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1999年10月16日(土)、人生模索の会の初会合が開かれた。<br> | 1999年10月16日(土)、人生模索の会の初会合が開かれた。<br> | ||
2019年1月2日 (水) 15:49時点における最新版
(1)人生模索の会のスタート
1999年10月16日(土)、人生模索の会の初会合が開かれた。
よびかけ人の駒田くんが、「初会合報告」として不登校情報センターの当時の会報(11月16日発行)に書いている。
「当日は8名の方が参加していただきました。
ありがとうございました。
深刻な問題だけにやや雰囲気は重たかったかもしれません。
しかし、まずは同じ悩みを持つ人同士が出会い、知り合い、話を聞きにくるだけで意味があったと思います。
人生模索の会では、年柄年中参加者を募集しています。……」
もう少し詳しく書こう。
参加者8名は、駒田くんのほかに香畑、西山、飲田、飛弾沼、田入地、穀文くんの7名が男性、唯一の女性の絹田さんは“人妻さん”。
飲田くんはお母さんが一緒にきて、会合の間は近くの喫茶店で待ってもらうことになった。
彼が一番若くて20歳。
女性は絹田さん一人だったので、たぶん居づらかったかもしれません。
その彼女を含めて、共通の事態が浮かび上がってきた。
25歳をすぎ30歳を前にして、「このままでは、もしかしたらずっと社会参加できないのではないか」という心配、焦り……だったように思う。
駒田くんが「雰囲気が重たかった」というのはこのことが明確になったことをさしている。
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