ネットは新しい時代づくりに活用すべきもの

ここでもう一言加えなくてはなりません。「ゲームとかネットばかりしている」と引きこもりの家族からはとかく非難の対象に見られます。なければいいとか、ネットやゲームが普及したから引きこもりになった、引きこもりが増えたと考える人もいます。
そうかもしれませんが、また逆の見方もできます。両方向が入り混じっているのです。ネットやゲーム、特にインターネットの普及は人間の歴史にとって画期的な前進です。それをなくすことはできません。そういう人間が迎える新しい時代の模索と動揺の時代だからこそ引きこもりという形で社会から距離を置いて様子眺めの人たちが大量に生まれたともいえるわけです。
人間がこれからどう進むのかの偵察役を果たす人が必要であり、意識しないままその中に参入したのが引きこもり的な感性を持った人たちともいえるわけです。
その延長で考えるならば、これだけの引きこもり人口が発生しているのに、孤独と孤立の生活の中でそれに見合う精神障害の人が生まれないのは、ゲームやネットに助けられていると言えるのではないでしょうか。ゲームやネットは非難の対象ではなく感謝の対象です。
Nくんの場合の二重底の救済ネットはそれを感じさせます。時代の変化の中で外側にある社会から引きこもり状態を受け入れ条件が成長してくると思えるのはこの事情を指しています。
なお「前向きになる」点で、自己肯定感が高くなることには触れませんでした。できそうなこと(目標)ができることも欠かせないことです。それはNくんの現在の感覚の少し先にあることです。人との接触ではこれらは細かくスライスされて出し入れされるのではありません。それがまたいいのですが、ここでは略します。
(ライブ動画型交流サイト―3の3 おわり)

前向きの姿勢になることと動けないことの関係

さてNくんの心配です。この話の前にNくんは「前向きな気持ちになれない」とこぼしていました。「ライブ動画型交流サイトにはまって抜け出せなくなるのではないか。生身の声ではなく反応のコメントは文字なので空しくなる。特に生活リズムが崩れ、確立しないのではないか…なのに前向きに解決しようとする気持ちが出てこない」。
Nくんの心配とはこういう不安です。この心配の具体性を聞くにつけ、何をしたいのかは自分なりには意識しています。これは前向きの基盤です。しかし「ライブ動画型交流サイト」にとどまる範囲では、行動に結び付くレベルではありません。それでも無用という結論は出せません。
この状態で行動できない理由は行動エネルギーの不足、自己肯定感のレベルが低い点です。というよりも最近の彼の周囲に発生したことは、彼にダメージを与えるようなことでした。一時できた外出がなくなり、家族を含めて話し相手がいなくなりました。
その経験のなかで行動のエネルギーや自己肯定感情を落としていきました。やることもなく手にしていたスマートフォンで「ライブ動画型交流サイト」にぶつかったのです。ダメージの支えが二重底になっていたようなものです。内側の救済ネットからは落ちたが、もう一つ外側に別の救済ネットがあったといっていいでしょう。
この外側の救済ネットで一時的に気を紛らわせることができましたが、その後では不満足感につきあたりました。「これを続けて行っていいのか」と気づきました。不満足を漠然と感じても言葉で意識するレベルにはなりにくいものです。言葉にできたことこそ「前向きの気持ち」への転換点です。「前向きな気持ちになれない」と自分からこぼしていること自体がすでに、前向きに向かいつつあることの証拠です。
本当に前向きの状態でないときとは、言葉にはできないのです。言葉にできたからといって多くの場合どうするのかはわかりません。だらだらした状態が続くのです。
前向きな気持ちに行動するエネルギーを加える方法とは何か。人と会うことです。自分を受け入れてくれそうな人に会うことから進むのが手順です。対人関係のアレルギー(対人関係不安や対人恐怖など)を、楽な気持ちで会える人に会うなかで徐々に少なくするのです。アレルギーをなくしていく方法、またはストレスに強くなる方法がこれです。
(ライブ動画型交流サイト―3の2 つづく)

