり多少(?)暴走してもそういう国を孤立させないということなのだろう。
かたやアメリカは強者の理論を保つために、常に弱者、敵を外側につくらないと内なる安定が保てないなのだろうか?(ジャパンバッシングとかもあった)。今のイラク攻撃も、同時多発テロで長きにわたった強国の理論が崩れかけて、それを必死に食い止めようとしている姿のようにもみえるのだが。
何がアメリカを強国主義、単独主義たらしめるのか? 歴史、文化がないのでそれだけがよりどころなのか? アメリカも9.11で大きな痛手を受けたのだから、弱者の立場にもうちょっと歩み寄った視点があってもいいと思うのだが。国家の自立とか未熟性は、どこでどう判断すればいいのか、どこまで社会構造の根源に踏み込めば見えてくるのか?
そしてそれは日本もたぶん同様であり、問題はどうしてもアメリカ依存の話にいく。アメリカの顔色を気にする日本政府、旧体制依存の官僚、官僚依存の政治家、政治家依存の地域住民、そのもとで依存的な専業主婦、パラサイトシングル、すみずみまで依存が行き届いている。
地域共同体の崩壊は天皇に象徴される家父長制の崩壊であり、それは単に核家族化や近所に叱れるおじさんがいなくなったというレベルの話ではなく、もっと根源的な日本的ナショナリズムの崩壊だったのかもしれない(今の懐古ブームも、もう一度、土台復興をという願いの表れなのだろう)。
つまりそれまでは日本的なものをまだ残しながらのアメリカ依存だったのが、1960年代以降、土台の崩壊ですっかりアメリカ依存症(それなしではやっていけない)状態に陥ってしまったように思える。ただのどこぞの先進国ということである(アメリカがここまで想定していたとしたらやはり相当したたかではある)。
そしてだとしたら、その改革はたぶんかなり難儀である。私も含めて自分の中に日本的土台をあまり感じない世代がこれから日本の世論の大部分になっていく中で日本の自立を考えることは、まさに依存症からの脱却に等しい。これからの若者に期待するよりも50代、60代のまだ土台のしっかりしている人たちに今のうちに何とかしてもらいたいというすがる想いもあったりする。その体質はひきこもりの自立の難しさに相通じている。
ひきこもりの人というのは、糸の先端を母親にしっかり握られた風船のように感じることがある。自己の土台がしっかり根付いていないために、母親から糸を離されたらどこに飛んでいってしまうかわからない怖さ(見捨てられ感)がある。一部の少年の暴走もそこに要因があると思う。日本とアメリカの関係も実はすでにそうなっているのかもしれない。
その時に糸を握られたまま母親主導で自己改革していくのか(たぶんつながったままでは本質的には変わらない)、糸を切って(自らの意志か外からの強制力で)古い価値観とおさらばして本質的に構造改革していくのか(でもどこに飛んでいっちゃうかわからない)、その方向性の選択が迫られることになる。
以前自助グループに参加した時に、悩んでる人が「今にも世界が崩れ落ちそうで怖い」と言っているのを聞いて、「それは古い価値観だから早く崩れちゃったほうが楽になるのに」とアドバイスしたことがあった。後でその話を義理の兄にした時に「軽々しくそんなことを言うもんじゃない」とたしなめられた(自分は崩れ落ちて楽になったかということらしい)が、そういう人へのアドバイスの難しさを痛感した。
本質か現実か? 本質を選べばぐちゃぐちゃな内部がみえてきて社会適応できなくなってしまうかもしれない。現実を選べばいつまでも納得できない圧しつけられた古い価値観に縛られ続け、停滞する。対処療法にとどまる。そうはいっても否応なしに状況的に糸を切られ、絶望の中で本当の自分と向き合わされる人もいる。たぶん今の日米関係のようにまだその関係が保たれているうちはその中で対処していくことがベターなのだろう。しかし母親に絶望し一人孤独感の中で耐えている真性ひきこもりのような人はどうすればいいのだろうか?
