二条淳也さんに関する2つのトピック

二条淳也さんのエッセイ集『中年ひきこもり』がちょっと注目を集めました。
駒澤大学で開かれている「全国若者・ひきこもり協同実践交流会」のブースで手づくりパンフを10種類ほど並べているのですが、『中年ひきこもり』は目につくようで手に取る人多くいます。
何冊売れるかは明日の終了を待って数える予定です。

その二条淳也さんがサイト内の「質問コーナー」にある「アスペルガー気質の子に不安」というお母さんの質問に、ご自分の体験を振り返った回答を書いてくれました。
子どもさんは人に知れないつらい経験をしている可能性や異性に好かれる面も持ち合わせていることなどを回答しています。
私もアスペルガー気質と思われ、二条さんが指摘する点に納得できます。
そうなのですが、実はつらいことをつらいと思わなかったり、異性に好かれていたのに気づかないという両面でぼんやりであったと今にして思います。

二条さんは有料(千円)で質問を受けていますので、関心のある方は質問してみてください。
質問は手紙かメールで不登校情報センターに送ってください。
〒132-0035東京都江戸川区平井3-23-5-101 不登校情報センター、
open@futoko.info

ひきこりから仕事についた“神ってる”リクルート活動

「就職面接に同席する」「仕事に就く前に現場の見学」「非公式の見回り活動」とひきこもりから仕事に就くための段取りを最近の事例を考えながら、要素として見てきました。
さらにもう1つの要素をここに加えなくてはなりません。
おそらくこれが引きこもりの当事者にいちばん欲しいものかもしれません。
それは働く前に自分の状態、ひきこもりをしてきた自分の状態を、わかっていてほしいことです。
いろいろわからないことが多いです。何がわからないのかがわからないので事前に聞くこともできません。
事前に分かってもらうといっても、完ぺきではありません。それはしようがないですが…。
仕事に就いた後、いきなりわからない場面にぶちあたります。何もできずに止まったり、うろうろするだけになるかもしれません。
そういうときに怒鳴らない、おとしめないでほしいのです。
そういうことがあると一気にひどく落ち込みます。立ち直れないかもしれません。
そういう予想があってこれまで動けなかった気がするのです。
ひきこもってきたそういう自分の状態をわかってほしいのです。
これらは履歴書には書きようがありません。
今回の“リクルート活動”をした人は自身が引きこもりの経験者です。
どこまでこのような面がカバーできたのかは本人も理解できないはずです。
それがあるから、面接場面への同席、仕事現場の事前見学、働き始めた後の非公式の見回り活動を自然に思いついたのです。
ひきこもりから仕事に就くための“支援”とはそういうものです。
仕組みを作ったからと上から眺めていても“支援”にはなりません。
30代、40代のひきこもり状態の人を総活躍させるのはそういう状態を用意しなくては空文句にすぎません。
今回の“リクルート活動”をしたエンジくんはまさに“神ってる”ほどのことをしています。
3月も「廃棄物業界にいるエンジと就労について考えてみる会」をします。参加して一緒に話しましょう(次回は3月7日)。

非公式の“見回り”活動はジョブコーチの萌芽か?

 
さて最近のひきこもりから仕事に就く動きの中で、自然に生まていると思うことがもう1つあります。
仕事についたあと、“リクルート活動”をした人が仕事に就いた人の様子をときおり見回りしていることです。
その人の正規の担当ではなく休日に仕事現場に行って声をかけるなどをしています。
一緒に働く先輩社員との間の様子なども見ているようです。
そうしたほうがいいと考えて生まれたもので内容は定式化されてはいません。
これはジョブコーチの萌芽なのかもしれません。

ウィキペデイアではジョブコーチは次のように説明されています。
<ジョブコーチ(job coach)とは、障害者の就労に当たり、出来ることと出来ないことを事業所に伝達するなど、
障害者が円滑に就労できるように、職場内外の支援環境を整える者を指す。>
非公式の“見回り”が制度化するかどうかはわかりません。
現場で作業や人間関係の円滑さを図ることを考えて生まれたものです。

