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過保護のF君14歳をゴルフと称してオーストラリアに誘う

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過保護のF君14歳をゴルフのためと称してオーストラリアに誘う

(体験談6)当時者の状況
14歳の男子で引きこもりのF 君。
学校のスクールカウンセラーから連絡あり。
中学生にも関わらず、家庭の事情で2つの学校に通っていた。
母親から聞いて驚いたのは、中学生にも関わらず独り住まい(学校のそば、アパート)をさせていた事。よくよく聞いたら、1人っ子のため、相当甘やかしていた。
両親が別居中で母親と二人暮らし。
国内カウンセリング期間:6か月。

アプローチ方法
最初に彼の興味があるものが掌握できなかったので、家庭教師を派遣するという名目で大学生を派遣。
ところが勉強どころではなく、大学生をつれ回し、ファーストフード店に行ったり、本屋につき合わされた。
そこで、阿相が考えた提案は、家庭教師の高校の先生という設定で、三人で合うことにした。
阿相自身、本人が会う事に拒否反応を起こすと思ったが、無事に合う事ができた。
阿相が驚いたのは、いままで会った中で最も過保護にされた子供で、いっさい阿相の話を聞かず、14歳の子供と思えなかった。
そこで、阿相が考えたのはF 君が得意なゴルフを教えてくれという設定で打ちっぱなしゴルフに連れて行き、彼にゴルフを習うことに。
誘い文句として、オーストラリアへゴルフをやりに観光に行かないかと誘ったところ、本人が乗ってきた。
オーストラリアに行く二日前に阿相が先に行き、現地にて、彼のカウンセラーと細かい打ち合わせをして出迎える事にした。
その際、家庭教師も同行させた。
彼を出迎えると同時に滞在先であるアパートメントに連れて行き、現地在住の同年代の子供たちを紹介し、交流をさせる目的で滞在予定の5日間、彼らと同行させることを納得させた。
滞在期間中、映画を見に行ったり、高校見学、メインのゴルフもやり、現地を気に入ってもらう事に邁進した。
しかし、彼はあくまで観光でゴルフをやりにきたつもりで、5日間で帰国するつもりでいた。
したがって阿相も国際電話で親に一度帰国させ、改めて学生ビザで留学させる事を伝えた。
そうしたらどうしても帰国させる事に同意することができない。
母親の考えだと、元の木阿弥で二度とオーストラリアに留学する事はないと判断したと推察される。
そこで帰国当日、彼にオーストラリアに残るように伝えたところ、F君がパニックになり、「なぜ、ゴルフをやりに観光にきたのに、なんで残らなければいけないのか」と言った。
それは当然の話だが、現地のカウンセラーの協力のもと、F 君を本意ではないがむりやり残した。
阿相が帰国後、F君は日々日本へどうやって帰るか画策。
現地カウンセラーの協力のもと、英語学校へとりあえず短期で入学させたが、学校側が本人の言動に疑問を持ち、現地の精神カウンセラーに行く事を薦める。
本人はどうにか帰国するために、毎日学校に行きながらも、放課後、精神科に通院。
阿相は現地校及び精神科の先生と毎日のように連絡し、彼を現地に滞在させるよう親に代わりを依頼。
同時期に現地の語学学校でガールフレンドが出来た事や英会話が多少通じるようになった等の複数の理由で現地の高校に進学する事を決意。
現在高校三年生で勉強にがんばっており、日本の大学に進学する事を目標としている。
オーストラリアに行った後、2度日本に帰国したが無事にオーストラリアに戻っている。
(体験談1)オーストラリアに試験留学になったB君
(体験談2)英会話に興味を持ちアメリカに留学したA君
(体験談3)何とかシドニーに留学させたロック指向のC君
(体験談4)留学途中で無断帰国を実行したD君のばあい
(体験談5)双子のE君・F君への働きかけの結末
(体験談6)過保護のF君14歳をゴルフと称してオーストラリアに誘う
(体験談7)アスベルガーによる言動の障害をこえて米国大学を卒業したG 君
(体験談8)親と一緒に対応ができなかった引きこもり20年のH 君
(体験談9)兄弟間の確執が問題だったI 君とJ 君
(体験談10)ホームステイ先を5回変更したL 君

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