自分の経験の中にその解決につながるヒントがあったように思う。自分もある出来事を通して母親に絶望してからひきこもることになってしまった。それはまさに糸が切れた風船のようだった。ただ幸いなことにまわりに理解者が多かった。義理の兄は大学時代に自立の問題で一年悩み続けたため、同じようなものだろうといって親に強制しないようにと話してくれていたし、知り合いの精神科医二人を紹介してくれた。
父親の知り合いにも東京の心理カウンセラーがいて二人にカウンセリングしてもらった。また近所の若い牧師が友達的に関わってくれた(最初はしんどかったが)。さらに米沢の教会が以前から義理の姉を通してつきあいがあったため、そちらでもカウンセリングして頂いた。
このように何人も違う人々にカウンセリングしてもらえたことで、その後何か一歩自分の足で前に歩いてみようとする意思の発動が生まれてくることになる。多角的にカウンセリングしてもらうことは一人のカウンセラーの不充分さを他の人に補ってもらえることで、幼児期の無条件の親の関わりに近づいていく。
ひきこもりの人に必要なのは何をしても許されるという幼児的無条件の関わりだと思う。その中で、今まで恐怖で壁の中に閉じ込め続けてきた本当の自分がうごめき始める。強制されずに何かをしてみたい欲望が出てくる。そして自ら決断し一歩歩き始めればそこから先は「出会い」がその人の運命をまた導いていくだろう。
できれば一人のひきこもりの人に最低三人の理解者の関わりがあるとかなり無条件状態に近づくと思う(そこに新たに親が入れるかどうかだが)。孤独な母親を地域ぐるみで支援する体制がとられているように、幼児期の問題を抱えている人々を多角的にカウンセリングしてくれる場とかを社会的、地域的に作れないものだろうか?(ひきこもりの人数とそれを治療する人の数との比率を考えてみても明らかに条件は厳しいが、近親者の協力とかがあれば可能かも)。ただあくまでそれまでの母親の価値観をどうにかして捨てた上での話だと思うが。
前に「平成教育委員会」という番組で、静電気の実験をみた。それはシャボン玉が両手の中で静電気の力によりどこにも触れないのに一定の場で浮遊し続けているというものだった。私のひきこもっていた時もそんな状態だったかもしれない。糸は切れていたが理解的静電気の中で浮遊していたために、あらぬ方向へ飛んでいったり強制力でつぶされることなくなにか動きたくなっていった。これは根っこのない依存症からの脱却へのきっかけ、方法論としても有用だと思う。
日本にとっても本当の理解国とはどこなのか? もしアメリカだとしたら何を言ってもちゃんと面と向き合ってくれる国なのか? 原爆の衝撃と脅威で日本がただ仲のいいふりをしているだけではないのか? アメリカから自立できないのは本当に北朝鮮の脅威があるせいなのか? 北朝鮮問題が解決してもまだまだ外からの脅威は続く。
冷戦が終わった時点で日米安保の意味(どこが敵か? なんで必要なのか?)を問い直すべきではなかったのか? どこかでふんぎりをつけなくてもいいのか? 経済の停滞はアメリカ依存症の限界を示しているのではないのか? いろいろ思い浮かぶが、いずれにしても呪縛から解放されて他国に多角的協調をお願いすることが、この国があらぬ方向へ進んでいかずに本質的に動き出すための最低条件になるように思う。
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正富 [群馬県高崎市 男 30歳 臨時雇い]
こんにちは。めっきり寒くなりました。みなさんいかがお過ごしですか?