「大人向けのキッザニア」があれば就職前に少しは体験できる

仕事に就く前の仕事現場の見学と体験を話したところ、類似する方法がいくつか出てきました。
高校で福祉を学ぶ生徒たちが、ボランティアで福祉施設の体験をすることがあります。
その体験によって卒業後に福祉施設で働こうとする例を聞きました。たしかにこれはその例になるでしょう。
ある人が「大人向けのキッザニア」があればいいと言ったそうです。
キッザニアとは子ども向けに多くの職種を模擬体験する場です。
町中にある地味な感じの仕事も含めて多くの仕事体験できる場があれば、職種を聞いて勝手に空想する職選びではないことに結び付くいい提案だと思いました。
キッザニアは職種の典型を体験するので、実際は職場によって様子は違うことが前提ですが…。
私が聞いた例ですが(不得手な芸能分野なのであやふやな点もあります)、AKB48のメンバーのうちやめたいという人がいたとき、それを仕組みとして容認する制度があると聞いたことがあります。
AKBのメンバーは難関の選抜を潜り抜けたとはいえ10代のメンバーです。迷ってもいいし、それは守られてもいいと思えたのです。

仕事に就く前の仕事現場の見学と体験

学校ならオープンスクールとか公開授業というのにあたると思います。
まだ入学していないのに入学を考える生徒が模擬授業を受けることなどです。
親子でこの授業に参加できる場合もあります。ずいぶん前に私も単独でこの公開授業に参加をしたことがあります。
ひきこもりの居場所に「見学させてほしい」という要請を受けることがあります。
不登校情報センターのような小規模な狭いところでは、見学といっても参加者と一緒に作業するので区別がつきません。
規模が大きいと参加者と見学者は違った様子になります。
これらは正式なメンバーではなく、仮に参加してみるという方法です。
正式に参加していないのでそれっきりになっても退会ではありません。
就職におけるインターンシップ制度というのも広い意味ではこれに当たるかもしれません。

ひきこもりから働き始める場合、それがアルバイトかパート勤務か、正社員かにかかわらず、このような仮参加の方法が考えられるかもしれません。
正社員以外のいろいろな方法がすでに広がっているのですが、それらとは少し違います。
就職(パート勤務)の面接の前に、働くことになる現場の見学ができればどうでしょうか。
大きな職場ではあまり意味がないかもしれませんが、数人が働く小規模な現場ほど体験する意味があると思います。
その経験で「働けそう」という感触を得られるなら、そこの仕事はできるかもしれない、してみようと思えるかもしれないのです。
募集しても働く人が来ない職場において、この求人方法は有効と思います。
これは昨日の同行=同席の伴走型支援と並ぶひきこもり支援策になりそうです。
「仕事に就く前の仕事現場の見学と体験」としていきます。

二条淳也さんが「友達をやめる方法が拙かった」の質問に答える

質問コーナーにある「友達をやめる方法が拙かった」という20代の女性の質問に、二条淳也さんがご自分の経験に基づいて回答しました。
回答は「拙かったと反省したが時間が経てばなるようになったと思える」のタイトルをつけて掲載しました。この質問には4人目の会とになります。
質問コーナーには140件以上の質問があります。
内容でご自分の経験と重なりそうなことがありましたら、回答をお願いします。
聞いてみたいことがありましたら、質問として問い合わせてください。
〔二条さんの回答〕
http://www.futoko.info/…/%E6%8B%99%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%…

狂気、死、長期入院の希望を聞く

狂気、死、長期入院の希望について聞いたり考える機会がありました。よくこんなことが書けるようになったなあと自分でもあきれるほどです。ただ予想するほど重いことでもありません。
専門的に研究されている方からの評価はわかりませんが、実践者としての実感を書きます。カウンセラー希望の方には参考になるかもしれません。

狂気になりそうだと聞いたことがあります。これまでに数人がその様子を話してくれました。その最中からの電話もありました。ことばに表現するのが難しいのでうまく表現できた人はいません。切迫した感情・感覚の場面をことばにするのは誰にとっても非常に難しいものです。以前に比べると私も少しは落ち着いて聞けるようになったはずです。
今回のPさんは間近に迫った自分の誕生日を越せるかどうかが心配だったようです。連日の電話の話で2週間をこえました。誕生日を超えたあたりからだんだんと落ち着いたようです。
断片的なことばや単語やトーンをつなぎ合わせてみました。「狂気になりそう」な感覚をあえてことばにまとめるとこのようなものです。十分に言い表すことはできていないでしょうが参考にはなるかもしれません。

<精神が壊れる不安があった。正気を失って収容される感じです。それは魂が飛んでいく感じ、飛び立つ感じがした。違う世界に行くのではないかと焦り怖かった。フッとなって飛んでいき、そのまま戻ってこられず、そのまま発狂するような気分に襲われました。>これが中心点です。
そうなった背景は、常に周囲から見られている困惑した状態があり、覚られ妄想が強くなっている。自分のしていることが周りにつつぬけになっている。自分のポルノが漏れる。そういう追い詰められた状況になっていました。
それに加えて、父が死ぬところを見た。これが大きくショックを受け、不安定になった。そのあとの母親の認知症的な振る舞いや家族がずるくてどうしようもないのがわかった、それらが重なった…。

