『北星余市の寮・下宿』パンフが届きました

北星学園余市高校から『北星余市の寮・下宿』(2016年度)というA5版40ページのパンフレットが送られてきました。同校は生徒を全国から受け入れており、その生徒の生活拠点として余市町内に置いている17か所の寮・下宿を紹介したものです。学校が設立しているのではなく、町中の人が学校と協力して運営しているもので“指定寮”となっています。こういう形なら高校の存在が地域おこしに有効であるとわかります。
生徒の受け入れは10名前後が多いですが、3人の下宿先から20名の寮までバライエティ―に富んでいます。男子寮が11か所、女子寮5か所です。
管理人のおじさん、おばさんの話が載っていて雰囲気が伝わってきます。写真も交えて家族と離れてくらす生徒たちの様子が描かれています。
進路先として北星学園余市高校を考えるときには、ぜひ参考にしてほしい貴重な情報です。学習面だけではなく、10代後半の子どもの成長にとって生活の場、対人関係の場としての役割をよく表しています。

代々木高校から講演会の案内をいただきました

代々木高校東京本部から、3月の講演会の案内をいただきました。「講演「不登校」を考える‼~発達障害の子どもの課題を含めて」です。
不登校情報センターのサイトには「イベント情報」という紹介ページがあります。多くの方にご利用いただき、講演会などの案内に使っていただきたいものです。
問題はチラシなどを送っていただいても、それを打ち込んでページにアップする作業時間が取れないことです。
メールフォームをつくりその作業を少なくする方法にしていますのでメールフォームで情報提供をお願いいたします。これで情報提供をいただいたときは、見逃さずに掲載しています。よろしくお願いいたします。
〔掲載用のメールフォーム〕http://www.futoko.info/…/%e6%8e%b2%e8%bc%89%e3%81%97%e3%81…/

“死ぬほど”とは最大の気持ちですが確かめられてはいない

電話というものはこちらの事情に関係なく突然にくるものです。
いま白川静『孔子伝』(中公文庫、1991年)を読んでいて、先ほど電話がありました。
「高校に行きたいと思うのですが、どういうところがいいのか心構えを教えてほしいのですが…」
「それはあなたの状態によります。状態に即した心構えになります。どういうことですか」
「いま高校3年生で休学中です。死ぬほど(高校には)行きたいです」
「それなら高校はどこでもいいです。“死ぬほど”というのが実際はどのようなものかを自分で確かめられると思います」
「わかりました」
これが応答のすべてです。3分もかかってはいなかったでしょう。
突然の電話でしたが、短い会話が論語のようになってしまったと振り返っています。この生徒の質問のしかた自体がそのようなものであったのは、偶然なのですが。

高校に戻って意味のある学校生活をしたい20代

20代になり全日制の高校に入学したいという人から相談がありました。
聞いてみるとこれまでのいきさつや思いに深いものがあります。
この方は中学校を卒業したあとすぐに高校(全日制)に入学しました。しかし何かが違い「得体のしれない絶望感に陥り」、休みがちになります。電車通学がつらくなって通信制高校に変わります。
うつ状態に近いなかで何とか取得単位数を重ねて74単位までなりました(必修科目を含むと74単位で高校は卒業になります)。しかし、それで高校卒業するのは納得できなくて卒業にはしませんでした。
自分には集団生活の経験がない、集団生活を通して得られる社会性がほしいと思っています。そこで改めた全日制の高校に入りたいけれどもどういうところがあるのか。これが相談の主旨です。
通信制高校で74単位を取っているので、すべてをやり直すことはないと思うのですが、この人にはその経験を通しての社会性を身につけたいのです。高校生活を体験してそれを得たいのです。
過年度生を受け入れている高校はかなり多いです。実際に入学する生徒は多いとは言えませんが珍しくもありません。しかし、その一般受験の前に何かの情報を得ておきたいと相談に来たのでしょう。
この相談者の感受性の中で、5歳ぐらいは違う同級生たちと高校生活をできるのか心配なところがあります。自分でもそこを予感しているのでしょう。
生徒の年齢差のある「定時制高校は?」と聞いてみると、バイトの関係で昼間でないとダメなようです。昼間定時制(多部制)については対象になるようです。

私は何度か、高校を卒業している、高卒認定試験や大検に合格している人から、高校生活をやり直したいという相談を受けたことがあります。思いは各人で微妙に違うかもしれませんが、高校生活・高校時代の空虚さをうずめ直したい気持ちがあるのです。私には十分に納得したとは言えない面もありますが、人の思いの深さを感じたので少し変形して紹介しました。

