居場所をめぐる社会的背景を考えてみる

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居場所について書きすすむ前に社会状況との関係を述べておきます。
およそ10年前には、私は引きこもりから社会参加への道をどうつくるのかに意識の重点があったように思います。もっとその前は就職が目標であり、その力をつけるためにアルバイトそのほかの中間的な就労を考えていました。それが私の社会参加というときの出発点です。
それが就職中心から社会参加という言葉に変化しました。私がこの点で参考に聞くことができたのはほとんどが引きこもりの経験者たちであることは忘れないでいてください。彼ら彼女らが就職先を辞めてきた経験談をよく聞きました。また就職に向かう不安をよく口にするのも聞いていました。その一方でアンケート「引きこもりの人が望む将来生活の姿」をしてみたところ、就職以外に自営・自由業の志向が強いこと、とくに年齢が高くなるにしたがいその傾向が高くなることがわかりました。

数年前になって感じたことは、社会のほうから引きこもりに近づいてきているという感覚です。こちらが社会に近づこうとしていたのに社会が引きこもり状態に近づいている雰囲気です。ある学者が、引きこもり・ニート、失業者、貧困者、ホームレス、あるいはワーキングプアの状態など(どれを項目にしていたのかの記憶は曖昧なのですが)を「地続きになっている」と書いているのを見て、これは私の感覚と似ていると思いました。
このことはいろいろな面から考え、また説明していかなくてはなりません。社会の指導者たちの意図的な動きを超えた事情があります。たとえば登録型・派遣型就労の導入など政策的なことを前面に説明するとわかりやすいかもしれませんが、それだけでは事情を単純化しており説明していない背景を感じるのです。

そこで少し前から、「世の中の動き」とか「歴史の転換点」という言葉で、この状態を説明しようとしてみました。
「世の中の動き」とか「歴史の転換点」というとき、少なくとも次の状況があります。
①、本格的な情報社会がまじかに迫っている=インターネットの普及と利用者の拡大。その背後では従来のさまざまな産業の衰退や社会事情の変化があります。
②、旧来の社会関係(地域共同体、家族関係、企業社会など)における人間関係が緩んでいく変化のなかで、“弱さでつながる”人間関係が新しい社会関係として成長しつつある。

<「引きこもり」などなんの役にも立たない、まったく意味のない無駄な経験だと思っていたが、この経験で多くの人達と繋がりが持てたのは全く予想もしないことだった。>
これは森田はるかくんの長編の体験手記「引きこもり模索日記(7)」の最後にある言葉です。
居場所とは、この“弱さでつながる”人間関係をつくる場ではないのか、社会的弱者の基礎的な単位になると思えるのです。生物の細胞のような、物質の分子にあたるものです。このような視点から居場所を「世の中の動き」の一つとして見る目がいるし、その自然な動きを見守るスタンスがいるのではないか。どこかにそういう必要性を感じつつ居場所生活をしてきたのです。

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