ネットによる引きこもりとの接点はすでにある

「最近やり始めたことで、これでいいのか心配なことがあります」とNくんが話し始めました。Nくんが始めたのは、ニコニコ動画(ニコ動)、ツイキャスと似ていて、スマートフォンを使い自分の姿を映しながら話していくタイプです。これにどういう名称がついているのかは知りませんが、ここでは勝手に「ライブ動画型交流サイト」と呼ぶことにします。
数日前から始めて既に十人を超える人が見るようになりました。見ている人は見ながらコメントを返し、それが画像に文字表示されていきます。長いときは10時間ぐらいそれをしたそうです。
独りでいると孤独感に陥るけれども、これをしていると見ている人からの反応がある。反応には「大丈夫?」という人から「ウツじゃないでしょう」とか、その一方で何のコメントもよこさない人といろいろでそれもまた発見です。これにはまって抜け出せなくなるのではないかというのが心配です。
「ライブ動画型交流サイト」を一段落したところでは、生身の声ではなく反応のコメントが文字だったので空しくなります。ここが基本的な心配ですが、他にも姿勢が固まってからだに悪いのではないか、目にも悪いのではないか、生活リズムが崩れ、確立しないのではないか…というあたりです。

私は、Nくんの心配に答えるよりも、まずどういう状況になるのかをよく聞きたいと思いました。長期に引きこもり外の人とつながりのない人とつながる手段にパソコン(インターネット)を使う方法に可能性があると書いたばかりです(12月7日の“文通ボランティア”の記事)。
Nくんの話は一部かもしれませんが、インターネットを使い引きこもっている人とつながりをつける形は始まっているのです。そのほとんどは自然発生的で、目的意識的なものはないのでしょう。Nくんの話では引きこもり的と思える人は少なからずいそうです。上から目線の指示的なものは弱そうです。
この状態でなら、引きこもっている人たちに親和感を持って参入できる方法はあるかも知れません。Nくんの心配とは別に有効性があると確信できます。1つの可能性を感じました。
Nくんの心配レベルの問題はあります。生活のなかでのバランスがとれるかどうかです。時間を決めてするのは結論的には間違いではないですが、個人の置かれた状態を放置したまま時間制限を決めても守れるものではありません。人間はそれほど意識的には生活できないのです。
「ライブ動画型交流サイト」にも段階というか種類がありそうなので調べる必要があります。「ライブ動画型交流サイト」のなかの対人コミュニケーションの要素によっては、終了後に空しさというか空虚さを超えるタイプもありませんか。そうなら自然な流れとして対人コミュニケーションにつながるかもしれません。
とはいえ、これは根拠不十分な楽観論です。もっと実態を見なくてはならないでしょう。それに即して意識的に活用すれば可能性は伸びてくると思います。
(ライブ動画型交流サイト―3の1 つづく)

無表情、言葉を発しない、強いおびえを示すとき

テレビニュースでを「感情を殺す」というのを聞きました。
戦争状態ともいえる無差別攻撃の中で傷ついた人を援護する医療者が口にした言葉です。被害者の状態がひどくて、しかもその数も非常に多い。一人ひとりの状態を見てひどいと思ったり、悲しんでいたり、攻撃している人への怒りを表わしている時間さえない状態で発した言葉です。
感情を殺すとは、その状況でするべきことを優先しなくてはならない。助かる人がいるかもしれないから急いで探さなくてはならない。ひどいとか悲しいとか怒りをぶつけることは後回しにしなければならない。そのとき「感情を殺す」となったのです。
実務的にてきぱきと判断し、助かる人を一人でも多く見つける。時間とともに進む死の可能性を低める。それには「感情を殺す」ことが必要になったのでしょう。