夜間中学は不登校気質の生徒に対応できるのか不安

 都内のある夜間中学校にいきました。
「形式卒業生」という、不登校のまま中学校を卒業している青年Tsくんの入学準備です。事前に連絡していなかったのですが、担当の先生が1時間余りかなり熱心に案内してくれました。全部で9クラスあり全部を回りました。生徒数はいずれも1桁です。体育館では2クラス合同でバスケットボールの練習をしていました。ここの人数がいちばん多く、教員を含めて10人あまりです。
生徒は十代から高齢者までの異年齢が混在する生涯学習の場、中国人を中心に外国人が多くてインターナショナルスクールのようであり、カリキュラムが柔軟でフリースクールのようでもありました。
好印象を持ったことは確かですが、一緒に行ったTs青年はいまいち反応がよくありません。元々のおとなしい性格ですが、後で考えてみるとそれだけではなさそうです。夜間中学の課題も見えてきました。

担当者の話に印象的な言葉があります。夜間中学はできるだけ昼間の中学校と同じにするというのです。週5日登校し、社会の約束事を学び身につけることです。
この夜間中学には不登校の経験者がほとんどいないのです。生徒は活気があるのですが、Tsくんのようなタイプには日本の学校のシステムが合わなかった背景もあります。長い引きこもりの生活の後で、週5日登校が原則では尻込みしてしまいます。日本の学校のシステムからはじかれた人に夜間中学では適応を迫るのも、少し違うように感じます。
このあたりの感覚を受けいれる教員側でどこまで対応するのかは、未知数というより不安感になります。

ある外国人の生徒が本国の慣習で休んだことがありますが、原則それも認めないです。その人は日本で生活していくわけで適応する必要があるという理由です。これは見方によっては適応という名の同化策です。違いを認めて共存する方向とは微妙に違います。
外国に移民してきた日系二世・三世の人たちはもはや日本人の生活感覚は通用しないと思うことはよくあります。移民先の国で同化したわけで、その逆バージョンですが時代が違います。19世紀末や20世紀前半の移民とは違うのです。
21世紀日本の外国人は、違いを認められながら共存する方向ではないでしょうか。共存しながら融合し新しいものが生まれるのではないですか。日本社会の規則とか慣習を身につけさせるだけではスムーズではないと思います。

各地の自治体に夜間中学の設置を勧めようとお願いしたいと思ったのですが、担当する教員はかなり大変なことも想像できます。適応指導教室の教員にも似たようなところがあるかもしれませんが、もう一段上のランクの違いを感じます。

(全国の夜間中学一覧)http://www.futoko.info/…/%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%B4%E3%83%…

小学校を卒業しても中学校に籍がない例

外国人に関係することです。小学校はその外国人学校を卒業したのですが、中学校に進むときうまくいかずに中学校に進学しないままになった生徒がいます。地域の人に相談したらしいのですが、要領を得ないまま中学校に籍を持たないまま半年以上が過ぎました。
外国人小学校のクラス内でいじめがあり、同じ生徒の行く中学校に進むのを躊躇したのです。公立中学校に進学するのは転校のようなものですが、どうするのかわからなかったようです。
ある本を読んだら「いじめのひどい学校には行かないでもいい」というのがあって、それにしたがいここまで来たのです。しかし、子どもが学校に行かないとしても、家にずーっといるわけにはいきません。そんなときはどうするのか。この本にはそこが書かかれていません。それでどうしようかと相談に来ました。
中学校を卒業していないケースはいくつかあり、ずいぶん以前にいくつかを書いたことがあります(下記に紹介)。外国人や外国が関係するのはその一つです。
外国人小学校から教育委員会への連絡、自治体の住民登録による確認などができていればこのような事態は生まれなかったと思います。
今回の場合は、東京シューレ葛飾中学校を紹介しました。

〔私は中学校を卒業してないの?〕[http://www.futoko.info/…/Center:2000%E5%B9%B49%E6%9C%88%E3%…]

