「ひきこもり手紙&メール相談」の二条さんと島田さんへの相談

ブログ「高齢ひきこもり」の筆者・二条淳也さんに相談ができるのかの問い合わせがありました。
「ひきこもり手紙&メール相談」として、二条淳也さんと島田邦子さんが担当しているところです。
2人とも自分の経験による実に的確で行き届いた回答をする人です。
今回の問い合わせの方は“面接相談”を希望しました。
残念ながらそれには応えることが出来ません。手紙かメールによる相談になります。
「メールか手紙で詳しい相談内容を書き、相談料1000円(郵便為替)を同封して送っていただくようにお願いしました」
メールは、open@futoko.info
手紙は、〒132-0035東京都江戸川区平井3-23-5-101
 不登校情報センター「ひきこもり手紙&メール相談」宛
 *手紙もメールも、二条淳也さんか島田邦子さんを指定してください。
 
〔ひきこもり手紙&メール相談〕
http://www.futoko.info/…/%E3%81%B2%E3%81%8D%E3%81%93%E3%82%…

メール相談をする島田邦子さんからメール

相談室として多くの質問や相談を受けています。それらは時間をおいて「質問コーナー」にも紹介しました。その「質問コーナー」を見直しながら気づいたことです。
ひきこもり経験のある二条淳也さんと島田邦子さんの返事は具体的で、経験者ならではの細やかな内容があることです(ネットで紹介するのは一部で、プライバシーの関係で載せる場合も詳しくはしていません)。
そこで2人にもっと相談活動をするように勧めました。2人とも乗り気になってくれました。*相談料は1000円(郵便為替など)。
そんななかで島田邦子さんから、次のメールが送られてきました。悩まないのではなく悩みながら進むのが参考になります。メール文は詳しく長いので一部を紹介します。

<「ごめんなさい」の感情では、仕事も長期的に続けられません。最近ようやく「ありがとう」に代えてみました。
「できない所もいっぱいあるのに、一緒にいてくれて、ありがとう」
「こんな未熟な自分だけど、今生きていることに、ありがとうだなぁ」
自分を許すことは、とっても怖くて難しいことでもあります。同じように人様にはご迷惑をかけるのなら、「懺悔の人生」から「感謝の人生」に捉え直してみようと思っています。
自分が産まれてきたのは、社会にご迷惑をかけるためではなく、人々に支えてもらえて生きていけているんだと、感謝を他の人よりも強く感じる、ありがたい人生だと気がつくためだったのかもしれません。>

二条淳也さんと島田邦子さんへの相談を待っています。
相談メールは、open@futoko.info 〔相談メール:二条or島田としてください〕

〔ひきこもり手紙&メール相談〕
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「週3日の仕事が限界で、週4日は無理」の心身状態

ある人から「週3日の仕事が限界で、週4日は無理」と聞きました。実は彼が初めてではなく、これに類することはかなり多数から聞いています。ここでいう限界とか無理というのは「自己都合」ではなくて、心身の状態として限界、無理という意味です。
「これに類すること」というのは非常に広範な状態を指します。典型的なものとして、
(1)週3日働き、週4日休む(1日7~8時間働く)。または「週4日働き、週3日休む」はそれに準じるものです。「2週間で5日働く」(2週にわたり月水金火木曜日に働く)もこれに準じるものとします。
(2)週5日・1日2~3時間働く。働く時間帯が昼型と夜型に分かれます。
(3)1か月働き・1か月休む(週5日で1日7~8時間働く)。これもいろいろなパタンがあります。
(4)登録派遣型の就労にしている人は、1か月1日働くタイプから1か月数日働くタイプの人もいます。複数の登録派遣会社に登録し、働き先を選択しながら1か月数日働くタイプの人もいます。
なお、聞く限り残業というものはありませんが、1日2時間働くことになっている人が3時間働くのは残業に当たるのかもしれません。

