関西にあるあるサポート校からの連絡がありました。不登校情報センターの取り組みに参加したいという申込みです。電話のやりとりでその話が終わったあと、その人が「話がぜんぜん違うのですが、松田さんは以前に◇△出版社にいたのではありませんか?」と問いかけてきました。
私が「そうです」というと、「いま名前が違っていますが、以前に○▽にいた☆ですが、覚えていますか?」。もう30年近く前のことですが私にはすぐにわかりました。
長い月日の間のことを話せる時間はありませんが、その先生には出版社時代に何度か原稿の執筆を依頼したことがあります。年齢は私よりも少し下のはずです。私の出版社時代の関心は、“落ちこぼれ”とか“非行”とか人間教育の原点になるようなことに関心を持っていました。その延長がいまの不登校・登校拒否の問題につづいたのです。
私のこのような関心や教育課題に共感していた教師は多くいました。いやそういう教育課題に関心を持つ教師がいたからこそ私の関心は生まれたのかもしれません。☆先生もそういう教師のひとりでした。闘いを続けている教師はいる、電話を終えた後も心強く思いました。年末のうれしい便りでした。
「支援者・援助者」カテゴリーアーカイブ
支援者募集サイトを活用しませんか
ツイッター上の「つぶやき」に次のような講師募集がありました。
「NPO法人○○では、講師を募集しています。不登校、ひきこもり、中退を経験した若者の教育・指導に興味のある方は是非ご応募ください。」
他にもボランティア募集などの「つぶやき」もあります。
そのうちの2人にそれぞれ次のような返事を送りました。
(1)不登校情報センターのサイト内に「支援者の求人コーナー」があります。ボランティアの募集もOKです。メールopen@futoko.co.jpで募集案内を送ってください。そのまま掲載いたします。料金は無料です。
(2)不登校情報センターのサイトに「支援者募集コーナー」があります。要旨をメールでお送りいただければそのまま掲載いたします。正規、非正規、ボランティアなどいずれもOKです。料金はかかりません。
別に「支援者にないたい」コーナーもあります。
〔追記〕さっそく「支援者求人コーナー」に申込みがありました。
「障がい者雇用促進」と引きこもり支援
「障がい者雇用促進」をすすめている株式会社D&Iの人が尋ねてこられました。
不登校情報センターとして引きこもりの自立にどんなことをしているのかという質問から始まりました。その質問にはそれなりにお答えしたのですが、別れた後で少し違う点を考えてしまいました。
主に話したのは、対人関係づくりが中心になる人が多くいることです。家族とは話ができるし、外出もしている。しかし、仕事に就くように動くのは抵抗感が強い。そういう人との接点ができれば引きこもり支援も、現状よりはかなり前進します。
しかし、支援団体の多くはそこを超えてやってくる引きこもりを待っている。そうするとなかなか支援対象者は増えません。仮に多く来るようになったとしても、それは最初の課題を何らかの方法で乗り越えてきた人であり、支援団体の役割はその部分には関与せず、それを引き継いだ場面の人たちに関与しています。
引きこもりの中心が対人関係づくりであり、その後の就業支援は引きこもり支援とはいえ(少なくとも引きこもりの最大多数がいる)最重要な局面を外れたところの支援をしていることになります。
支援団体として、その分野に踏み出すのは意外と大変です。“費用対効果”という視点からはいい成績が上げられないと思います。事業としては収支赤字に近づくということです。特に20代後半以上の引きこもり支援はそうなりやすいでしょう。そうするとその人たちへの支援は空白になります。現状はそういう事態が続いてきた結果です。
その空白の付けは、近い将来に否応なく表面化するでしょう。たとえば長期の引きこもりからの生活保護の増大や自死者が多数出ることです。これは社会として正常な存続とはいえない事態です。
だからそこに取り組んで欲しいのですが、果たしてどこまでできるのか。期待をせずに応援しようという気分です。人に難題を押し付けるのは好むところではありません。ただ誰かがやらなくてはならないし、やる人が多く現われることを期待するのも確かです。