さて、僕は記念すべき第1号に掲載させて頂きましたが本誌への投稿はそれきり途絶えてました。では何故、長い間、間隔をあけて再び投稿したのかと言えば、この誌面を通じて理解者(PF)が欲しいと思ったからです。
まずは、軽い自己紹介します。職業は某製造工場で臨時雇いのアルバイト。趣味と呼べるものは特にナシですが、楽しんでられるのは文章を書いている時と、高校野球観戦です。性格は几帳面で堅実型。ちなみに休日は家でゴロゴロノンビリするのが好みです。
『ひきコミ』の名通り、この雑誌は「引きこもり」の進行形にいる方、もしくは過去にそんな経験をされた方etc.が主体となった参加型雑誌ですが、僕は後者です。
書ける範囲内の事を書いてみます。高等学校在学中に周囲の連中からさんざんコトバによる暴力を受けて、自己を信じる力が喪失してしまったのです。幸い卒業はしたのですが、それが原因で引きこもるようになってしました。
しかし、心の傷が癒された7、8年ぐらい前から遅まきながら働く生活を始めました。だけど全てがアルバイトですが・・・。
正規の社員として働きたくて面接は何度も重ねましたが、経歴的な部分(引きこもりからくる履歴書の空白部分etc)がハンディとなって、ままなりませんでした。
この先の目標としては、2、3年以内に職業訓練校もしくは工業系の短大へ進学して資格を取得することですが、迷いや不安も多々あります。
例えば学校へ進んでも周りは成人前後の若者が主体でしょう。その中にあって30代の僕が彼らと協調していけるだろうか? さらには「ずっと年少の奴からなめられでもしたら」大変ショックです。
今回の掲載の目的がPF(理解者)を募ることは冒頭でも伝えましたが、僕は世間的な30歳像とはかなりギャップがあります。僕ぐらいの年齢になると腕に仕事の技術があって、私生活でも所帯を持ってもいいはずなのですが、僕の社会経験は前述どおりです。人付き合いにしても、いつでも一人ぼっちで恋人いない歴?年です。
男女年齢問いませんのでお手紙下さい。地元やその近郊在住の方とは直接会えればよいです。
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◆ひきコミ・第18号
●文通・・・「個人と集団」/「異性とお付き合いされてる方!」/「読書レポート「激論!ひきこもり」」/他
●長編体験手記「引きこもり模索日記(1)」
●五十田猛「精神的な自立と依存-対人関係の回復から社会参加の過程(1)-」
◇心の手紙交流館(編集)
◇株式会社子どもと教育社(発行)
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ミズキ [東京都八王子市 男 38歳]
私は現在、社会生活を営む上で障害となる症状を抱え精神科に通院中である。しかし自分か仕事をせず人とも会わない理由を「心の病気だから」の一言ですませたくはない。社会の構造が生み出した病を抱えた者が、その病を社会に参加できない口実にするのは本末転倒だと思うからである。
「人間は社会のために努力(労働、勉強)すべきである」という旧来の常識が、慢性的な疲労と憎しみを生み出している現状を批判し、あえて「理由が何であれ働きたくないときには働かない自由」を主張してきたのもそのような思いからである。
ちなみに支援団体「タメ塾」(現在では青少年自立支援センター)代表の工藤定次氏は、私のような人間を「引きこもりもどき」と呼んでいる。つまり引きこもり問題を都合よく隠れみのにして、ぶらぶら遊んでいるだけの怠け者ということなのだそうである。
この本はその工藤氏と「社会的ひきこもり」の著者として有名な斎藤環医師の対談である。片や「こわもての民間援助者」、片や「良心的なドクター」(4、5P)。
タイトルから受ける印象の割にはおおむね歩み寄りムードのうちに行われたこの対談のうち、両氏の意見が最も分かれたポイントの一つは、支援者が場合によっては手を掛けて(要するに力ずくで引きずり出して)施設に連行することの是非についてであった。
工藤氏の自立観は明快で「自立とは自分の力で飯を食うことだ」(162p )。したがってタメ塾の目標も塾生の「労働による経済的自立」にある。そして彼が施設への強行な連行を正当なものと主張する根拠が、なんと「引きこもり者の自由」だというから驚きである。
本当なら実にありかたいことだが、しかし工藤氏の使う「自由」という言葉、なかなかのクセモノなのである。読みながら私は思った。かつて力を待った者が、支配という目的を隠すため、逆に自由を尊重するかのようなポーズを装いながら現れたことはなかったか。
そして浮かんできた言葉が「労働は自由への道」であった。ある意味でタメ塾にピッタリのこのスローガン、門にでも掲げてみてはいかがだろうか。
それにしても一体なぜ強制連行が自由尊重の結果なのか。彼は言う。