これらは「週5日働き、週2日休む(1日7~8時間働く)」という、今日の就業パタンとは違う働き方を示したものです。これらを「短期間就労タイプの諸形態」と呼ぶことにします。
私はこれを「心身の状態として限界、無理」といって紹介しています。これを超えるとある期間の後で全く働けない状態になります。そうなっている人は少なからずいます。ですからこれらの「短期間就労タイプの諸形態」が必要である事実を認めていただきたいのです。
「短期間就労タイプの諸形態」の人の休日の過ごし方はさまざまです。趣味・特技に精力的に動きまわる(動きまわれる)人もいます。完全に休息にするタイプもいます。ある人は「ひきこもるために働く」とその状態を表わしていますし、ひきこもりというよりは“趣味こもり”という人もいます。これら全体を否定的な心身状態、いいかえるなら障害として直す対象ではなく、正当な事実として受けとめとどうなるかを考えています。
考える材料はいくつかあります。ときどきまとめるつもりですが、今は項目だけをあげます。

①、ある団体グループが週4日労働をアピールしています。歴史的な推移としてはその方向だと思います(オランダでは広く普及)。私が働き始めた50年前は週6日働き(土曜日半日)の週休1日でしたから、この流れは根拠があります。それを意図的に選ぶのではなく、心身状態からそうなる形の先駆性はありうるのでしょうか?
②、求職が安定期になると、早期退職者が増える傾向があります。やりたい仕事探しという潜在的な傾向が表面化するわけです。これとの関係もありそうです。苦痛としての労働からの解放(技術の発展などによる)の次は、個人の自己実現としての労働選択になるのかもしれません。
③、労働と趣味(遊び)の区別がなくなる時代が近づいてはいないか。さらには「人間にとっての労働とはなにか」もテーマになるはずです。

建築関係で働き始めて4か月のIくん

8月から建築関係の仕事に就いたIくんが、夜になって急に来ました。
あいかわらず静かな感じですが元気そうです。
「仕事はおもしろい?」と聞くと、
「特にはおもしろくはないですが、一緒に働く人たちがいいです」。
「その仕事のなかに楽しみを見つけられるといいね」
力仕事はさほどはないのですが、「設計図を見てもさっぱりわからないし、機械操作は見ていると簡単そうだけど…」。まだこれからのようです。
「英語は?」と、以前に希望していたことに話題を変えると、
「まだあきらめてはいないですが…」
「アメリカから建築関係の英文の雑誌なんかを手に入れて読めば両方続けられるかもしれないよ」
「そうですね。土日は疲れて動けないですからまだ余裕がないです」
「動けるようになったら、ゲームにでも来たらどうかな」
「そうですね」

Iくんを見ていちばんの変化は、よく話すようになったことです。一緒に働く人たちとの関係がいいことを表わしています。
仕事の途中で(よくわからない、おかしいと感じたとき)「これがちょっと…」というのです。
「どうおかしい?」と聞かれたときは、機械や材料の“それ”を説明しなくてはなりません。それがかなり難しくて、でも説明しないと伝わらないし、それで説明しようとしてきました。仕事上のやりとりで話ができる条件になっているようです。顔つきも少し大人びた感じを受けました。
今年は情報センターの関係で3人が仕事に就きました。Iくんはその一人です。

「お前のせいで…」と言われ立ち上がれない親

十代のひきこもり中の高校の子どもが、ちょっと切れた状態になって「こうなったのはお前のせいだよ」と母親にいいました。全く予期しない言葉を聞き母親は大ショックです。少なくともこうなったのは父親に責任があると思っていたのです。しかし、面と向かって「お前のせい」の言葉にしばらく立ち上がれなかったそうです。
この言葉の意味するところは親にはすぐには理解できないでしょうが、子どもの側からの自立宣言、すくなくともその願望宣言です。自分にはまだ自立する力はない、それは感じているけれども自立したい、だからあれこれ指図をしないで見ていてほしい、できれば応援してほしい、そういう意味を含みます。
とにかく子どもからの言葉は親への攻撃的なものです。親はそこに含まれる意味を受け取る余裕がありません。むしろ言葉の強さに打撃を受けやすいのです。

