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(11)親しい友人づくりと同世代復帰

提供: 不登校ウィキ・WikiFutoko | 不登校情報センター
2018年3月9日 (金) 15:30時点におけるMatsu4585 (トーク | 投稿記録)による版
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この論文は『不登校・引きこもり・ニート支援団体ガイド』の序文として書いた「引きこもりからどう抜け出していくのか」です。

(11)親しい友人づくりと同世代復帰

引きこもりから抜け出すときは、家族以外の人との関わりも重要です。
カウンセラーや医師などの専門家との関わり方は、すでに書いたことにとどめましょう。
どんな人とも、自然な感じで関われるというのが望ましいかもしれませんが、それを引きこもりの人の対人関係の到達目標にするにはハードルが高すぎます。
到達目標としては、一人でも二人でもいいので、親しい友人関係ができるというのがいいでしょう。
そこに至るまでには、年齢が少し上の人との出会いから始めるのが楽です。
年齢が違うことで、自己否定感を棚上げしてその人と関われるからです。
家からの外出が困難であるとか、外出はしていても人と関わる場面にはとても入っていけないようなときには、メンタルフレンド的な訪問サポートを利用するのも一つの方法です。
しかし、それさえ手を打っておけばよい、というものではありません。
メンタルフレンド的な人と会えるようになることさえも、一つの社会的な動き・参加であり、それが始まるまでにさまざまな試みが必要であった例は多くあります。
私の感覚では、「初回から会わなくてもよい」と考えていたほうが、事態がスムーズに展開していく気がします。
とくに本人が自分の得意なこととは意識するしないにかかわらず、日常的にしていること、テレビゲームやよくみているテレビ番組、よくきいている音楽、手作業でつくっているもの…などから本人の興味や関心をつかみとっていくのは、メンタルフレンド的な人との接点になると思います。
それら一つひとつが小さな階段であり、一つひとつの階段を登っていく過程がトントン拍子というわけではないからです。
そのことを予想する心構えができるまでに、親も当人も数か月から年単位を要することさえあります。
人と関わる面で本格的に大事な要素は、同年齢・同世代の人との関わり合いがもてることによって得られます。
これには、いくつかの手順を踏んだうえで到達するのがいいでしょう。
早急に同年齢・同世代の人と関わり始めるのは、苦痛であることも珍しくありません。
ハイキングを始めようとする人に、いきなりヒマラヤ登山をすすめるようなものです。
順序性を丁寧に追い、自分の感情や感覚を長い視野で尊重していくことが求められます。
同世代の人との人間関係をつくることは、教える・教えられるという意識を働かせない自然状態で自分探し、自分の発見、人間の発見、社会の発見につながります。
いかに同世代の人との関わりをもてるようにするのか。
これに単一の答えがあるとは思えません。
あらゆることがその機会になり得るとも言えるし、どんなに多くの人と出会っても、だれ一人として知人から友人になることがないのかもしれません。
目の前にあるできそうなことをするのが最善だと思います。
引きこもりの人にとって、普通に用意されているのは、近い経験をもつ人たちの集まるフリースペースです。
社会のあらゆる人と出会う機会いのなかで、いわば専売特許のように用意されているのがフリースペースでしょう。
十代の引きこもり系の人にとっては、フリースクールなどにも同じ要素が含まれています。
フリースペース的な場での対人関係づくりにおいては、細かく言えば苦労することも多いのですが、平均的には世間一般の人間関係よりはかなり楽だと思います。
対人関係づくりには、非常に多くの面と多くの過程があり、個人差や人との相性があり、要約して書くので抽象的にならざるを得ません。
ある人は、フリースペースにおける対人関係づくりを「まるで修行をしてるみたい」と言いました。
人との関係だけでなく、自分の心にわき起こってくるさまざまな感情の調節にもエネルギーを消費するでしょう。
そういう心の作業をして、いろいろなことが「心の訓練」になり、社会に入るときのミニサイズの予行演習になるのです。
その到達の程度、そこにおける友人関係づくりの広さと深さがどの程度できるのか、自分なりの役割や特徴をどの程度開示でき、自分のなかの自己否定感とどう折り合いをつけられるようになるのか…。
そういうことによって、その後の社会との関わり方、社会の一員としての生き方の基本が形づくられるのです。
人間関係がよくなるといっても、子ども時代から青年時代にかけて、まるで何も問題がなかったかのように、自然に振る舞えるようになると考えるのは、むしろ不自然です。
対人関係の場でいろいろな葛藤、動揺、後悔、行きすぎ、不器用…を表わしながらも、誠実性、悪気のなさなどは、だれからもやがて認められるようになるでしょう。
一方、ストレスの強い社会においては、攻撃やいじめの対象にされることもあります。
ですから比較的安全な小事業所や単独行動が可能な場を見つけていく人が多いように思います。
そうして社会の一員として生きる方法を見つけるのが、その人らしい人生選択のように思います。
おそらく歴史に名を残した多くの天才と言われる人たちも、一社会人としては、このような、生きづらい人生を背負っていたのではないでしょうか。
自分の人生がそうなることも決して悪いことではありません。
世の中の不正や不条理…に気づき、それによって自ら傷つきながらも、自分の節は曲げないという意味において、かけがえのない人生を送ることができると思います。

(1)引きこもりと不登校、ニート
(2)引きこもりのさまざまな原因・理由
(3)五感が敏感な人たち
(4)第六感としての「心の雰囲気がわかる」感性
(5)自己点検で感情を抑制していく
(6)本人の悩み・訴え・症状と対応
(7)意欲(生命力)を引きだす基本
(8)引きこもりからの回復と母親の役割
(9)反発心が自立には必要
(10)親の「あきらめ(?)」と子どもの自由への復帰
(11)親しい友人づくりと同世代復帰
(12)精神的な健康回復が先行

  

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