「おれは、彼らに『絶対的自由』を獲得してはしいんだよ。(中略)人に養われてるという状態は、精神的苦痛を伴うと思っているから、その状態から自由になってもらいたいと思っている」(49~50p)。
奇妙な論理である。自由のない「不自由」と自由を自覚できない「気兼ね」がさりげなくすり替えられているのも気になるが、そもそも引きこもり者は親に養ってもらっているから不自由なのではない。不自由だからこそ親に養ってもらっているのである。
仮に手足に障害があって不自由を感じている人が親の庇護を受けていた場合、やはり工藤氏は力ずくで引っ張り出すべきだと主張するだろうか。
もし「手足が動かないから働けないのなら障害だが、働く欲求がないから働かないというのは単なるワガママだ」と断言する人がいるとしたら、それは単に心の問題に対する無理解をさらけ出しているに過ぎない。
傷つくことによって失われ、決して本人の努力や外部の要請のみのよって回復するものではないという点て「働く欲求」は手足の運動能力と同じである。
これに対しては思考停止に陥った常識人からの「欲求なんかなくたっていいからとにかく働け」という声も当然予想されるが、工藤氏はそんなことは言わない。少なくともタテマエ的には物分かりのよいリベラリストの立場に立つ以上は言えないのであろう。
もし工藤氏が「彼らに絶対的自由を獲得してほしい」のならば、当然「働かない自由」をも尊重するはずである。
だが、彼は言う。「本人だけが自由で、自己主張しているかもしれないけど、じゃ、家族はどうなのか、周辺はどうなのか」(139 p )。
「家族の身に及ぶ危険が大きい場合の対処法」という、そもそも引きこもり支援とは別次元の問題について、ここで私か言うべきことは特にない。
しかし「子どもが働かないから親が困っている」という状況が、必ずしも「引きこもり者が親の自由を奪っている」ことを意味する訳ではないという点は指摘しておきたい。
自由と責任の所在を明確にする立場からは、たとえイヤイヤであろうと彼を養う以上、親は「養う自由を行使している」と見なされる。働かない者を家族がどうしても許せないというのであれば、彼をどう処遇するかという問題に結論を下す自由と責任は家族の方にあるのだ。
といっても本人と家族が互いの自由を侵害せずにすむ解決方法といえば「本人の餓死する自由を認めて一切の援助を打ち切る」ぐらいしか私には思いつかない。
しかし少なくとも私は、いざとなればそのような親の冷酷な決断を許す覚悟は自分に課しながら引きこもってきたつもりである。「死ぬか引きこもるか」という状況にまで追い詰められている者に、どちらかといえば自由に恵まれているはずの親が解決の責任を押しつけることこそ、「冷酷」に劣らず性質の悪い「甘え」というものであろう。
まずなにより[リベラリスト]工藤氏が大手をふって引きこもり者を強制連行できるのは、実は本人の「同意」をタテにしているからなのである。
「前の日には本人が『行く』と言っていても、次の日には体が動かなくなるケースはよくある」(119 p )。そういう時は「拒絶した体に手を添えるからな」(117 p )。
しかし考えていただきたい。人と会わない普段でさえ「社会のために働くのが当然」という常識からの批判に脅えている引きこもり者のうち、その常識の世界から現れた人間に、オメエも本当は働きてえんだろ? などと面と向かって詰問されて「いいえ」と答えられる者が果たしてどれだけいるだろうか。
「□がついた嘘を体が裏切る」という現象は心に問題を抱えた人には珍しいものではあるまい。自己が統合されておらず自分にも嘘とわからぬ嘘をついてしまうからこそ、さまざまな問題も起こるのであろう。
ちなみに「引きこもり」こそは自己統合を遂げ「働きたくないから働かない」と主張できるようになる(つまり工藤の言う『引きこもりもどき』になる)ために必要なプロセスであり、治療者はその自由を保障すべきである、という説得力に満ちた医学的見解もある(思春期内閉症)。
しかし工藤氏はこの選択肢をおそらくは故意に無視し、これ好都合とばかりに引きこもり者の「口がついた嘘」を強制連行正当化の根拠にしているのである。
前にも述べたが引きこもり者がしばしば発する「本当は働きたいんですけど」という言葉の裏に、社会のプレッシャーによるバイアスを読みとれない、読みとらない人間が支援に携わっている現状に私は大いなる疑問を抱いている。
ましてや公共の電波で「働きたくないから働かない」と主張する者を放送に堪えないような言葉で罵り(2001年4月29日、MXテレビ『Tokyo boy ・ 引きこもりの実態』一工藤氏の音声は一部カットされた)、引きこもり者に自ら進んでプレッシャーをかけるような人物などは論外である。
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パンダ [三重県員弁郡 女 27歳 家事手伝い]