こんな切迫した状態から落ち着いてきた過程を振り返ります。
これまでは誰にも話せなかった覚られ恐怖を、さえぎられたり否定されたりすることなく、落ち着いて聞いてもらえた。受けとめられた感じがした。若いころに話そうとしたこともあったが、バカなことを! ありえないでしょ! …ということでそれ以上を聞いてもらえたことがなかった。
もう話すことはないと思ったが、せっぱつまって話したところ当たり前のように聞いてもらえたし、繰り返し話すことができた。これまで話せなかったのはそれがきっかけで嫌われるのではないかと恐れていたが、その余裕もなくしていた。
もう一つは自分なりに落ち着いたときに身辺整理をした。発狂しないかとおそれて、身辺整理のつもりで片づける作業を続けてきた。処分するものをまとめたり、ネット上に書いたいやなものを消した。
これらがよくなってきた理由だと思う。

以前に別の人から聞いた狂気の不安感を、あるところに書きました。
<狂気 この世に生きているという存在感覚がうすれ(なくなり)、あるときに異次元に入っていった瞬間がありました。もしかしたら倒れていたのかもしれません。気持ちのいいものではありませんが、正気と狂気の境目は、それほど厚くない実感がしました。>
存在感覚=意識が薄れるというのと「魂が飛んでいく」というのは同じことで、人それぞれの表現の違いのように思います。
Pさんも、狂気への恐怖と死の恐怖が重なっています。両者の入り口は隣り合わせになっています。
Pさんが安全の場として思い浮かべたもう一つが入院です。それを永遠のサナトリウムといいました。このサナトリウムという表現は別の人も使いましたし、シェルターといった人もいます。これらは「人間世界からの撤退願望」を指しています。
しかし、これは人間世界のサービスを受けなくてはならないので完全撤退にはなりません。
狂気は精神的な人間世界からの撤退、死は物理的な人間世界からの撤退、長期入院は社会的な人間世界からの撤退といえると思います。入り口が隣り合っているので、同時に思い出しやすいのでしょう。
これらのことばを聞いたときには、落ち着いて聞くことです。「死んだらダメ!」とか「正気になって!」「バカなことを言うな!」とか、意図してもできないことを求めない、話していることばを遮断しないことです。ゆっくり聞けば長くて1時間、落ち着いてきた時期になると10分ほどで安定を取り戻します。
女性の場合は、派生する物語が長くなることがあります。ある程度話を聞いたところで、この日の予定時間を告げて、近い時期の次回を知らせることです。続けられるのがはっきりすれば継続していけます。継続のなかで安定していきます。
早口で次々にいろいろなことを話す人もいます。話したいこと、避けたいこと、イやなことがいろいろあると、すぐに全部を話してしまいたくなるのでしょう。この場合は聞き分けながら理解することができません。話す側が“パニック”になっているのですから、落ち着くまで待つしかありません。
なにも反応しないで聞いていると「聞いていないのでは?」と思い、「聞いてる?」と確認を求めてくることもあります。聞いている反応をします。
何も聞かないうちから「今日はダメ…」的なことが続くと、連絡はなくなります。当てにされなくなったということです。自分にも事情があるのは確かですが、いつもそうでは「聞く気はない」という意思表示になります。
自分には継続が無理ならその旨を告げるしかありません。自分ができない事情を話すのであって、話してくる人を責めたり、さえぎるのはよくありません。
答えは話してくる人の内に潜んでいます。話していくうちに奥に潜んでいるものを表面に浮上させ、ことばにしていくものでしょう。聞いているほうからアドバイス的なことを語るのは、この過程の邪魔になります。よく聞くこと、聞き出すための受け答えに終始すればいいと思います。
Pさんに、「勉強になりました」と答えたら、気が抜けたというか切迫感がうすれたようです。私はカウンセリングをしているつもりなどはなく、教えてもらう、学ぶつもりで聞いていたのです。それが「勉強になりました」の答えです。

「お前のせいで…」と言われ立ち上がれない親

十代のひきこもり中の高校の子どもが、ちょっと切れた状態になって「こうなったのはお前のせいだよ」と母親にいいました。全く予期しない言葉を聞き母親は大ショックです。少なくともこうなったのは父親に責任があると思っていたのです。しかし、面と向かって「お前のせい」の言葉にしばらく立ち上がれなかったそうです。
この言葉の意味するところは親にはすぐには理解できないでしょうが、子どもの側からの自立宣言、すくなくともその願望宣言です。自分にはまだ自立する力はない、それは感じているけれども自立したい、だからあれこれ指図をしないで見ていてほしい、できれば応援してほしい、そういう意味を含みます。
とにかく子どもからの言葉は親への攻撃的なものです。親はそこに含まれる意味を受け取る余裕がありません。むしろ言葉の強さに打撃を受けやすいのです。