D&Iの人からは障害者雇用に関していくつかの事情を教えていただきました。なかなか眠れない、朝起きるのが大変という人を早朝の短時間就労で雇用をしている会社があるそうです。ベストかどうかは個人差があり一律には判断できませんが、一つのやり方と思いました。
従業員の1.8%を障害者枠にする法律については、「法の縛りがあるから雇用するというのではなく、もっと積極的な気持ちで雇用して欲しい」という、熱い気持ちを語られました。気持ちはわかりますがこの枠を外すわけにはいきません。それでは障害者雇用は現在の水準さえ崩壊させてしまいます。そういう意見交換もできました。
発達障害の診断で何かがわかったつもりになること
11月19日の第3土曜日はセシオネット親の会の定例会です。
参加者はやや少ないですが、かなりの内容があります。
私に最近の相談の様子を話すように言われました。話したのはごく短いコメントでした。
ここでは話さなかった点を少し詳しく書いてみます。
相談に来る子どもが広汎性発達障害、アスペルガー障害…というような診断を受け、判断されている人が多くなっています。それによって何かわかった感じになり、子どもの具体的な様子、親として、教員として、友達関係においてどんなことが楽しい、苦しい、熱中している、退屈している…そんなことがあまり問われなくなっています。
子どもを診断名で判断し、わかったような気になる。そして後はお医者さんにお任せにする。ところが多くのお医者さんでは薬をどうするかしか対処できない。そこには改善の展望はみえないのです。
人は障害者に生まれるのではなく、障害者になるのです。そういいたいです。このようなレッテル貼りの診断は、アスペルガー気質の先天的な気質の人をアスペルガー障害に追い込んでしまいます。いやすでにそういう障害者にされた人は多数います。障害者とは他の人の手助けを多く必要とする人だからです。
人は誰もが未熟な未完成な形で生まれてきます。動物の中で人間ほど未完成で生まれてくるものはいません。いわば障害をもって生まれてくるのです。そういう出発でありながら、人間は動物の中でもっとも高度の発達をします。それは後天的な成長の過程にゆだねられています。
その後天的な成長の過程と必要な要素を言い尽くすことはなかなかできません。ある尊敬するお医者さんはこういいました。基本的に必要なものは、太陽(光と熱)、空気、水、栄養そして人間です。
あるいは日常的には睡眠、食事、運動、家族と友達、学習ということもできます。
発達障害やアスペルガー気質であっても後天的に必要なものは基本的には同じです。これらがバランスよく子どもの環境にあれば障害レベルにはならないと思います。少なくとも重大な身体的欠損がなければ多くの子どもたちは障害者にはなりません。かなりの身体的欠損があっても自動的に障害者になるのではありません。さらに障害者であっても社会の一員として生活できる状態を獲得することは可能です。
その視点というか展望を持たずに、「発達障害は、ハイ、まずはお医者さんで診断を受けて…」というのはどういうことでしょうか。責任逃れ、リスクを負わない、楽なことを選ぶ人格的な卑劣さを感じてしまいます。
私はこういう言い方が好きではないのですが、一度は考えていただきたいと思います。そういう子どもを一度に多く抱えることはできません。正直なところ私自身もそれを問われ、求められると困ります。そんなときは私も逃れたくなります。
ですから発達障害だ、低学力だ、問題行動だ…という子どもに次つぎに対処しなくてはならない人の様子を想像してみるのです。そのときの対応者の苦痛・苦しみを汲み取ろうとしてみるのです。ですがそういうものが感じられない職業的な対応者を見たり聞くことがふえていると思えます。
私はこのような状況こそが、社会の疲弊、行き詰まりなのではないかと思います。子どものところにこれらは極端に現われやすいからです。
「発達障害に関連する団体・施設」ページの設定
ツイッター情報により、「不登校、引きこもり、発達障害」の個人と支援団体等との連絡や依頼を始めています。
先月、そのおかげで「発達支援教室ホーミーズ」さんから情報提供を受けました。
