「察する」と「断る」の違い

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ADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断されている方と話す機会がありました。
私の中にもアスペルガー障害とともに自閉的なものもあります。それに加えてADHD的なものもあることに気づきました。
いくつかの話しから一つをあげるとすれば、「断る」ということでしょうね。対人関係の中で私はあっさりと「できません」、「わかりません」、「知りません」ということが多いようです。これがとっつきにくいとか無感情と思われやすくしているようです。
私の方で感じるのは、なぜはっきりと「出来ない、しない、止めます」と言ってくれないのか思うことが多いです。以前に「行けない」という連絡をもらったときのことを書いたことがあります(引きこもり経験者の面会キャンセル)。またTVのプロダクションから企画に関する返事をしたところ、採用するのか・しないのか返事がはっきりしなくて困ったことがあります。なんだか一生懸命に「企画の趣旨」を話しているのですが、それと私の返事は違うと言いたかったようです。だいぶん経ってからそれに気づいたのですがとてもあいまいな断り方であると思いました。
ともに、はっきりと断らないでいろいろな周辺事情を述べて私に出来ない事情、行けない事情を「察してくれ」と言っているのです。
私はこれがいやなので、せめて他の人にはそうならないようにあっさりと断っているつもりです。「できません、わかりません、知りません」とはそういう表現です。ただこれが対人関係を障害することになるというのですから、困ったものです。

この度の『DSM-Ⅴ』(アメリカ精神医学会の精神疾患の分類と診断の手引)でADHDや発達障害やアスペルガー障害や自閉症はどのようになっているのかは知りませんが…。障害の診断基準ではなく、性格や行動様式の理解基準ならいいと思うことがあります。

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