ひきこもりがちで(病気やいろいろな理由で)でも自分は異性(彼氏・彼女)がいるという人もたくさんいると思います。私も、そのうちの一人です。
私は中2から病気をひきずって今どちらかといえばひきこもりがちです。でも私にはパソコンのインターネットで知り合った彼氏が一人います。元気な日に2回逢いましたが、毎日のテルとメルだけでは、不安で仕方ありません。
いつまであなたは私を見ていてくれるの? 私は病気なのよ! 弱い人間なのよ、どうして私の側でいつもいつも笑っているの? と思っているパンダです。
あなたの話も教えて下さいませんか?共通の話で盛り上がりませんか? でもお互い期待だけは持たないようにしましょうね。これが私の考えです。よろしくお願いします。それでは後日、逢いましょうね。楽しみにしています。
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オーパーツ [福島県いわき市 男 39歳]
現在の教育や子育ての方向性の問題で、「自立と貢献」や「独立と共存」といった、自分の個性を育みながら同時に他人や社会ともうまく調和するようにという意見をよくきく。
私自身も自分のアイデンティティーはだいぶ育ってきたので、自己洞察とか他人の行動心理の分析想像などはよくわかるようになってきたと思う。
しかし、じゃあそういう他人と関われるかというと、これがまるでダメなのである。他人の未熟さで何をされるのかわからないという怖さがあり、ミーティングやジムや電車など、多くの人が集う場に入ると、とたんに身の置き所がなくなり緊張してくる。いわゆる「居場所のなさ」の問題である。
テレビを見ていても、大家族スペシャルとかホームドラマとか、どれも各々が自分を出しつつ、家庭や職場の中で自分の居場所を必死で獲得しようとしている様がうかがえる。「大家族」とかは、あのぐちゃぐちゃの人間関係の中で、キャッキャッできる強さはいったい何なのだろうと素直に感心する。
どうやら心理学でよく使われる「アイデンティティーの確立」と「居場所感」が、家庭や社会の中での人間関係を安定させる二大要素といえそうである。
いじめの問題でも、もし誰か嫌な奴がいたら1対1でやりあえばいいのに、いじめる側はどうして徒党を組みたがるのだろうか?たぶん表面的にしかつきあえない人たちが、誰かを仲間はずれにすることで自分たちの関係の安定性を図ろうとする、村八分的ゆがんだ居場所の獲得を無意識でやっているからだろう。
そういう未熟な人たちは誰か一人そういう対象がいればそれが誰でもいいわけであるから、もし孤立した人を助けておはちが自分に回ってきたのではたまったもんじゃないと、周りの人が傍観者になるのもわかる。
そのいじめ合いの関係性から距離を置きたいという心理だと思う。学校のいじめは単にいじめ合うその人たちの問題ではなく、未熟な人たちが1つのクラスにまとめられることによる、どうしようもないひずみの表れなのかもしれない(たぶん上に立つ先生の対応でそのひずみは大きくも小さくもなるだろうが)。
同時にいじめられる側にも問題があることを、集団を恐れる自分の体験を通してまた見えてきた。自分も去年やっと誰かを標的にしたい思いをのりこえたと思ったら、また今年大きな問題が浮上した。
職場の中で「つるんでいる」人たちを見ると無性に腹が立ってくるのである。ランチメイト症候群とかで誰かとくっついていないと不安な人たちが今や多いそうだが、前述のようにその人たちの関係安定性のために、自分が孤立阻害され犠牲にされそうですごく嫌なのである。
これもまたたぶん幼い時の母親との関係のキズだろうと思い、いったいどういうことなのか探ったが、しばらくは全然わからなかった。
そして最近になってわかってきたことは、今回は誰かを標的にしたいのではなく、集団から自分が標的にされるのではないかという恐怖を、幼い頃からずっと持ち続けていたということだった。
そしてその恐怖の原因にもようやく気がついた。前回書いたように、私か生まれた頃、母親は社宅の中での上司の奥さんたちとの狭い人間関係で疲れはて(たぶん標的にされた)、げっそりやせ細っていったと父親も言っている。
父親としてもそういう母親を何とかしなければと思い、新築の家を建てることを決めたそうである。そういう動機で家を建てるというくらい、母親の状況は深刻だったと思うのだが、家が建つまでの何年間は社宅に住み続けないといけない。
その間の母親の精神救済、家庭安定、父親のフォローとして幼なかった私か先の村八分的犠牲を負ったと考えると、集団に対する自分の恐怖心とよく一致する。
父親もまた養育歴に問題があり、そういう関係性でしか母親をフォローできなかったことは理解できなくもないが、当時の自分の置かれた状況を想像すると、あまりにも苛酷で涙が出そうになる。自分に対する精神的な親のフォローというものがなきに等しかった。