これに関して以前に書いたことがあります。「子どもの自立の兆候を示す言葉は見逃されやすいもの」(2014年2月23日)。違った角度ですが参考になるでしょう。
http://www.futoko.info/…/%e5%ad%90%e3%81%a9%e3%82%82%e3%81…/

長期に外出しないと警戒感が増し攻撃的になりやすいよ

寒い冬場のためか、年の瀬(年替わり)が近づいたためか、それとも別の理由なのか、切迫感のある電話が相次いでいます。そのなかの1つQくんの例を紹介します。
Qくんは長く外出していないと“変になりそう”なので、自分なりに工夫しています。
先日は夜遅く人気がなくなってから家を出ました。人が多い明るいうちは歩けそうにないので夜にしたのです。しばらく歩くと横手の道から人が出てきて自分の前を歩き始めました。
ときどき振り返って自分を見るそぶりです。するとQくんには“自分は何も悪いことはしていないのに”という気持ちがわいてきます。それが攻撃的な感情になってしまいました。
つい声が出ました。「何か悪いんですか?」。その人は女性だったので、その人も警戒感があっただけなのでしょうが、それに思いを及ぼす余裕はありません。
Qくんが少し近付いたところ相手も止まり、ハッとして足を止めます。そして「警察を呼びますから」とQくんは携帯から電話をしました。警察官が来るまでは10分以上もあったようです。互いにその場に立ち止まったままです。おそらく女性は本当に警察官が来るまでは半信半疑だったではないでしょうか。
その間にQくんも冷静になります。警察官が来たとき「自分は悪いことはしていないのに、警戒されていたので…」と話しました。たぶん警察官も戸惑ったことでしょう。女性は「何もしていません…」となり、その場は事なきを得ました。

いや初めから実は何も起きてはいません。しかし、長く外出していない・人と会っていないとこのような“変な状況”になることがあります。ある人は「何かおかしなことをしそうな気がする」と言いましたが、これもまさにその例になります。自分の思い込み、感情世界におぼれて一人芝居になる状態です。Qくんが近づいたときその人が叫びながら走ったら“事件”扱いされたかもしれません〔これに近いことで警察に連行された人もいます〕。
外出がなく人と会っていない期間が長くなると、自分を守るバリアーが消失し(抵抗力が低下する)、それを補うために警戒感がいっぱいになります。そうしないと自分の平常心を維持できないのです。その状態でQくんのような場面に出会うと、警戒感は攻撃感情となって現われます。
Qくんの警戒感から攻撃感情になるのは説明できることですが、一般には理解できません。警察官も戸惑うことでしょう。心の中で生じていることは社会的な正邪の判断にできません。言葉や行動になると社会的な正邪の判断対象になります。
早朝の散歩型の外出を提起してみました。じつはQくんはときどき早朝の散歩もしているようです。他にもいろいろな工夫を心掛けています。

アドバイスよりも話をよく聞くことです

Tnくんから電話です。声が詰まって話しづらいようです。過呼吸かな、と思いました。「いま医者に電話をしたところです。結果はわかっているのですが今回は苦しくて…」といいます。
ひきこもって苦しくなると追い込まれ感が高まり、呼吸が苦しくなる人がいます。Tnくんはこれまでもそういう経験があり、そのつど医師に電話をしてきたのです。しかし、薬を取りに来れるか? 少し薬を増やしてみよう、という対応をされてきました。
薬でしか対応しない医師、薬を増やすことしかしない医師を代えてようやく今は「薬を増やさない医師」に巡り合いました。
Tnくんは「薬の問題ではない」といいます。確かにこうしてゆっくり話を聞いていると呼吸は落ち着きます。薬以外の対応で治まることもあるのです。

Nyくんは、追い込まれた気持ちになると数人に電話をします。私もその数人の1人になっているようです。短時間に相手を代えて話していくうちに徐々に落ち着いていくといいます。
ほかにメールを送ってくる人もいます。話しをするとなると私の時間をとるのでメールに書いて送ってくるのです。メールを受け取ってすぐに読めるタイミングではありませんが、私は必ず読みます。
聞く側にとってはさざ波のような動きでも、当人には土用波のような暴圧かもしれません。話すことで落ち着けば安心です。よく聞いていればこちらも学ぶことは多くあります。求められていないときにアドバイスするのはいい結果にはならないようです。