1件だけでは様子がわからないので、同じ種類の他の団体からの回答を待っているのですが、なかなか2件目の情報提供がありません。
それが昨日になり2件目の情報提供がありました。初めに情報提供を受けました「発達支援教室ホーミーズ」さんには早く次の対応として、サイトに情報をアップしなくてはならない気持ちもありました。
2件目の回答を得まして、「発達障害に関連する団体・施設」ページを新たに設置しました。
このページをどの大分類(サイトのトップページ)に入れるのか、これも考えどころでしたが「相談・支援・公共機関」にしました。
1支援団体の新しい情報提供を受けたのですが、新しいページ群「発達障害に関連する団体・施設」の始まりです。これからこのページ群の充実をめざします。
訪問サポートを受けた秀行さんが発表
11月6日の訪問サポート活動説明会での発表者が決まりつつあります。
10年以上の中学生時代から訪問を受け、あるときは一緒に外出し、あるサポーターとは一緒に派遣のバイトに行き、今はコンビニでバイトをしている小林秀行さんが体験発表をすることになりました。
訪問サポート活動をしている人にも活動報告をしてもらう準備をしています。
FDAの引きこもり雇用の取り組み
10月16日に体験発表していただく、NPO法人FDAの方と打ち合わせをしました。
FDAは障害者の雇用を積極的にすすめてきたIT企業アイエスエフネット社が立ち上げたNPO法人です。これまで就業経験のない人の雇用をすすめることを目的としています。引きこもりの経験者も対象になります。昨年から活動を始めています。引きこもりであった人の体験を発表するとのことです。
またFDAの資料も入手できますし、相談もできます。
不登校情報センターは7月7日にFDAを見学させていただき、いろんな事情をお聞きした関係があります。今回の体験発表に出席いただき、その取り組みを多くの方に伝えられる機会になればと思っています。
体験発表会の参加はどなたでも歓迎
不登校克服の体験発表会を開きます。
ネット上で見られた方から電話をいただきました。
当事者でもないし親でもない。将来、フリースクールのようなところで働きたいし、自分でもそんなところを開きたい。そういう立場でも参加できるのかという、かなりまじめな感じのする方からでした。
もちろん参加はOKです。発表会は進路相談会を兼ねていますが、不登校とは何か、個人差はあるけれども共通するものもあります。どうすればいいのか、どんなことをしているのか、そういうことを具体的な実例から知ることです。
それで全部わかるとは思えませんが、実例から学ぶ機会にしていただければいいと思います。教育関係、福祉関係、心理・医療関係など関心のある人に参加していただくのは歓迎します。可能ならばいま不登校の最中にいる生徒にも、そして保護者にも参加を呼びかけています。
「引きこもり後を考える会」第4回
参加者が少なくちょっと残念ですが、話した内容はかなり突っ込んだものになりました。第4回の2つ目の報告です。
いずれそれぞれを詳しく考えて生きたいのですが、話されたことのノート+αとして以下に書いておきます。
(1)福祉制度に生活保護までの中間制度が必要――ただし、いまの状態からそれぞれの状態から一歩前にすすむという本人の状態を妨げるものではなく、そういうスタンスを支援するもの、無理をして結局もとの木阿弥にならないようにするのをサポートするものが欲しい。
中間の制度としては、いきなり生活の基本部分全体ではなく、住宅費の補助、子どもがいるときは子育てや教育費の補助、社会生活に必要な一定の交通費(例えば公営交通やJRの交通費の無料化や軽減)、医療費の補助などです。
社会状況からみるとむしろこれらが生活保護から外される、時間を区切られる方向で考えられているがようです。私の思う方向とはむしろ逆になっています。
生活保護を受けながら収入を得ようとして働いていくのを助けていくものにしていく方向が必要になる。
(2)「引きこもりを考える会」ではなく「引きこもり後を考える会」にした初心を生かせるものにしたいという気持ちがあります。それには“社会人として生きる”とか“社会的なチャレンジ”をする意図を含んだ取り組みにする必要がありはしないか。