かくして私は自分を殺して「いい子」になりすまし、親の敷いたレールにのることで居場所を与えられ、何とか生きのびることができた。つまりそれは地獄の中の救いの一本道であり、そこからの挫折イコール地獄への逆戻り、つまり「ひきこもり」行為におよんだというのが自分の半生の総括である。その集団の一員ということで父親もまた許せない。
このように誰かを標的にしたい思い(アイデンティティーのトラウマ)と、集団から標的にされる恐怖心(居場所のトラウマ)がからみあって、いじめが生じていると理解できる。仲間はずれにされるより、嫌な思いをしても、その集団の一員でいたいという思いや、ちょっとしたからかいや注意で「キレる」という現象も何となくわかってくる。「キレる」の根底にはやはり注意され集団から標的にされることに対する恐怖があると思う。
そもそも標的を作るということの根底には、母親からのトラウマを通して人間全体への「絶望」の壁が根深くびっしりとはられている。その壁はそこに閉じこめた怨念を誰かにぶつけて背負わせない限りこわせないことを実感した(家庭内暴力の心理か?)。私の場合もキリストにぶつけてその壁がこわれる時、「もう人間も集団もホトホト嫌だ」という何ともやりきれない思いを通って、やっと光が見えた。
何かそんなにホトホト嫌だったのか?アイデンティティーのトラウマは、母親がまたその父親から受けたつらい過去の怨念を自分にぶつけてきたという、親子連鎖のキズだったと思う。
居場所の方は社宅のひずみが母親を通して自分にのしかかったというキズだったと思う。
日本の歴史のゆがみと高度成長という地域的なゆがみのクロスする時代に置かれていたがゆえに、アイデンティティーも居場所もない、地獄のような状況で生きなければならなかったのがわれわれの世代ということか?
思春期において、自分がどう生きるかは個人の問題であり(親的自分)、学校で何を教えるかは生きる手段の問題(大人的自分)だろうと思う。
ただ幼児期に、その基礎となるアイデンティティーと居場所感を獲得して、人間的自分を持てるかどうかは、本人の努力以前の人類や社会の共通問題ではないのか? 子どもとしての自分を獲得しない限り、親的自分(相手への思いやりや自己責任)は生まれない。それは犯罪者の例を見ても自己体験的にもそう思う。
自意識の有無は本人にもまわりにも非常にわかりづらいが、不幸にも自分を獲得できなかった人がどうやって生きていけばいいのか、その処方箋を考えることは、学力低下や犯罪問題もおそらくからんでくる。難解かつ重要なテーマになってくるだろう。
生きる力や考える力が学校の教育で生世代ということか?
思春期において、自分がどう生きるかは個人の問題であり(親的自分)、学校で何を教えるかは生きる手段の問題(大人的自分)だろうと思う。
ただ幼児期に、その基礎となるアイデンティティーと居場所感を獲得して、人間的自分を持てるかどうかは、本人の努力以前の人類や社会の共通問題ではないのか? 子どもとしての自分を獲得しない限り、親的自分(相手への思いやりや自己責任)は生まれない。それは犯罪者の例を見ても自己体験的にもそう思う。
自意識の有無は本人にもまわりにも非常にわかりづらいが、不幸にも自分を獲得できなかった人がどうやって生きていけばいいのか、その処方箋を考えることは、学力低下や犯罪問題もおそらくからんでくる。難解かつ重要なテーマになってくるだろう。
生きる力や考える力が学校の教育で生まれるとはどうしても思えないし、学力の低下もゆとり教育の弊害なのか意欲低下なのか、つまり人の内側と外からの刺激の関係性の問題であり、シャッターをおろしている人に外からの刺激は伝わらない。そしてその時にただ自主性だけでいいのか強制力が必要なのか、そういう複雑な問題をはらんでいる。まれるとはどうしても思えないし、学力の低下もゆとり教育の弊害なのか意欲低下なのか、つまり人の内側と外からの刺激の関係性の問題であり、シャッターをおろしている人に外からの刺激は伝わらない。そしてその時にただ自主性だけでいいのか強制力が必要なのか、そういう複雑な問題をはらんでいる。
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◆ひきコミ・第17号
●文通・・・「「社会的暴力」論」/「孤独な恐慌」/「少し元気です☆」/他
●手記「逆ひきこもり(4)」
●体験手記「アザのあるのが本当の自分の顔なのに(2)」
●創作「ニンフ~深い森に棲む妖精~」
●五十田猛「収入につながる社会参加の場づくり」
◇心の手紙交流館(編集)
◇株式会社子どもと教育社(発行)
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