充実し白熱した進路相談会になりました

「不登校など事情のある人のための進路相談・教育相談会」を行いました。
参加者は2名でしたが、相談員として田中登志道、藤原宏美と私(松田武己)の3人、合計5名での話になりました。中学生の不登校という点ではほかの場合と共通ですが、悠々ホルンさんの歌「おかえり」の歌詞の世界です(具体的な内容は書けません)。2人の不登校の中学生にすごい感性とエネルギーを感じるのですが、周囲とは何かがすれ違っています。その背景や振る舞い・行動に強いものがあり、相談とはいえある意味で白熱した内容になりました。
私1人では対応はできなかったと思うほどで、それだけに充実した相談会でした。数多くの相談機会を経験してきた私にとっては、こういう実感を持った初めての相談会といえます。
継続した対応とそれぞれの時期の理解を要すると思いました。少し迷うのですが、当初の思惑とは違った理由で来月も開いたらどうかと提案を受けました。
最後のところで具体的な進路として、通信制高校(公立・私立)とサポート校、定時制高校(チャレンジスクール)の説明も、普通の人にとっては意外と込み入った理解になると再認識しました。

25日、平井で進路相談・教育相談会をします

10月25日(日)の不登校など事情のある人のための進路相談・教育相談会の参加予定者は2名です。
午後1時から3時まで、不登校情報センターの事務所(江戸川区平井・JR平井駅の南5分のところ)で行います。
中学生・高校生年齢の生徒の親および本人を参加対象者としています。参加の2名は中学3年生の親です。これを見た方がいましたら、参加してください。ある程度の遠方の方も歓迎します。
この形の取り組みを事務所で行うのは初めてです。何らか形で継続したいのですがどうなるのかはまだ分かりません。
連絡先:TEL:03-5875-3730、FAX:03-5875-3731
メール:open@futoko.info   松田まで。

不登校などの事情ある人のための教育相談・進路相談会

不登校のまま中学校を卒業してわからないことがいっぱいある。不登校だが高校には進学したい。すぐには動けないかもしれないけれども高校の籍は取っておきたい。勉強がわからなくなっているがとても追いつけない…そういう人と家族のための教育・進路・学習の相談会を計画しました。

不登校情報センターに近いところに小松川第2中学校夜間学級があります(近隣の区にも夜間中学があります)。中学校を卒業していてもここで中学校の勉強ができる道ができました。
中学3年生を対象にした高校受験のための勉強会はできないか、他にどういう方法があるのか、どういう応援が必要なのか、学費の支援は考えられるのか、それらも相談を受ける中で調べて明らかにしたいと思います。
これらの相談会をします。

日時は10月25日(日)午後1時から3時まで。
場所は不登校情報センター(江戸川区平井3-23-5-101の民家)
連絡先は電話:03-5875-3731、
FAX:03-5875-3731、
メール:open@futoko.info
参加費は無料です。茶菓子があれば持参・差し入れを歓迎します。
問い合わせ・連絡は呼びかけの松田武己までをお願いします。

家族内で意見の違いがあるとき親はどうすればいいのか

進路相談会を開きました。
出席した親からは「不登校はいけないこと」という立場は崩せない。「子どもが学校へ行かないことは理解できないし、とうてい認められない」のです。
子どもが不登校になったときの親の考え方、特に父親にはこういう意見は多いです。不登校の親の会などでも参加される親にこう考える方は少なからずいます。親の会に参加し続けるとそれが子どものどういう状態なのかを徐々に理解していきます。ただ親の会に参加していて納得できず、孤立状態になると参加しなくなります。
理解できないまま孤立するのはいいことではありません。理解するには時間がかかるのです。しかし、親の会などで孤立状態にならないようにしたいです。
その打開のヒントは家庭という現場にあります。家庭内では日常的に子どもの様子を見ています。怒るに怒れず、理解もできない…親としては葛藤し苦しいものです。
こういう時の一つの対処方針は、親としての意見をわけもわからず変えることではありません。
同じことは不登校の子どもにもあります。親の言うことはもっともかもしれないが、しかし体は動かない。考え方を変えれば学校に行けるかといえばそんなものではない。自分でも理解できない、自分でもいいこととは思っていない。しかし、学校には行けない。こういう葛藤です。
こんな状態が「家族内で意見の違いがあるとき親はどうすればいいのか」です。親として理解できないまま意見を変えなくてもいい。子どもに対しても親の意見を押し付けるのではなく子どもの状態や考え方を侵害しない。この2つの面をつづけます。そして「不登校というその問題」には触れずに、それ以外の家族としての日常生活のやり取りは欠かさない。これが「家族内で意見の違いがあるとき」にとりうる方法ではないでしょうか。
進路相談会では参加していた元不登校の体験者から自分の場合を話しました。出席した親はその話は納得されたと思います。しかし、自分の子どもの場合はまだよく理解できません。いつも都合よくそういう人がいるわけではないのでこのような「共存しながら前に進む」方法を話しました。