これに関して以前に書いたことがあります。「子どもの自立の兆候を示す言葉は見逃されやすいもの」(2014年2月23日)。違った角度ですが参考になるでしょう。
http://www.futoko.info/…/%e5%ad%90%e3%81%a9%e3%82%82%e3%81…/

長期に外出しないと警戒感が増し攻撃的になりやすいよ

寒い冬場のためか、年の瀬(年替わり)が近づいたためか、それとも別の理由なのか、切迫感のある電話が相次いでいます。そのなかの1つQくんの例を紹介します。
Qくんは長く外出していないと“変になりそう”なので、自分なりに工夫しています。
先日は夜遅く人気がなくなってから家を出ました。人が多い明るいうちは歩けそうにないので夜にしたのです。しばらく歩くと横手の道から人が出てきて自分の前を歩き始めました。
ときどき振り返って自分を見るそぶりです。するとQくんには“自分は何も悪いことはしていないのに”という気持ちがわいてきます。それが攻撃的な感情になってしまいました。
つい声が出ました。「何か悪いんですか?」。その人は女性だったので、その人も警戒感があっただけなのでしょうが、それに思いを及ぼす余裕はありません。
Qくんが少し近付いたところ相手も止まり、ハッとして足を止めます。そして「警察を呼びますから」とQくんは携帯から電話をしました。警察官が来るまでは10分以上もあったようです。互いにその場に立ち止まったままです。おそらく女性は本当に警察官が来るまでは半信半疑だったではないでしょうか。
その間にQくんも冷静になります。警察官が来たとき「自分は悪いことはしていないのに、警戒されていたので…」と話しました。たぶん警察官も戸惑ったことでしょう。女性は「何もしていません…」となり、その場は事なきを得ました。

いや初めから実は何も起きてはいません。しかし、長く外出していない・人と会っていないとこのような“変な状況”になることがあります。ある人は「何かおかしなことをしそうな気がする」と言いましたが、これもまさにその例になります。自分の思い込み、感情世界におぼれて一人芝居になる状態です。Qくんが近づいたときその人が叫びながら走ったら“事件”扱いされたかもしれません〔これに近いことで警察に連行された人もいます〕。
外出がなく人と会っていない期間が長くなると、自分を守るバリアーが消失し(抵抗力が低下する)、それを補うために警戒感がいっぱいになります。そうしないと自分の平常心を維持できないのです。その状態でQくんのような場面に出会うと、警戒感は攻撃感情となって現われます。
Qくんの警戒感から攻撃感情になるのは説明できることですが、一般には理解できません。警察官も戸惑うことでしょう。心の中で生じていることは社会的な正邪の判断にできません。言葉や行動になると社会的な正邪の判断対象になります。
早朝の散歩型の外出を提起してみました。じつはQくんはときどき早朝の散歩もしているようです。他にもいろいろな工夫を心掛けています。

支援者交流会から実践交流会へ名称の変化

17日、全国若者・ひきこもり協同実践者交流会の実行委員会がありました。
多くは3月の大会準備の実務的な意見交換でした。そのなかでこの集会が始まって12年のうちに支援者交流会から実践交流に変わった意味をやり取りする場面がありました。
「ひきこもり」は支援の対象者であるばかりではなく、支援の側に回ることが相当に多いという事情があります。出席のある方が「支援の対象から現状変革の主体者でもある、それを内包している」といいました。そういう理解の仕方が12年のなかで広がり、数年前から支援者交流会から実践交流会に名称も変えたのです。
このことは私も気づいていたことです。これは「ひきこもり」の顕著に表れることかと思っていたのですが、障害者や高齢者などの取り組みにも共通する事情があるそうです。

「引きこもり経験者という“当事者”の可能性」(2016年5月10日)
「引きこもり素質のある人が引きこもりの支援者になる」(2016年2月28日)
http://www.futoko.info/…/%e5%bc%95%e3%81%8d%e3%81%93%e3%82…/