当事者は周囲の人や制度が何かをしてくるのを待っているのではなく、自分の現状から一歩前にすすむ意識を持っていくようなものにしたい。
(3)自分が引きこもっていたという体験を親や当事者にどう返していくのかも考え、経験交流する場にしたい。
(4)就労支援を就職するのと同一に考えられるけれども、そこにとどまっては就労支援が一部の人に限られます。就職自体が困難な社会情勢のなかではそれは難しすぎる。フルタイム就業が困難な人にはそれでは引きこもり支援を受けられない、受けようとするレベルに気持ちが届かない。これらはすでにみてきたことなので省略します。
(5)引きこもり経験者が、仕事づくりをするときに多いのは「対人個人サービス」です。同じ職場の働く人とは上手くいかないことが多いけれども、サービス対象になる相手とはいい関係ができる――これは何人かの実感です。「対人個人サービス」の選択を押し付けるつもりはありませんが、仕事を選ぶときのヒントになりはしないでしょうか。そして、この職場の仲間という苦手な部分、個人事業者として始める時に営業や宣伝という苦手のものをどうサポートするのか。そこに支援または支援者の役割が見えているように思います。
(6)この「対人個人サービス」には訪問型、在宅型が少なからずあると思います。ここも注目点になるでしょう。
フルタイム就業でなくても生活できる社会的条件づくり
9月12日の親の会で話したことから2点。
引きこもりが長くなり、働いたことがなく20代後半以上になるとそれが原因になる状態が出てきます。いざ働こうとしたとき、週5日のフルタイム就業ができなくなる人がいます。
不登校情報センターにかかわり、そのあと仕事に就いた人にも週2、3日という人は多いです。また不登校情報センターにおける各人の作業も週1日から3日が中心です。しかも午後から夜までの半日です。
これは通所者の状況をみて徐々に定着してきた方式です。
引きこもり経験者が就労できたときの、これに近い状況が精一杯の状態と判断できます。他の支援団体から聞くことも様子は似たりよったりです。
それを基準に各人の生活と人生を考えていくのが実質的であり、有効になると考えます。
この現状認識から、2つの面の問題を見なくてはなりません。
1つは社会的、制度的な条件づくりです。
もう1つは不登校情報センターがどこまでできるのか、その目標です。
まず社会的・制度的な面から整えておかなくてはならないものを見ておきます。
障害者雇用において精神障害者に「短時間労働者」が設定されています。週20時間の就労を基準とするものです。実際は週10時間程度の人もいるようです。引きこもり経験者の就労はこれに準拠して考えるのがいいと思います。
これは“準拠する”のであって、同一とは違います。
その際、問題の一つは医師の診断です。引きこもりは状態像ですから国で基準をつくり医師以外の就労や心理相談の人にその判断者を広げなくてはなりません。医師の診断を条件とするとそれ自体が壁になります。不登校という状態像を学校において判断するように、引きこもりという状態像は相談や支援をする、相談員や支援団体に引きこもりの定義基準を設定して判断を委ねなくてはなりません。
もう一つ制度的に必要なことは、準生活保護的な制度を設定することです。精一杯働いても生活できる収入が得られない人を、仕事を止めさせる方向でなく処遇する社会的なシステムの設定です。十分な収入がないから自動的に生活保護に向かわなくてもいいようにすることです。その人なりの精一杯の仕事を評価しながら生活できる条件を社会的につくることです。
いまは生活保護になっている人もこの制度ができれば、その準生活保護に向かう人も生まれると思います。
将来的には生活保護制度の不安定感が出ています。そこに憲法で保障する国民の生存権を守る一方、精一杯の条件で働きながら生活できない人の労働権も社会的条件をつくることで保障するのです。生活保護に関する国民的な合意をつくる上からも有効になるのではないでしょうか。
準生活保護の内容は、最低限の生存権の保障と精一杯の労働することを確保する面から具体化していくものになるはずです。
不登校情報センターの目標は、次回にします。