このことは個人的な場合でも生まれます。同時に多くのことよりも、攻撃がひどくて死ぬんじゃないかと思った、継続して攻撃にさらされている、そういう経験は「感情を殺す」ことで対処するしかない時があります。
これを一時的な「感情を殺す」ことで切り抜けられるならば成功かもしれません。
しかし、後遺症状になることもあります。トラウマになる、日常的に無感情・無表情になる、より深刻な精神症状を招く人もいます。
私が人の話を聞くなかで、無感情・無表情でいる、あるいは言葉を発しなくなった、強いおびえを示すなどが語られるとき、このような背景がある可能性を考えます。ただ自動的に判断するのはまずくて当人の感受性、それは先天的な要素にも関係しますから、そのあたりを深く見通してから判断すべきものと認識しています。
どういう場合でも、安心感を得られる環境と癒しの対処は必要です。

メンタルな経験を生かせる“文通ボランティア”の取り組み

引きこもっていて人と会うことができないままの人がいます。対人恐怖や人間不信になっている人が多いと想像します。どうすれば外部の人と接点を持つことができるでしょうか。
(1)パソコンでゲームをしている人は多いので、それを生かす方法もあると思います。これはゲーム業界にお願いをしてその手のソフトを作ってもらいたいです。
(2)当面は訪問活動が重要です。これは実績があるのでここで書くのは省略します。
(3)新しく進めたいのは手紙です(封書は開けない人もいますのでハガキも考えました)。手紙を書く上で、ご家族から具体的な状況を聞かなくては手掛かりがありません。書いた手紙はご家族から(封に入れないで)手紙を渡してもらおうと考えました(可能ならば)。

こういう構想を持って、会報『ポラリス通信』12月号を送るときに、“文通ボランティア”を希望する人に、この趣旨を書いてお願いしました。さっそく2名から返事がありました。この後も返事が来るでしょう。手紙型の接触方法の受けとめる人はいます。条件は少しできました。
次は、家族の方に働きかけです。自宅からほとんど出ない、時には家族とも会話がない引きこもる人に手紙で働きかけてみませんか。呼びかける内容は家族から聞かないとヒントがありませんので、相談に来てください。相談内容を簡略にまとめて“文通ボランティア”数名に送ります。そして働きかけの手紙を書いてもらいます。
遠方の人で相談に来れない人は手紙で引きこもっている人の日常の様子やこれまでの経過を便せん5、6枚に書いて送ってください(長すぎても短すぎても参考にしづらいです)。
実は“文通ボランティア”のほとんどが何らかのハンディを負う経験をしている人たちです。上から目線でアドバイスをしません。おおよそは共感になります。そのスタンスが引きこもっている人には必要です。
これはメンタルな問題を経験した“文通ボランティア”が、その経験を生かして取り組める新しい方法かもしれません。他の“文通ボランティア”からの返事を待って、詳細な実践の手引きをつくる予定です。
ご家族からの手紙の要請と、“文通ボランティア”をしたい人の両方から問い合わせを待っています。

二条さん、特質に合わせた人のグループ分けに答える

引きこもり等の集まる居場所の運営で質問を受けたことがあります。
質問は「複数の人が来るなかでの能力差や性格・気質の違いをどうする」というものです。
その場では私なりの経験から答えました。同じ質問に二条淳也さんから、内向的な性格の当事者としての体験を踏まえた答えが届きました。
「不登校・ひきこもりの質問コーナー」に載せました。ここにはいろいろな質問100項目以上を載せています。既に別の人が回答している項目もあります。それへの回答を含めて体験を踏まえた自分なりの回答を歓迎します。