こもり歴8年の男性Oさんからの体験手記

20代にこもり歴8年の男性Oさん(39歳)が自分の体験を書いてきました。タイトルを「心の帰る場所」としています。
8年間のすさんだ生活をこう書いています。
「8年間通して仕事もろくにせず、酷い生活ぶりではあったのですが、22、23歳の時は特に酷かったと思います。甘い母親に付け込み、運転免許代30万をもらって、そのお金をパチンコなどのギャンブルで散財したり、家に帰らず明け方までネットカフェでゲームをし、入り浸っていたり‥‥」
他にもいろいろありますが、悪びれず率直な反省ぶりに潔さを感じて私なぞは好感を持ちます。
偶然ですが11月に受け取った手記にも、今回の手記にも「捨てる神あれば拾う神あり」とありました。
好感・嫌悪感、どちらを感じられるかは予測できませんが、好感は得られなくとも構わないので(真実はそういうことには無頓着です)、これからも引きこもり等の体験者の手記を募集しています。

親と一緒の外出、外からの自宅訪問

会報『ポラリス通信』11月号で「外出を促す方法」の概要を書きました。12月の親の会では具体的な詳細をテキストにしました。そのうちキーポイント部分を伏字にして公表します。伏字にしたのでわかりづらくなる所もあります。全文は相談に来た方にお渡しします。

ひきこもっている人がどこかの居場所(みたいなところ)に行くようになるには、そこが最低限の安全と安心の場所であると感じられることが前提です。
外出したいと思いながら、なぜ外出できないかの直接的な理由は恐怖がわき起こるからです。特に玄関を出るときは周囲の目がとても気になります。そこにはある程度、自分を知っている人がいるかもしれません。
一瞬自分を見たその人は、自分の最近情報として尾ひれを付けて近所にうわさ話をするかもしれません。恐怖心にはこのような自分の姿を吹聴されるかもしれない心配も含まれます。
自分の様子を知っている家族が一緒にいることは、この安全と安心を支える役割をします。外の世界と自分の間にあって緩衝材の役割になります。ちょうど幼い子どもが町中に一人ではおれない心理状態と似ています。家族となら入れるけれども一人では入れないのは、漠然とした恐怖感と不安によります。
この状態の強い程度は神経症領域とみられます。しかし、外出できない人のすべてが神経症領域ではありません。一般に薬物療法による対応にしないほうがいいのです。気分的に追い込まないで、一緒に同行して外出の機会をつくる形がいいと思います。これが家族と一緒に外出時に付け加えることです。