〔二条淳也さんのお答えです〕http://www.futoko.info/…/%E3%81%8A%E7%AD%94%E3%81%88:%E5%86…

靴がなくては、外出するのが難しくなります

<自宅近くで火事がありました。心配になって(好奇心もあって)見に行こうと玄関に急ぎます。自分の靴がない! そうかこのところ外に出ていなかったので、どこかに片付けられたらしい。
セッタのような履物で出かけましたが、近所の火事は消防車が来たわりにはたいしたことにはなりません。それより自分の靴はどうなったかが気がかりな一日でした。>
この話はかなり以前に聞いたことで『ひきこもり国語辞典』に「靴」の項目で説明しました。
さてあるお宅を訪ねました。30代の子どもは十年以上は家から出ていません。玄関先に靴があるので何気なく「この靴は誰のですか」と聞くとお父さんのものだと言います。玄関から入って話すうちに「子どもの靴は?」と確かめるつもりで聞いてみると、靴はないとのことです。数年前に引っ越しがありその時は車の中にじっとしていたそうです。
いざ、外出というときはスリッパのようなものを使うつもりのようです。引っ越しのときもそうしたのです。
外出はすぐにはできそうもありませんが、それでも靴や外出時に着られる平服などは用意してほしいと話しました。自然災害だってありうるのですから…。

〔ひきこもり国語辞典』のか行〕http://www.futoko.info/…/%E3%81%B2%E3%81%8D%E3%81%93%E3%82%…

不登校生受け入れの学園紹介のしかた

不登校生などの通ってきているサポート校から、不登校情報センターのサイトに学園紹介情報を掲載したいという問い合わせがありました。これへの回答の主旨です。
(1)掲載のための用紙は学園の種類(サポート校、通信制高校、専修学校、家庭教師など…)により数種類あります。どういう教育機関かをお知らせください。
(2)学園のHPへのリンク、バナー広告は有料です(相当に安いです)。
(3)紹介方法は学園紹介だけではなくいくつかあります。学園長などのプロフィール紹介、学園のイベント(説明会や授業見学会など)紹介、出版物(市販されていればAmazon本の紹介)などがあります。
不登校や発達障害の子ども・生徒を対象にしている学習塾などからの連絡をお待ちしています。

「クリスマス&忘年会」など12月のスケジュール

12月25日(金)4時半から「クリスマス&忘年会」をします。
ケーキとお菓子と飲み物で、参加費は500円です。アルコール類は各自持参してください。持ち込みもどうぞ。
前日までに参加の申し込みをお願いします。

他の予定は、
12月12日(土)1時からパステルアート教室
12月16日(木)3時からセルフサービスカフェ
年末年始の休みは12月29日から1月3日までですが、月曜日は休業にするの休日前後に休みができます。
12月13日は、大人の引きこもりを考える教室
12月19日は、訪問サポート(メンタルフレンド・同行援助)説明会
12月26日は、不登校・ひきこもりの親の会&ミニセミナー

“お茶沈殿法”を説明しましょう

横着は発明の母である、これを「必要は発明の母である」と並べ称したい。
私の最近の発明は、お茶にある。急須を使わないでお茶を入れる方法を編み出した。
お茶の葉をコップに入れる。そのさい、コップはある程度深いものがいい。
そして、そこに直接熱湯を注ぐ。
しばらく冷めるのを待つ。この待っている時間にコップの底の方にお茶の葉は沈んでいく。飲み頃になったら、コップの底に沈んだお茶の葉が上に浮かんでこないようにして静かに飲む。
お代わりもできる。これは二番煎じになる。好みにもよるが私は二番煎じを全く苦にしない。
飲み終えたら、そこに残ったお茶の葉も一緒に捨てる。
急須を使わないでお茶を飲む方法はこれで完了する。
名付けて“横着者のためのお茶沈殿法”とでも呼ぼう。
横着式の“お茶沈殿法”の発明は、2012年11月4日「横着者のための放置洗濯法」に次ぐ。時間の節約になるが情緒に浸りたい向きにはお勧めしない。なお放置洗濯法は今もずーっと続いている。

(横着者のための放置洗濯法)http://www.futoko.info/…/%E6%A8%AA%E7%9D%80%E8%80%85%E3%81%…