次に訪問についてです。これは私の場合を想定し情報センターに来る点を中心に話します。
私が自宅を訪問して、本人に会ってその後、不登校情報センターに来るようになった人は十人以上はいます。
しかし、訪問しても本人に会えないこともありました。会う回数を重ねながら情報センターには来なかった人もいます。自宅を訪問した後、情報センターに来るというのは100%確実ではありませんが、それでも高い割合になります。
自宅を訪問の場合は、事前の準備がいります。これを軽視しないでおきたいです。何らかの形で本人の意思を確かめ、生かさなくてはなりません。そういう過程が安心感をつくります。
方法は、5~7つの選択肢を提示します。項目は実情によります(その例)。
サポートステ―ションに行く、親の知人の仕事を手伝う、○○教室でパソコンを習う、カウンセリングに行く、など継続的に出かけられる所を提示します。本人にもわかる、聞かれれば親が少しは説明できる所です。
この選択項目を紙に書いて渡し、1週回程度あと(○月○日まで)に返事をもらいます。上の例の他に重要な2項目がありますがこれは伏字とします(十行以上のセンテンスになります)。
××××××
××××××
××××××
××××××
××××××
数日して返事をもらいます。「知人のところを手伝う」などの回答があれば、その方向に進みます。継続状況を見ながら対応を考えます。
返事がないまま期限が来たときは、「○日から不登校情報センターの○○に来てもらう」と本人に伝えます。〔*伏字の関係で説明がわかりづらい点があります。〕
私が自宅を訪ねたとき、自室のドアを開けるのは(家族や私ではなく)本人です。家族や私が開けないほうがいいのです。自分の意思が尊重されるという安心・安全確認の一つです。
声をかけたりノックをしてもドアが開けられなければしばらく待ちます。それでも開けられないと別の場所で家族と少し話してその日は終わりにします。これを繰り返します。
初回から開く人もいますし、2・3回であく人もいます。家族と話している時に顔を見せる人もいます。ほとんどは数回で自室のドアは開いて本人と会えるようになりますし、話せるようになります。それからがいろいろなのです。
開かないことが続くとドアなどに書き置きをはさむこともあります。10か月ほど訪問を繰り返しても、ドアが開けられなかった人がいます。これは最初の選択項目の設定を省略して始まったことが影響したものと考えています。
またもっと期間をかけてもよかったと反省しています。他の実例ですが2年かけてやっと会えるようになった例もあります。安心・安全を確認するにはそれぐらいの期間や回数が必要になる人もいます。
会って話せるようになったけれどもそれを繰り返すだけで、次への進展がなかった人もいます。情報センターに来てしてもらうことを提起できなかったことがあります。近場の役所などへの同行して行く提案などを思いつかなかったことも影響しています。また自宅にいて出来る作業の提案もできるようになりましたので、人によってはそこから進める方法も考えられます。
これらは上手くいかなかった経験からいろいろ試行錯誤して取り入れた方法です。
情報センターに来るようになればめでたしめでたしではありません。そこからは次の物語になります。

〔参考:外出を促す方法〕http://www.futoko.info/…/%E5%A4%96%E5%87%BA%E3%82%92%E4%BF%…

居場所での話し合いと事業化の試み

先日のフューチャーセッション庵の「ひきこもり新聞公開編集」の続きです。
すでに形のある企画ですが、そこに当日参加の人が自由に話しました。その意味では庵の趣旨にも適合しています。
話し合って具体化が進んでいくと、場合によっては事業化が考えられます。「ひきこもり新聞」は庵の話し合いでそれが進み、実現しました。もちろん中心メンバーはそれ以外の場で必要な作業をしていたはずです。
居場所で話していたことが事業になり、独立すると一般参加者の話せる余地は減ります。これが家族問題を当事者同士で話すというテーブルとは違います。でもカウンセラーをめざす人が参加したら、その人には個別の目標が生まれるかもしれません。それは認められることでしょう。
今回の「ひきこもり新聞」編集は話し合いテーマの中心は事前に設定されていました。これも認められることでしょう。

庵の準備会(11月)に私は「ひきこもりニュース通信員」の企画を提案しました。これは企画の説明会になり「ひきこもり新聞」的な自由な話し合いからスタートするのとは違います。すでに実施しています。それでテーブル設定の提案は取り下げました。
私が提案した「ひきこもりニュース通信員」企画は、この自由に話し合う過程をすでに終え、実施している事業企画です。そこへの参加者を募集する主旨になります。
進め方によっては庵の趣旨のなかで扱えるのかもしれませんが、当日参加者の意見は決められた大枠に参考意見を加える程度です。「ひきこもり新聞」編集の話し合いも同様ですが、これまでの流れで進んできたので自然なわけです。

不登校情報センターの居場所でのサイト制作の発生もこの要素が絡んできました。初めにひきこもり経験者の集まるフリースペースができました。そこにパソコンを扱う数名のグループが生まれました。彼らのなかに「不登校情報センター」のサイト(非公式サイト)をつくる人が表われました。数人がそれを繰り返したあと、私が関与して「不登校情報センター」のサイトをつくるようにしました。公式サイトであり、事業化でもあります。特色は「不登校情報センター」の内容以上に、学校や親の会や相談室など他の団体情報を系統的に集めて紹介してきたことです。「ひきこもり新聞」も庵情報ではなく、ひきこもりを取りまく情報紙になりそうです。
*「ひきこもりニュース通信員」の説明会は15日に独自に行います。